416:ポンポン怪獣と豆と芸術作品
相次ぐ電話対応を終了した後、初が冴内にまぼろしの放浪衛星0141に連れて行ってと願い出た。
初は午前中にさいしょの村に行ってさいしょの民達にかつて彼らが住んでいた放浪衛星0141に何かとびきり美味しい食材がないか聞き込みをしていたようで、彼等が皆口々に一番だと言っていた食材を美衣の誕生日プレゼントにするために取りに行きたいと冴内にお願いしたのだった。
もちろん冴内はすぐにOKの返事を返して、美衣から宇宙ポケットを借りて初と一緒に放浪衛星0141へと瞬間移動した。
さいしょの民達が口々にあれはとても美味しかったと言っていた食材、それは肉でもなく魚でもなく果物でもない、ただの豆だった。
しかし滅多に採ることが出来ない貴重な豆で、さいしょの民達にとっては命がけのとても危険な場所にあり、そうそう食べられる代物ではなかった。
その豆はどこにあるのかと冴内が初に尋ねると、ポンポン山というところにあるらしいという答えが返ってきた。
どうやらその山は名前の通りポンポン音がする山らしく、近づけばすぐ分かるとのことだった。
かつてのさいしょの民達の要塞村があったところから北西に進むようでとりあえず目につく山に片っ端から行ってみることにした。
二人別々に探したほうが早いということで、見た目3歳児の子供に単独行動させるという普通ならありえないことを提案したが、およそ危険とか怪我とかもっと極端なことを言えば死というものとはかなり無縁な普通じゃない存在なので、構わず別行動をとった。そもそもはるか上空を音速に近い速度で飛行している時点で普通じゃなかった。
山を見つけては高度を落として耳を澄ませていくことを繰り返すと、どことなく可愛らしいちょっと丸っこいおにぎりのような山を見つけて、冴内はなんとなくあれのような気がするという直感が働き近づいてみたところ、なんと確かにポンポンという音が聞こえてきた。
多分この山だということが分かったので、冴内は初に気付いてもらえるように久しぶりに冴内太陽になってポンポン山の上に人工的に朝日を照らした。
すぐに初がやってきたので太陽状態を解除して初に声をかけて手招きした。
「ホントだ!ポンポン音がする!アハハハハ!」
「これ何の音だろう?どうしてポンポン音がするのかな?」
二人が飛行高度を下げてポンポン山に近付き、辺りを観察しているとその理由が判明した。
「あっ!お父ちゃんアレだ!アレの歩く音がポンポンっていってるんだ!」
見ると、極めてヘンテコなフォルムの生き物が歩いている姿が見えた。
大きさはおよそ15メートル程で、短い足が6本生えており毛は生えておらずツルンとした表皮で色は白く太い尻尾が生えており先端には半透明のヒレがついていて背中にもかなり高さのある半透明のヒレがついており首は長く頭らしい形状にはなっておらず太い円柱が途中で寸断されているようだった。
ここまで異様な姿だとある意味何かの子供向け番組に出てくる怪獣と言った方が相応しく、その怪獣が歩くたびにその異様な光景とは裏腹にポンポンと可愛らしい愉快な音がしていたのであった。
「アハハハ!変なの!歩くとポンポン音がする!」
ちなみにその怪獣こそがこの付近では最も恐ろしい生き物らしく、極めて獰猛で他の生き物を見つけると手あたり次第何でも襲って食べるとのことだった。
その怪獣は吠えたり鳴くことをしないので、怪獣同士の殺し合いを避けるためにポンポン音を出してここは自分のテリトリーだと同種の存在に教えているのではないかとさいしょの民達は言っていた。
そしてさいしょの民達がとても美味しいと言っていた豆はそのポンポン怪獣のフンの近くに育つ植物の豆だと言っていたのであった。
冴内も今ではかなりの視力を持つのだが、冴内以外の家族はそれ以上に何かの光学機器並みの凄まじい視力を誇るので、初は辺りを見回したところですぐにそれらしい植物を発見した。
「それじゃ、僕はあのポンポン怪獣をやっつけるから、初は僕にはまだ見つけられないその豆をとってきてくれるかい?」
「うん分かった!」
冴内はポンポン怪獣に気付かれないように近づいたのだが、ポンポン怪獣は音もなく死角から近づいたはずの冴内を察知して頭部があると思われる円柱状の首を向けてきた。
途中で寸断された太い円柱のような頭部の先端は丸いホースのような穴が開いていたが、鋭い牙がビッシリと幾重にも重なってついており、吸い込まれたら最後凄まじく痛そうだった。
さらにポンポン怪獣が身体を震わせると背中にある高い見事な半透明のヒレから何か鱗粉のようなものが放出された。
その粉は吸い込むと身体がしびれて全身マヒになり全く動けなくなるという恐ろしい粉なのだが、冴内は一度クシャミをしただけで何ら身体に異常は起こらなかった。
歩くたびにポンポン音がするこの愉快な見てくれに反して実は非常に恐ろしい強敵を如何に攻略すればいいのだろうかと冴内は1ミリも考えることなく、瞬間移動で頭頂部に接敵するとペシンと軽くチョップして一撃でポンポン怪獣を即死させた。
一応食べると美味しいかもしれないと思い、美衣から借りてきた宇宙ポケットの中にポンポン怪獣をしまい込むと、初が自分の身体よりも大きい巨大なサヤエンドウ豆のようなものを持ってやってきた。
「うわ!大きいねその豆!」
「うん!あっちにたくさんなってるよ!」
「よし、じゃあ一緒に行こう!」
「ポンポン怪獣さんは倒したの?」
「うん、食べれば美味しいかもしれないからなるべく痛まないように倒してこの中にしまったよ」
「やった!たぶん美味しいと思う!」
初に導かれるまま森の方に入っていくと、巨大なサヤエンドウのようなものが沢山なってる大きな植物があり、それが生えている地面は白っぽい土がこんもりと盛り上がっていた。恐らくポンポン怪獣のフンだと思われたが、異臭はなくどちらかというとどことなく香ばしい良い匂いだった。
二人はまだ小さいサヤはそのままにしておき、大きなサヤを沢山採って宇宙ポケットにしまい、家に帰ることにした。もちろんさいしょの民達へのお土産にする分も含まれていた。
家に戻ってリビングに入ると、美衣が椅子に片足を乗せて立って右手のチョップを高らかに掲げてドヤ顔をしており、その姿を正子がガン見して画用紙に絵を描いていた。ちなみに画用紙も冴内の両親がパステルカラー色鉛筆セットと一緒に正子達にプレゼントしていたものである。
冴内が正子の絵をチラ見してみると、特に正子からは小さな子供にありがちな見ないで!というリアクションをとられることもなく、正子は真剣に集中して絵を描いていた。
その絵は美衣が描くまるで写真そのもののような精工な絵ではなく、印象絵画か抽象絵画のようで絵画に関する造詣の深い人ならば、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソのキュビズム時代の作品のようだと評するかもしれなかった。
もちろん冴内はピカソという名前と代表作の一つのゲルニカくらいしか知らず、キュビズムなどの専門用語やそれに関する知識もまったくなかったが、正子の描く絵を見ていると2歳児らしい絵だと思いつつも、とても魅力的で見ていると何か吸い込まれるかのような気分になった。
そしてそこに描かれている美衣のようなモノは確かにそれが美衣だということが冴内にも分かるし、それは単なる姿形を描いたものではなく魂そのものが描かれているかのように生き生きとしていた。
冴内はひょっとしたら正子には天才的な芸術センスが備わっているのではないかと完全な親バカぶりの考えに支配されたが、実際この絵は初期の正子の作品としてお金には代えられない程の高い価値があると3っつの宇宙に存在する各種芸術学会から評されることになるのであった。