400:宇宙たらし冴内
冴内の目の前にはまるで大型魚雷のような大きさの巨大な肉食魚が大きく口を開けて迫って来た。
頭部は全て硬い装甲のような甲冑で覆われており、ちょっとやそっとの攻撃などでは全くどうにもならないことが容易に想像出来た。
パステルは心の中でこれはいよいよあの海割りチョップを直に拝めるぞとワクワクしていた。
巨大肉食魚はガバァっとさらにひときわ大きく口を開けて、今まさに冴内を丸ごと一飲みにしようとしているのに冴内はまるで戦う姿勢を見せず、ただヒラリと側面に避けた。そしてここでいつもなら得意のカウンターチョップをするところなのだが、冴内は何もせず普通にやり過ごしただけだった。
『あれっ?どうしたの冴内君、攻撃しないの?』
『いや~、なんかアレ、正面から見たら硬そうだしそんなに美味しそうじゃないのかなぁってちょっと思っちゃったんです』
『えっ?美味しいんじゃないの?この辺りの魚とかいっぱい食べているようだから、きっとアレはここでは一番美味しい魚なんじゃない?』
『そうですね、今見たところ硬そうなのは頭の方だけで後ろは普通の魚と同じですね、それじゃさっさと倒して皆で食べるとしますか』
『そうこなくっちゃ!で、どうするの?海を割っちゃう?』
『いえ、美衣や初がよくやるように、なるべく美味しく食べられるように、あまり傷つけずに倒したいと思います』
『なるほど、え~と・・・こういう時は美衣ちゃん達はどう言うんだったっけ、あっ思い出した、そっかぁ~!』
『アハハハ!それじゃいきますよ!』
ダンクルオステウスによく似た巨大肉食魚はあまり小回りが利かないようで、大きく旋回して再度冴内に突進してきた。今度は先ほどよりも速度をあげて逃さないように突進してきた。
パステルは今度は冴内の十八番の華麗な美しい体捌きからのカウンターチョップを拝めるぞとワクワクした。
しかし冴内は一向に避ける気配を見せず、普通に何気なく右手を前に掲げただけだった。
「よっと、こんなもんでいいかな?」
冴内はただ手首の角度を変えただけにしか見えないことをした。ちょっとやそっとの攻撃どころか、それはまったくチョップですらなかった。
当然そんなことをしても巨大肉食魚には何も起こらずそのまま冴内と激突したのだが、巨大肉食魚は冴内をその大きな口と頑強な顎でバリバリボリボリと骨ごと噛み砕くこともなく、大きく開けた口を少し閉じて半開き状態にして、そのまま惰性で進み続けただけだった。
『えっ?何?今の何?何をして、この魚はどうなっちゃったの?』
『えっと、衝撃波で気絶しないかなって思って軽く試してみました、どうやらうまくいったようです』
『・・・いや、確かになんか海が変なふうに揺れるなぁって思ったけど・・・マジですか・・・』
冴内は巨大肉食魚の上あごというより鼻のようなところに両手をあててそのまま巨大肉食魚と一緒に進んでいたが、徐々に惰性で進んでいた速度が落ちてきてかなりゆっくりした速度までスピードが落ちたところで、巨大肉食魚の目の上のあたりにまで両手で這うように移動して「このあたりかな?これくらいでいいのかな?」とつぶやいたかと思うとポンととても軽く優しくチョップで頭部に触れた。叩いたのではなく優しく触れた。
その優しいひと触れで巨大肉食魚は絶命した。まず最初の一撃、いや一撃ですらないただの単純動作で巨大肉食魚は気絶し、そして今の優しいひと触りで脳死状態になったのであった。
『あまり強く叩くと脳みそが爆発しちゃうから手加減が難しかったです、美衣達は兜焼きも大好物で脳みそも大好きだからなるべく鮮度を落とさず倒したかったんですよ』
いつもの冴内とは思えない程にエグイ発言内容をする冴内だった。兜焼きが好きなのはまぁ分かるとして、脳みそを好んで食べる美衣達もなかなかにアレだった。
『これは驚いた・・・色んな映像で見たから頭では理解していたけど、冴内君ってこんなに桁外れに強いんだね』
『えっ?いやいや、僕の力じゃこんなこと出来ませんよ、パステルさんが宇宙の力を僕に貸してくれているからであって、言うなればこれは僕じゃなくパステルさんがやっていることですよ』
『あっと、そうか・・・そうだね、どうにもワタシは言い方を間違えたみたい。冴内君はすごく力の借り方が上手だね、いや、力の使い方と言った方が正しいのかな?よくそんなに上手に調整して制御することが出来るね、ワタシにはそんな風に器用に力を制御することも、そんな風に応用することも出来ないんだ、これはもう凄い事だと思うよ』
『あ~なるほど、そういうことですか、やっぱりそうなんですね、うん、合点がいきました、やっぱり僕は借り物上手なだけなんですね』
『いや、そんなに卑下することないって!こんなことが出来るのは冴内君しかいないんだから』
『えっと、卑下しているように聞こえちゃったかもしれませんが、僕はこれでも珍しく自慢してるつもりなんです。そして正直に明かしますと、色んな宇宙さんから借りているこの莫大な力が僕の力じゃなくて心から良かったってホッとしてるんですよ』
『そういや、確かに前にもそんなようなこと聞いた気がする。それはどうして?』
『もしもこれが純粋に僕の力だったら、僕は自分自身が怖くなって精神状態が酷く不安定になると思います。この力でいつか間違ったことをしてしまうんじゃないかとか、いつか力を失ってしまうんじゃないかとか、あれこれ余計なことを考えてとても強すぎる力に心が負けてしまうかもって思うんです。でも最初からこれは決して僕の力じゃなくて、ただ一時的に借りてるに過ぎない宇宙さんのものだっていうことならすごく気が楽なんです、ちょっとおかしいって思うかもしれませんが、僕はそういう性格なんです』
『はぁ~・・・確かに変わってるねぇ・・・でもなんだかそれが冴内君らしいなって思うよ。うん、とても冴内君らしいなってしっくりくる。そうか、だから君は精神が破綻することなくこれまでこうしてやってこれたのか』
『あと僕を支えてくれる家族や仲間のおかげでもありますね、ひょっとしたらこれが一番大きいかもしれません』
『その中にワタシも入ってると嬉しいな』
『もちろんです!パステルさんがいてくれるから僕は今こうしていることが出来るんです!』
『はわわぁ~、有難う!冴内君大好き!このっ!宇宙たらしめ!』
『いや、そんなつもりは・・・ハハハ・・・』
冴内は決して全く女たらしなところは微塵もないが、どうやら宇宙たらしではあるようだった。
『さてと、それじゃ皆の所に戻りますか』
『そうだね、そうしよう』
冴内は巨大肉食魚を押す形で移動した。ちょうど巨大肉食魚の頭部は硬い装甲のような甲冑で覆われているので冴内が凄まじい速度で移動しても水の抵抗に負けることなく進むことが出来た。
冴内が浜辺に到着する頃にはすっかり日も沈み夜になっていた。美衣達を見ると全員2頭身状態だったのが地球や元来た宇宙にいた頃の姿に戻っており、冴内から見た身体のサイズも元の通常のサイズに戻っていた。
冴内は満足げに頷いて、スヤスヤ仰向けで寝ている美衣の宇宙ポケットの中に巨大肉食魚をしまい込んだ。
それから空を飛んで辺りを見回して湖を探し、見つけた湖に行って湖の水に指をつけてペロリと舐めて淡水であることを確認すると、湖に入って身体の海水を洗い流し、そのまま飛行して飛んで身体を乾かしてまた浜辺に戻り、それから海に入る前に脱いでいた服を着て、自分もそのまま美衣達が眠っている砂浜に横になって寝た。
こうして冴内はこの星での最終目的をわずか2日目で、家族全員が眠っている間に攻略達成してしまったのだった。