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432:ボクサー良子

 高粘度の液体で満たされたトレーニング空間で、冴内にコーチングしてもらった美衣達は何度もフォームを確認して修正しながら素振り稽古に励んでいた。


 冴内は良子を連れて矢吹の居場所をイメージすると、試練の門にいることが分かったのでまたしても力堂達が自分達の力で攻略している最中にも関わらず瞬間移動して、冴内が事情を説明し、良子が矢吹の前でブラックホールパンチを威力10%程度で放ち、そのフィールドをワンパンで殲滅してしまった。


 それを見た矢吹は「そんな常識外れの桁違いな強さを持つ良子ちゃんにオレが何を教えられるってんだよ」と文句を言ったが、それでもいつも通りの矢吹なので、なんやかんや言っても親切に良子へのアドバイスをしてくれることになった。


 それにしてもその恰好は一体どう理解すればいいんだと突っ込まれた。冴内はTシャツにボクサーパンツ姿で、良子は頭も覆われたレインボータイツ姿である。ちなみに突っ込んでいる方もカエルスーツを着込んでいるので見た目は良子とあまり変わらなかった。ただ、力堂達の方はカエルスーツの上にハーネスを装着して様々なアイテムを取り付けているのである程度は様になっていて、コミカルな感じはそれなりに払拭されていた。


 そこで初めて冴内は自分の恰好に気付き、良野や吉田がいる前で自分が下着姿であることを恥じて詫びたが、それくらいの恰好なら気にすることはないと言って許してくれた。


 それよりも良子のスーツの方に興味があるようで、良子が目を輝かせてこのスーツの素晴らしさをとくと語り、力堂と手代木も大いに興味を示して感心した。


 良子がフィールド上のアイテムを全て回収し重力制御で空中に浮かせて持ち運び、冴内がまたしても試練の門の音声ガイドに事情を説明し、いったんゲート外に出て力堂が奈良ゲートの戦術研究チームに連絡を入れて事情を説明してから、冴内は力堂達を全員連れてさいしょのほしのログハウスに瞬間移動した。


 リビングの壁に備え付けた大型ディスプレイにて様々な角度から撮影された良子のブラックホールパンチの様子が映し出されて、普通ならば矢吹でも見えないところが、高粘度液体に満たされた場所であるのと超高画質スロー再生のおかげで矢吹にもハッキリとその動作フォームを確認することが出来た。


 そこで矢吹はやはり面倒見の良さがにじみ出てきて、良子に真剣にあれやこれやとアドバイスし始めて、そもそもボクシングとはというところから熱く語り始めた。


 良野と吉田はいつの間にか消えており、さいしょの民達の所に向かいましたと量産型花子3号機が教えてくれた。


 オリジナル花子がお茶とお茶菓子を運んできてくれたので、冴内と力堂と手代木はお互いの近況を報告し合った。


 力堂達は現在、試練の門「非常に難しい」の第19ステージで次の20階にあるボス部屋に挑むために経験を積んでいるとのことだった。恐らくボス部屋も水中戦になりボスも水中型モンスターだろうと予測し、それに対応出来るように戦闘訓練も色んなパターンを想定して訓練しているそうだ。


 冴内は大いに感心した。自分達は非常識なまでに高い個々の能力だけで戦術もなにもあったもんじゃない力任せと場当たり的な対処で、後は運だけでやってきたようなもので、本来は力や能力で劣っている状況でも頭脳を働かせていかに戦術を駆使し、困難を克服していくための努力をするということが、人間らしいあるべき姿のような気がした。


 経験値上げ一つとってもそうである。より高みを目指そうとする努力と目標を掲げて前進し続ける姿勢にこそ価値があると思うようになっていた。


 自分はただ宇宙から力を借りているだけで、全てその力に頼りっきりという状況なので、ますます冴内は自分はこの力がなければ本当に冴えない普通の凡人なのだなぁと深く心に刻み、力堂や日々切磋琢磨している他のゲートシーカー達を大いに見習おうと考えたのであった。


 今度は力堂が冴内に美衣ちゃん達はどんなトレーニングをしているんだ?と聞いてきたので、冴内が説明すると、力堂と手代木の顔が若干引きつる程に凄まじい環境でトレーニングしていることを思い知らされた。


 ただ、高粘度の液体の中でいかに無駄を省いた動作をするかという基礎練習には大いに興味を引かれたようで、力堂は目を輝かせ、手代木はこれは僕等も取り入れる価値はありますねと嬉しそうに言った。


 リビングでは矢吹が良子にジャブとストレートについてフォームをレクチャーしており、良子はこれまで極端に言えばとてつもなく強大な力をとてつもなく速い速度でぶちかましていただけであったのだが、ボクシングも含めて人間が行う武術や格闘技は非力な人間が長い年月をかけて何世代にも渡り創意工夫して練り上げていったものなので、非常に洗練されていて無駄がなく合理的なものが多いので、そうした人間達の現時点での到達点を矢吹は良子に惜しげもなく自分の持つ全てを良子に教えた。


 例えば良子が冴内の何気ないチョップを見て、全く何をやっているのか見えないどころか理解出来なかったと言ったのを聞いて、矢吹は「お・・・おう、そうか・・・」と若干引き気味で言ったが、ボクシングでも一般人がプロのランカー級のジャブを見れば同じように思うだろうと言い、力を抜いて小さく鋭く速くコンパクトに最短距離で放つジャブと、ジャブでけん制してスキを狙ってここだというタイミングで放つストレートについて説明した。


 矢吹が良子に力は込めなくていいし、ゆっくりでいいからまずジャブを放ってみろと言うと、良子が頷いてジャブを軽く放つとパンッ!という乾いた音がした。つまり音速を超えていた。


 矢吹もこれくらいは出来るが、それでも若干引きつった顔になり、今のを超ゆっくりやってみてくれと言ったので良子は頷いて超ゆっくり今の動きをやってみた。


「うん、まだ腕力だけで撃ってる感じがするな、腕じゃなくて背中で撃つんだ、腕の力は抜くんだ、まるで肩から先の腕はロープというか・・・そうだなムチだ、ムチのようにイメージするんだ、それからストレートでは足の力を伝えるんだ、踏み込みや腰の捻りで力を拳に乗せるんだ」


 良子はレインボースーツを着ているので、矢吹にもどこの筋肉を使ってどういうフォームで良子がジャブやストレートを放ったのかが良く分かり、指導にはとても役だった。


 これ以上リビングでパンチを放ったら、家が壊れそうだということで、矢吹と良子は庭に出て練習を続けた。さっきはパンッ!という音だったが、今度は時折轟音が轟いた。


 矢吹はジャブとストレートの他にフットワークも教えていた。フットワークは防御にも攻撃の威力を高めるのにもとても重要だと教えていた。


 その後轟音に交じって地響きもするようになり、庭にいるニワトリや優しい大きなモフモフ動物達が怯えるので不思議世界ジメンに行って練習しようということになり、冴内が久しぶりに枠と扉しかない全木製のゲートを開いてあげると、矢吹は中に入ろうとしてボヨンと弾かれた。尻餅をつかずにバックステップして倒れなかったのはさすがである。


 試しに冴内の瞬間移動で連れて行こうとしても、冴内だけがジメンに移動し、矢吹はそのままの場所に留まっただけだった。力堂と手代木も同様で、やはりパステルの宇宙と同調出来る親和性を持たないと入れないようだった。


 冴内は心の中でこれなら8体の自分の像を見られることもないぞと一人安堵して微笑んだ。


 仕方がないので、冴内ログハウスからかなり離れた場所に移動して良子は矢吹の手ほどきを受けた。


 良子が練習している場所からはどうみても体長10メートルを超すような狂暴そうな肉食恐竜が見て取れて、矢吹は顔が青ざめてありゃいくらなんでも冗談じゃ済まねぇぞと小声でつぶやいたが、良子が少しだけ本気モードでジャブやストレートの練習をすると、恐竜たちは近寄ってくるどころか、その場から脱兎のごとく逃げ出していった。


 もちろん、既にもう矢吹の目には良子が何をやっているのかはまるで分からないし、今矢吹は試練の門からそのままの恰好でやってきたおかげで、色んな防御アイテムを身に着けているから、良子の凄まじいパンチによる風圧と地響きにも耐えて立っていられることが出来たのであった。


 矢吹は改めて「そもそもボクシングを教える必要ないんじゃね?」と心の中でつぶやいた・・・

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