386:修行開始と自由落下
冴内達は休火山の火口付近にある洞窟を仮の住処としてここを拠点に本格的な修行を開始することにした。
温泉があるので風呂は必要なく、身体の洗い場とトイレとごみ処理設備、そしてキッチンやダイニングテーブルとイスなどを設置して住環境を整えた。
驚いたことに宇宙ポケットからそれらの各設備を取り出したところ、それらのサイズですら冴内達の頭身に合わせて小さくなっていて、今のおチビさん状態の冴内達が使いやすい大きさになっていた。
バルダクチュンはそれらの光景を見て、これならばこの先は冴内達自身に任せても大丈夫だろうと満足げに頷き、自分に用がある時は呼んでくれと言って消えた。
明日からは修行で疲れるかもしれないので、今夜は美衣が腕によりをかけてご馳走を作るといって張り切って料理の腕をふるった。
以前おとめ星の空中庭園都市で取得したレシピだけでなく、これまで宇宙連合や宇宙連盟の様々な超一流の料理人達から学んだ最高のレシピの中から厳選した最高のフルコースディナーとなった。これが最後の晩餐だといっても良い程最高の晩餐だった。
腹一杯食べた冴内達は食休みをとった後、とても身体に良い温泉に浸かり明日からの修行に備えた。
明けて翌朝、朝食は花子が用意した和食ご飯をしっかりとり、冴内達は山頂から下界を見渡して今日はどの場所に行って食材を確保しようかと家族作戦会議を開いた。
美衣は目をつぶって鼻をクンクンと嗅ぎ、初も美衣の真似をし、良子も目をつぶって手を開いて何かを五感で感じ取っていた。
ちなみに全員昨日何度も空を飛ぼうと試みていたが、今の2頭身状態の冴内達では空を飛ぶことも音速を超える速度で移動することも出来なかった。
「アタイはアッチの方からいい匂いを感じる」
「ボクはコッチの方から何かを感じる」
「私はソッチの方に危険なものを感じる」
「いつもながらみんな良く分かるね。じゃあまずは美衣の案を採用してアッチに行ってみようか」
「「「 りょうかぁ~い! 」」」
「えっと・・・ここから飛び降りたら・・・死んじゃうかな?」
考えるまでもなく普通は即死でペチャンコになるが、冴内達は普通じゃないのでこういう素っ頓狂な発言が出てくる。
「いったんあそこまで飛びおりて足が痛くなるか試してみよう」(美)
「えっ!あんな遠くまで!?大丈夫かなぁ・・・」
「ボクためしてみる!エイッ!」
「あっ!初!」
ちなみに今回もあくまでも仮の数値としてだが、冴内を普通の人の身長と仮定すると初が躊躇なく飛びおりて目指したのは100メートルはありそうな位置にある水平段差地点だった。
初は自由落下してみるみる小さくなっていった。
数秒後に小さくドスンという音がしたのが妙に生々しくリアルで不気味だった。
恐る恐る下を見た冴内だったが、美衣が大丈夫そうだと言って飛び降り、良子も優も次々に飛び降りた。
「何かあったらよろしく頼む。頭部ブラックボックスはビッグバンレベルでも壊れないように作られているので、もし私が行動不能修復不能なまでに壊れた場合は出来れば冴内 美衣の宇宙ポケットに入れて運んで欲しい」
「私も出来ればそのようにお願いします」(音ロボ)
「私もお願いします」(花子)
そう言い残してさいごのひとロボ4号機も音声ガイドロボ2号機もオリジナル花子も死への旅立ちへと向かって行き、後には冴内だけが取り残された。
「これから宇宙を救おうってヤツがこれくらいのことで怖気づいてどうする。たつのすけさんが見ていたら笑われるぞ。冴内 洋、男を見せろ!」
なかなかに饒舌な冴内であったが、それほど怖かったのだろう。ともあれ意を決して冴内も断崖絶壁を飛び降りた。
「ええい!行くぞ!・・・ヤァッ!」
残念ながら冴内は目測を誤った。いや、目測ではなく今の自分の脚力がどれくらいあるのかが分からなかった。
そのまま一歩足を進めて自由落下すれば良いものを、怖さを払拭させるあまり勢いよく蹴りだしてしまい、助走もつけずにひと蹴りしただけにも関わらず冴内は崖っぷちから20メートル以上も前方に飛び出してしまった。
そして怖さのあまり目をつぶり、身体が無意識に恐怖でイヤイヤをする感じで腰を捻って水平に180度回転し、崖を背にするのではなく崖と向き合う形で自由落下し続けた。
下から美衣達の声が聞こえてきたので薄目を開けたところ、まるで最後のシャッターチャンスのように美衣達の驚く表情が一瞬だけ目に映った。
しかしそれは本当に一瞬の出来事で、美衣達の姿は冴内からするとそのまま物凄い上昇スピードで上に消えていったように見えた。
冴内は第一投下ポイントを素通りして標高千メートルを一気に自由落下していった。
「父ちゃんやるな!一気に下まで行くつもりだぞ!」
「ボクが大丈夫だったのを見て安心したんだ!」
「さすが洋ね!」
「さすが洋お父様ですね!」(花)
「そう・・・なのかな?」(良)
「・・・」(最後ロボ)
「・・・」(音ロボ)
さいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機は壊れて何も言えなかったのではない。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
恐らくその次に「助けてぇ!」などと言えば優あたりが猛然と駆け付けてくれたのだろうが、あまりの恐怖と短時間の出来事のため冴内はただただ絶叫することしか出来なかった。
叫び続けること1分超、冴内はペチャンコになることなく、ここでこの小説がバッドエンドで完結することもなく無事着地した・・・が、いきなり水平の地面になっているのではなく、急な斜面になっているので着地からすぐに猛烈な回転速度で後ろ回りで転がり始めた。
なにせ2頭身状態ということで頭が重いせいか、ひたすら後転で猛回転して転がり落ちて行った。
「やっ!父ちゃんすごいぞ!そのまま凄い勢いで上手い具合に進んでる!」
「さすがお父ちゃん!ボクなら目が回っちゃうかも!」
「私も行くわよ!」
「私も行きます!」(花)
「私も!」(良)
「我々はあそこの第二ポイントを目指すとしよう」
「そ・・・そうですね」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
相変らず叫び声をあげながら今度はひたすら後方回転を続ける冴内。またしても仮定の数値になるがもしもこれが地球におけることだと仮定した場合、現在の冴内は時速300キロ近くにまで達していた。
「だ!誰か止めてぇぇぇぇぇ!!」
ようやく冴内は助けを求める声を発することが出来た。その声と発言内容からはとても莫大な力を誇る全宇宙の愛の使者とは思えない程に情けないものだった。
普通ならすぐに意識がなくなり脳内の血のめぐりが偏り深刻な脳障害になるところだが、冴内としては今頃ようやく目が回って気持ちが悪くなってきたという状態だった。
すると目の前が暗くなり、冴内はこれはいよいよいわゆるブラックアウト状態っていうやつかと思いはじめた。
案の定急に身体がフワッと軽くなり、まるで空を飛んでいるかのような無重力状態になった。
目が回っているので落ち着いて状況を確認する間もなく、冴内の目は宙を泳いでいた。
「あ・・・ど・・・どなたか、存じませんが・・・あ・・・有難うございます・・・おかげで助かりました・・・」
「イヤイヤ、レイニハオヨバナイ、ムシロ コチラカラオレイヲ イイタイトコロダ、コンナニモ オイシソウナエサヲ タベラレルノダカラ」
まだ目が回る冴内がぼんやりと焦点を合わせたところ、巨大で綺麗なエメラルドグリーンの複眼と目が合った。
さらに大きな牙がある口がアングリと開いているのが見えた。
冴内は巨大なオニヤンマの6本の足でガッシリと掴まれて空を飛んでいた・・・