399:人魚冴内
冴内は仮住まいのある休火山へと向かったが、今の冴内にとっては標高千メートルの山ではなく、標高百メートル程の小さな山となっていた。
山頂に降り立ってみたはいいものの、洞窟の中には入れそうにないので、そこで美衣達を降ろし、家財道具を全部持ってきてと、まるで夜逃げでもするかのようなことを言ったが、美衣達は異議を唱えることも理由を尋ねることもなく素直に従った。
家財道具を全て宇宙ポケットに格納して戻って来た美衣達をもう一度冴内は掌の上に乗せて、今度は海のある方へと飛行した。
「ちょっと飛ばすから皆しっかり捕まって!」
「わかった!」
美衣達は冴内の指にしっかりと捕まりゴーサインを出したので、冴内は一気に速度を上昇させた。
音もなく凄まじい速度で飛行する冴内の後には空気を切り裂いて出来た飛行機雲が描かれていた。
徒歩だと一体何日かかることかと思われていた遥か遠くの海がみるみるうちに近づいてきた。
林を抜け森を抜け山を越え草原を越えた先に、とても美しい海と砂浜が目の前いっぱいに広がった。
冴内はそこで着地して美衣達をおろした。
「わぁ!すっごくきれいな海!」(初)
「暖かくて良いところね!」(優)
「こんな綺麗な海には沢山ウマイ魚がいるに違いない!」(美)
「ヤシの木みたいなのがあるよ!あっ!あっちには美味しそうな果物もある!」(良)
「砂粒がとっても大きいですね!」(花)
「ウム、それだけ我々が小さいということだろう」(最後ロボ)
「早速海水対策コーティングをしましょう!」(音ロボ)
「アタイ、魚獲ってくる!」
「ボクも!」
「私はココナッツみたいなの取ってくる!」
「私はバナナみたいなのを取ってくるわね!」
「いや、みんなちょっと待って」
「うん?どうしたんだ父ちゃん?」
「えっとね、その前に皆でコレを・・・っと・・・ハイ、これを食べてみて」
「やっ!それ知ってるぞ!ムシを食べる草だ!」
「わぁ~大きいんだね!」
「二枚貝みたい!」
「でもこれ、パクッて閉じちゃうのよね?」
「うん、閉じないように指で押さえてるから、皆はこの真ん中にある飴玉みたいなのを取って食べてみて」
「うわぁ~!あんまぁ~い良い匂いがするゥ~」
「ほんとだァ~あんまぁ~い匂いがするゥ~」
「ほわわぁ~、こ・・・これ、すこしあぶにゃいかんじがするよォ~・・・おとうしゃん、コレらいじょうぶなのォ~?」
「らいじょうぶよ、りょうこ。ようがたべて大きくかっこよくなったんらから、わたしたちも食べたらおおきくなれるわよ」
「そっかぁ~」
「「「 アハハハハハ! 」」」
「きょっ!強烈な匂いだ!」(最後ロボ)
「こっ!これは危険ですね!」(音ロボ)
「しょんなことにゃいでしゅよォ~、優しゃんの言った通り、食べればわたしたちも洋しゃまみたいにおっきくなりましゅよォ~」(花)
「しっかりするんだ花子!」(最後ロボ)
「まさか演算装置にまで影響が及ぶ・・・と・・・は・・・アッ、アんまァ~い」(音ロボ)
「ぐっ・・・!なんという甘美な!あっ、あらがえん!なんという恐ろしいせい・・・ぶん・・・だ」(最後ロボ)
こうして美衣達だけでなく、ロボット3人組までもが恐るべし食虫植物の花の蜜の強烈な誘惑にいざなわれ、各自巨大なクッション程もある大きなゼリーを両手で抱えてペロペロ舐め続けた。ちなみにロボット3人組は掌で吸引していた。
全員徐々に身体が大きくなっていき、ペロペロ吸っていた状態からガブリガブリとかじり始め、それによってますます大きくなっていき、とうとう全部食べ尽すとそのまま上機嫌でスヤスヤと寝始めた。
ちなみにロボット3人組もシステム停止して横たわっていた。一応まだ正常なうちに対海水コーティングは完了しているようだった。
皆が幸せそうな顔で眠っているのを確認した冴内は一人服を脱いで裸になって海へと入っていった。
『海の幸でも獲りに行くのかい?冴内君』
『それもありますけど、この海にいるとかいう獰猛で恐ろしい者とやらがどんなものなのか見てみたいなって思いました』
『でも、それってとても奥にいるっていうし、そもそもどんなヤツなのか分からないんだよね?』
『そうですね、パステルさんには何か感じることは出来ませんか?何かこう、強い者の気配なようなものとか・・・』
『そうだねぇ・・・とりあえず試してみるね』
『お願いします、僕は出来るだけ遠くの深いところに潜ってみます』
冴内は全く息継ぎをせずどんどん沖の方に深い方に進んでいった。
やがて太陽の光が届かない程に深く潜った辺りでパステルと融合合体している冴内の額から触覚のようなものが飛び出してきて明かりを灯し始めた。まるでチョウチンアンコウか何かのようだった。
この時冴内の二本の足は既に人間の足ではなくなっており、人魚のような太い一本の足ヒレになっていた。さらに額の方からはコーンコーンという音響波が発生しておりまるで潜水艦のようだった。
『多分・・・アレかな?』
『あっ何か分かりました?』
『うん、音響探知でかなり大きなものがゆっくり動いているのが分かったよ』
『どっちの方角か分かります?』
『うん、こっちだね』
冴内の額のちょうちんが動き、冴内に進むべき方角を示した。
『じゃあ速度を上げます!』
冴内はとても海中航行しているとは思えない程に速度をあげた、水の抵抗は空気抵抗の比じゃない程に大きいため、地球で使用される水中用最新鋭軍事兵器でも時速140キロ程度が最高速なのだが、冴内は今時速約5千4百キロというとんでもない速度で航行していた。
これは現在地球でも理論上では可能とされ、世界中の軍事大国が研究している「スーパーキャビテーション」という物理現象を発生させることで出せた速度であった。
「スーパーキャビテーション」とは、流体の中を高速で移動することで後には水蒸気の泡が生じ、大量の気泡に絶え間なく包まれ続けることで、水の粘性によって生じる摩擦抵抗が劇的に軽減され速度を大幅に向上させることが可能になるという流体力学効果の一つである。
もちろんそんな知識は冴内には1ミリもなく、本人は無意識にただ速く進みたいと思ってやっているだけに過ぎなかった。
進み始めて1時間程が経ち、移動距離が1万キロを超えた辺りでパステルはお目当てのものが近いことを冴内に知らせた。
『冴内君!どうやらお目当ての方の登場だよ!』
『ええ、どうやらそうみたいですね。以前イギリスという国の海で似たようなのを倒しましたよ』
『あっ!それ知ってる!海を真っ二つにした時のことでしょ!』
『はい、当時はそれはもう気絶するくらい怖かったんですけど、今はもうサメくらいじゃ怖気ないですよ!毛虫とかは今でも大の苦手ですけどね』
『アッハッハ!アレね!黒くて毛むくじゃらの可愛いヤツ、あれ冴内君すごく苦手にしてたよねって、おっと、来たようだよ!』
そうしてやってきたのは巨大なサメに似た魚だった。しかし頭部から肩に近い部分はとても頑丈そうな戦車の装甲のような甲冑で覆われていた。
まさしくそれは地球における紀元前3億6千万年前程におけるデボン紀最強の海の王者ダンクルオステウスにそっくりの魚だった。
地球上のダンクルオステウスは強靭な顎をもち、噛む力はホホジロザメの約2倍の5千ニュートン程の強さを誇る極めて獰猛な捕食者だった。
しかし身体の前半部分が戦車の装甲のような硬くて重い甲冑で覆われていたため、真っ直ぐ泳いで速度がのれば速いが機敏な動きは出来ず、泳ぎは緩慢だったと推測されている。
とはいえ、人間など一飲みで捕食されてしまう巨大さと、誰が見ても強烈に恐ろしい顔の頭部で、こんなものと海の中で出くわした日には食べられる前に恐怖で気絶するかショック死しそうだった。
そんな強烈な存在が冴内の目の前に現れたのだ。