397:強敵食虫植物
パステルパピヨン冴内はこの世界で最も美味と称される危険な食虫植物の花の蜜を求めて、とても美しい巨大カラスアゲハ蝶に案内されて林の奥へと入っていった。
するとある場所を境にとても強く甘くて良い香りが漂ってくるのが分かった。しかも少しアルコールのような感じのする匂いも混じっていた。
「アァ、ナントヨイカオリ・・・ワカッテイテモ コノカオリニハ アラガエナイモノガアリマス、ダカラコソ ココニキテハイケナイノデス・・・」
「えっと・・・カラ・・・じゃない、あなたはこれ以上進まずここで待っていて下さい」
冴内は言いかけた途中でハッと気付き、不用意に名前付けしないように美しい巨大カラスアゲハ蝶のことを「あなた」と言い換えてこれ以上進まないように忠告した。
「ソウデスネ、ワタクシハ コノママススンデイッテハ サエナイサマノ アシデマトイニナリマスワネ」
「はい、ここまで来たら後はこの香りを辿っていけば僕にも見つけられます」
「ワカリマシタ、ブジニモドラレルコトヲ オイノリシテオリマス」
「30分経っても戻らないようでしたら、僕の事は気にせずあなたはお帰り下さい」
「サンジュ・・・プン?」
「あっそうか、えっと・・・しばらく経っても僕が戻ってこないようなら僕の事は気にせずあなたは帰ってください」
「・・・ワカリマシタ」
「それでは行ってきます!」
「ドウカゴブジデ!」
美しい巨大カラスアゲハ蝶をその場に残し、冴内はひときわ強い匂いを放つ方へと飛んでいった。
周りをよく見ると既に落とし穴方式の食虫植物がいくつかあるようで、靴下のような形の袋状になっている部分に光があたると消化液にゆっくり溶かされている昆虫のシルエットが浮かび上がっていた。
他にも先端が球体になっている無数のヒダのような足のようなものに絡めとられている昆虫もいた。球体からはとても甘くて良い匂いがしているが、ヒダヒダからは溶解液が出ているようで、昆虫の体内のエキスが吸い取られているようだった。地面を見ると中身が空になった殻の残骸が落ちていた。
それらの食虫植物が放つとても良い香りも実に魅力的だったが、冴内は我慢してもっと強く良い香りのする方へと飛んで行った。
徐々に大型の昆虫も捕食されて亡骸になっている姿を目にするようになってきて、冴内の頭も少し酔ったかのようにクラクラする程になってきた時に、いよいよお目当ての存在を発見した。
まさに地球に生息するハエトリソウのようなフォルムの食虫植物が冴内の目の前に現れた。しかし地球のそれとはサイズが圧倒的に違い過ぎた。といっても今の状況は冴内達が小さくなっているかもしれないので、実際のところの絶対サイズは不明で、あくまでも相対的なサイズとして表すと、冴内を普通一般成人男性とした場合、今冴内の目の前にあるハエトリソウは超高級一流ホテルのダブルベッドよりも大きい程だった。
『冴内君、一応確認するけど、まだ正常な判断は出来るよね』
『はい、まだ大丈夫です。少しお酒に酔った感じがしますが、判断は問題ないです』
『いいなぁちょっと羨ましいかも、ワタシは宇宙だから酔うっていう感覚が分からないんだよね』
『さて、あれの花の蜜はどこに・・・って、うわ、やっぱり一番ダメなところにあるなぁ』
地球に存在するハエトリソウとは異なり、超巨大ハエトリソウモドキのまるで二枚貝のような葉っぱの中央部に琥珀色に光輝く楕円形のゼリー質のようなものがあった。そのゼリーからこの辺りで最も甘美な香りが強く放たれていた。
『サッと行ってパッと取れない?』
『多分ダメだと思います、前にテレビで見たことがあるんですけど、物凄く速く閉じるんですよあれ、そしてホラ葉っぱの周りにトゲがあるじゃないですか、あれで完全に閉じ込められるんですよ』
冴内の言う通りハエトリソウは大体0.5秒程で葉を閉じる。
『じゃあどうするの?』
『えっと、可愛そうですがあの葉っぱごと切り落とそうかと思います』
『そうか、まぁそうだよね。冴内君なら何か予想外に奇想天外なことをやってくれるかなってちょっとだけ期待しちゃった』
『いやぁ、一応命がかかっていますから、そんな危険なこと出来ませんよ』
と、冴内は無難にチョップで二枚の葉の根元の茎を切断しようとしたのだが・・・
「♪~♪~♪~」
『あれ?ちょっと冴内君?どうしたの?チョップで葉っぱを切断するんじゃなかったの?』
「♪~♪♪♪~」
『えっ!?あれれ?ちょっとちょっと冴内君!?』
冴内はまんまと強い香りに含まれるアルコール成分のようなものにやられて上機嫌で酔っぱらってしまっていた。
「♪おいち~ィ、おいち~ィ、はなのみつゥ~、あまくてウンメェ~はなのみつゥ~、のみたぁ~いィ~のみたいのォ~♪」
『ブッ!ブワッハッハッハ!アッハッハッハッハ!何その歌!アッハッハッハッハ!冴内君!ヒッ、ヒーヒー、しっかりしてよ!アッハッハッハッハ!』
ちなみにパステルの方は酔ってはおらず、ただただ冴内の間の抜けた状態と歌がツボに入って大ウケしていただけである。
現在冴内と一蓮托生状態で、このままいけば自分の身も危ないというのに、今の状況に危機感を感じる以上に今の冴内の状況が痛烈に愉快に感じていたという危機感のなさだった。
冴内は当初の目的など完全に忘却の彼方へと押しやり、フラフラとまんまと美しく光り輝く楕円形上のゼリーを求めるべく葉っぱの中央に着地してしまった。
例え正常状態の冴内であったとしても葉っぱの閉じる速度を上回ることは出来なかったかもしれないが、今の冴内の状態は完全に我を忘れる程に出来上がってる状態だったので、当然そのまま見事に超巨大ハエトリソウモドキの餌食になってしまった。
「ペロペロペロ、うぅ~ん、おいちぃ~、あんまぁ~い、ペロペロペロペロ・・・」
『うわっ!なるほどこれが美味しいっていう感覚なんだね!すごいなこの強烈な情報密度!なるほどこれは正常な判断も狂うわけだ!おっと、すごいぞ!視覚情報まで異常になってきた!これが目が回るっていう状態なんだね!』
『わっ!うわわ!溶解液だ!溶解液が出てきたよ!冴内君このままだとドロドロに溶けちゃうよ!』
「ペロペロペロ、うぅ~ん、おいちぃ~、あんまぁ~い、とろけそォ~、ボクとけちゃいそぅ~」
『しっかりして冴内君!』
これまで何度も危ない目に遭ってきた冴内だったが、あまり絶体絶命のピンチといったような緊迫感漂う状況にはなってこなかったのに、こんな場所でこんな状況でこんなしょうもないグデングデンの状態で今まさに冴内は絶体絶命だった。
さすがのパステルもこれはちょっとマジでヤバイやつかもと思いかけたところ、冴内の身体に少しづつ変化が現れてきた。
冴内は上機嫌でへべれけの状態のままゼリーを舐め続けていたが、この超巨大ハエトリソウモドキのゼリーを舐め始めた時から既に蝶々の細長い管のような口ではなくヒトの口の状態に戻って舐めまわしていて、もっと舐めたいもっと味わいたいという欲求が加速してとうとうゼリーにかじりついてガツガツと食べていた。
ゴクンゴクンとゼリーを食べて飲み込んでいくごとに、徐々に冴内の身体が大きくなっているのがパステルには分かった。冴内は休みなくバクバクとゼリーにかぶりついてゴクンゴクン飲み込んでいき、ますます大きくなっていた。
冴内の身体は大きくなる一方で、やがて超巨大ハエトリソウモドキの固く閉じた二枚の葉っぱの先端にあるトゲを押し出して身体がはみ出し始める程になり、それに加えて重量も増加しているようで、葉っぱが重さに耐えきれず段々と垂れ下がってきた。
『いいぞ冴内君!その調子でどんどん食べて大きく健やかに良い子に育つんだ!』
そんなパステルの言葉が果たして冴内に届いているのかどうか不明だが、冴内はこの世界で最も美味だと称される超巨大ハエトリソウモドキの花の蜜を食べ続けて健やかに成長していたのであった。