424:ズタボロになった
不思議世界ジメンの中に設けられた美衣達の修行用空間はパステルカラーの粒子による砂嵐のような状態で全く中がどうなっているのか分からず、頻繁に耳を覆いたくなるような恐ろしい激突音が響き渡っており、稲光のようなスパークも激しく明滅していた。
ジメンと音声ガイドロボ2号機からは美衣達は元気にトレーニングしているとのことだったが、正直冴内はこの目の前の状況を見て、とても不安で心配だった。
さらに追い打ちをかけるように冴内はようやくあることに気が付いて背筋が凍り付く程にゾッとして戦慄した。
正子の姿が見当たらなかったのだ。
冴内は大慌てでトレーニング空間に入り、大声でトレーニング中止を叫んだ。
「ストップ!ストーップ!皆トレーニング中止!中止ィーーーッ!ジメンさん!空間を解除して!」
すぐに激しい衝突激突音は止み、激しいスパークの閃光も消えて、急激に静寂が訪れた。
ジメンがトレーニング空間を解除すると、パステルカラーの砂嵐が徐々に薄れていき、靄の中から小さな人影が現れた。
冴内が軽いチョップを一閃するとパステルカラーの砂粒子は全て消え去り、はっきりと3人ともう一つの小さな姿が出現した。
一目見て3人ともズタボロの姿になっているのが分かり、冴内はわぁーっ!と大声を上げて3人に近づいたところ、ズタボロなのは身に着けていた服だけで、本人達はどこにも傷一つついておらず元気だった。
「すまん、父ちゃん。服がボロボロになってしまった」
「ごめんなさいお父ちゃん」
「ごめんなさいお父さん、服を脱いでから修行すれば良かったです・・・」
「いや、服のことはいいんだけど、それよりも皆身体は無事かい?怪我とかしてない?」
「大丈夫だ!」
「どこもなんともない!」
「皆身体は問題ないよ!」
「ホッ・・・良かった・・・」
冴内はもう一人の大事な気になる存在の方に目をやり、その小さな存在はさらに身体を小さくして、地面にうずくまるようにしてじっとしていた。
冴内はすぐに近づいて見てみると、その小さなうずくまっているのは正子で、ジメンの地面に画用紙をおいて絵を描いている様子だった。
正子の服は全くズタボロにはなっておらず、あの暴風嵐の中よく無傷でいられたものだと驚きながら冴内は手を伸ばすとボヨンと何か柔らかい透明な膜に弾かれた。
「それは正子の防御結界だよお父さん」(良)
「うむ、この歳でこれだけの防御結界が張れるとは正子は大したものだ」と、またしてもこういう時だけどこかの武人のような発言の美衣。
「うん!正子はすごいよお父ちゃん!ボクたちが全力で戦っていてもビクともしなかった!」
冴内は口に出して「そ・・・そうなんだ」と返答したが、心の中であれ?僕確か軽くウォーミングアップしておいてって言ってなかったっけ?と、自分の言ったことを思い出そうとしていた。
しかし、その考えはすぐに中断し、目の前の正子が気になって正子に声をかけた。
正子は物凄い集中力で絵を描いていて、冴内に気付いていないようだったが、砂嵐が消え去り冴内の影が画用紙に映ったので、ふと顔を上げると冴内が心配そうに見つめているのが分かり、正子は防御結界を解いた。
「あっ、おとうたん、おかえりなしゃいでしゅ」
「うん、ただいま、正子の方は大丈夫かい?」
「はいでしゅ、だいじょうぶでしゅ、みいおねえたんたちのおてつだいをしていたでしゅ」
「お手伝い?」
「うん、これでしゅ」
正子は描いていた絵を冴内に見せた。
それは恐ろしく精工に描かれた人体図で、驚くべきことにそれらに描かれていたのは美衣達ではあるらしいのだが、その絵には美しく可愛らしい美衣達の姿はなく、美衣達の皮膚や頭髪が一切ない、筋肉繊維が描かれた姿だった。
これは見ようによってはかなりグロいもので、皮を剥がれた子供の絵ということで、あまり耐性のない人にとってはとても心を痛めてしまう可能性があったが、冴内はそういった残酷さとか気持ちの悪さは全く感じず、ものすごく躍動していてまるでどういう動きをしているのかがその前後も含めてとても分かり易い素晴らしい絵に感じた。
そしてその絵はカメラではおよそ捉えることのできない正確精密さで、美衣達の動きを的確に捉えており、筋肉の収縮具合からどういう身体の使い方をしているのかが一目瞭然だった。
冴内は正子がその気になればまるで写真のような精工な絵が描けることを十分思い知った。
さらに驚くべきことに、絵には色んな矢印や目印が書き足されており、その動作のモーションと動きの軌跡が良く分かるようになっており、その際の美衣達の動きのクセのようなコメントがひらがなで書かれていた。
例えば「みいおねえたんは、ごーるでんちょっぷをつかうとき、ひだりてのがーどがすこしだけさがるでしゅ」というように書かれていた。
そうした絵が何枚も描かれており、正子が凄まじい分析能力を有していることもその絵によって明らかになった。
とりあえず美衣達は服がズタボロな状態なので、いったん家に戻って着替えて、そのまま昼食をとるまでミーティング兼休憩とすることにした。
冴内達がログハウスに戻ってくると、服がズタボロになった姿を見て花子が驚いたが、花子にも搭載されているバイタルチェックセンサーにて身体はいたって健康体だったのですぐに安心し、すごく頑張って修行しているんですね!すぐに替えのお洋服を用意しますね!と言って服を取りに行った。
美衣達は特にどこも汚れてないが汗を流してくると言って風呂に入っていった。
その間冴内は正子と話しをして、先ほどの正子の防御結界は絵に集中するために遮音効果も付与していたということを聞いた。凄まじい暴風音と模擬戦闘での激突音が飛び交う中では絵に集中出来ないので音を遮断していたということで、それでなかなか冴内に気付かなかったのだ。
そんな能力まであったのかと冴内は感心し、そういえば正子のステータスってどんなだろうと思い付いた。
「そうだ正子、えっとね、こういう風にやってみてもらえる?ステータスオープン!」
冴内が左手を掲げてそう言うと虹色の綺麗な枠で囲まれたステータス画面が空間上に出現した。
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冴内 洋
21歳男性
スキル:全宇宙のチョップLvMAX
称号:全宇宙の愛の使者
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「にじいろできれいでしゅ、さすがおとうたんでしゅ、やしゃしいあいのししゃでしゅ、ワタチもやってみるでしゅ、しゅてーたちゅおーぷん!」
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冴内 正子
0歳女性
スキル:進化の可能性
称号:可能性の卵
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「えっ?可能性?うん?どういう意味だ?・・・でも、なんか良い感じがする・・・うん、きっと正子には無限の可能性があるってことなんだ、これはとっても良いことだと思うよ」
「ありがとうでしゅ!おとうたんだいしゅきでしゅ!」
程なくして美衣達が風呂から上がってきて、優がキッチンからヨーグルトソースがかかったフルーツ盛り合わせを持ってきた。
冴内はどんなトレーニングをしてたのか尋ねてみたところ、最初に鬼ごっこをして身体を温めて、その後模擬戦闘をやってみたが1対1では初が相手でも互角であまりキツイ感じがしなかったので、この後父ちゃんに稽古してもらうにはもっとハードにしないとダメだと考え、2対1でやることにしたところ、かなりキツくなったと説明した。
そして2対1だと防御もきちんとやらないと、すぐに押し負けるので、どうすればいいか考えていたところ、正子が絵を描いてそれぞれのクセを分かりやすく教えてくれたのでそれですごく助かって良くなったとのことだった。
その話を聞いた冴内は、自分がコーチをする必要はもうどこにもないんじゃないかと思いはじめた。それどころか自分も正子に自分のクセを見てもらおうとすら思う始末だった。
また、美衣達はもっと頑丈な服を用意したいとも言いはじめた。
ちなみに冴内と初は自らの意思で太陽になったり星になったりさらに冴内に至っては虹色の粒子になったり現代アートのようになったりした場合、人間に戻った場合は完全ご都合主義的な不思議パワーで服も元に戻るが、自らの意志ではなく外部要因で服が破れたりした場合は自己修復復元は出来なかった。
冴内は今となっては戦闘において、対戦相手にほとんど自らの身体に触れさせない程になっているので、服が破れることはまずなかったが、確かに丈夫なバトルスーツみたいなのがあったらいいなと思った。まず何よりカッコイイなと思った。
そんなわけで修行の前に破れにくい丈夫なバトルスーツを作ろうということになったのであった。




