375:暗黒魔王(仮)
冴内達はようやく別の宇宙が造り出したゲートに入ることが出来た。そこは冴内達とコミュニケーションを取るための世界そのもので、仮の呼称としてジメンという名称が与えられ、ジメンは冴内達に説明し始めた。
美衣が宇宙ポケットから椅子とテーブルを取り出し、クッキーとお茶を用意して、冴内達は腰かけてくつろぎはじめた。
『さすが準備周到、素晴らしいですね冴内 美衣様』「えへへ・・・」
『既に別の宇宙から聞き及んでおられるかと思いますが、今こちらの宇宙では未曾有の大災害ともいえる危機的状況にあります』
冴内達は頷いた。
『その原因はとても強大で強力な力を持つ存在の出現によるものです、その存在が現在こちらの宇宙で暴れまわっており、手が付けられない状況です』
「強いヤツ!?父ちゃんよりも強いのか!?」
「お父ちゃんよりも強いの!?」
『分かりません、ですが冴内様以外にその存在を止められる者はいないと確信しています』
「洋は負けないわよ!」
「うん!お父さんは負けない!」
「父ちゃんは負けないぞ!」
「うん!お父ちゃんはさいきょうだ!」
当の本人はかなり自信がなかったが、この場は黙っていることにした。
「えっと、その強大で強力な力を持つ存在ってどういう存在なんでしょうか?」
『そうですね、一言でいえば暗黒魔王です』
「「「 あんこくまおう!! 」」」
美衣と初と良子までもが目をキラキラと輝かせて弾んだ声で復唱した。とても嬉しそうだった。
『すいませんあくまでもこれは仮称に過ぎません、すごく分かりやすいように相当事実を湾曲して大袈裟に言いました、有体に言うとかなり盛りました』
話しを盛ったと表現するあたりから、この思念翻訳機能は相当に優秀なものだということが伺い知れた。
『そしてその暗黒魔王はただ一人という存在ではなく、暗黒四天王と我々が呼称する4体の存在で構成されているのです』
「「「 あんこくしてんのう!! 」」」
美衣と初と良子はますます目をキラキラと輝かせて復唱した。かなり嬉しそうだった。
「そんな凄い強力な存在が4体もいるの?4体相手だと勝てないかも・・・」
「大丈夫だ父ちゃん!こっちは5人だ!5人家族戦隊だ!」(美)
「4っつよりも5つの方が多いから勝てる!」(初)
『ご安心ください冴内様、彼等は互いに非常に仲が悪く、一致協力して戦うことはまずありません』
「えっ?そうなの?仲悪いんだ・・・」
「ちょっと残念だが、魔王らしいぞ!」(美)
「そうだ!まおうだ!まおうらしい!」(初)
どういうのが魔王らしいのか分からないが、美衣達にとっての魔王はお互い仲良くしないらしい。
「えーと・・・その、暗黒四天王という4人の魔王を倒せば宇宙崩壊の危機はなくなるってことでいいんですよね?」
『はい!その通りです!』
「その4人の魔王の居場所とかって分かりますか?僕等がその四天王に会うにはどうすればいいでしょうか?」
『それが・・・なかなかに神出鬼没といいますか、実に気まぐれな者達で、突然予想もしない場所に出現して好き勝手に暴れまわって突然いなくなるのです』
「実に魔王らしい!」(美)
「まおうだ!まおうらしい!」(初)
まるで魔王に憧れているように思われても仕方がない口ぶりの美衣と初だった。
「そうなると、その四天王とかに会うのは難しそうですね・・・って、そもそも僕等はこの宇宙をどう移動すればいいのでしょうか?」
『はい、冴内様はそちら側の3つの宇宙を自由に移動できる能力をお持ちだと伺いました、ですのでそれと同じようにこちらの宇宙で修行すれば同じことが可能になると思います』
普通どんなに修行しようとも、3っつの異なる宇宙を自由に瞬間移動出来るようになるなど、この上ない程に荒唐無稽な話しである。そもそも何をどう修行すればそんなことが可能になるのだろうか。
「修行ですか・・・」
「わっ!修行だって!」(美)
「しゅぎょう!?」(初)
「修行は魔王を倒すための地獄の特訓のことだ!地獄の特訓をすると凄く強くなるんだ!」(美)
「じごくのとっくん!ボクそれやる!」(初)
「アタイもやるぞ!」(美)
「私もやる!」(良)
「私もやるわよ!」(優)
「・・・私達もやるんでしょうか?」(音ロボ)
「いや、我々は観測者だ、彼等と一緒にやろうものなら一瞬で破壊されることだろう」(最後ロボ)
「・・・そうですよね」(音ロボ)
「で、どのような修行をすればいいんでしょうか?」
『はい、そのために私が造られました。私は皆さんとコミュニケーションを取るためだけでなく、皆さんがこちらの宇宙を行き来出来るようにトレーニングいたします』
「なるほど、そうだったんですね」
『はい、ではまず足腰を鍛えましょう。なんといっても脚力が肝心です、健康の源はまず足腰からといいますからね!』
『それでは皆さん横一列に並んでまずは屈伸運動から行きましょう!』
屈伸運動で宇宙を移動出来るようになるなら宇宙ロケットも宇宙服も必要ないのだが、そのような疑問を一切持たずに冴内達はとても素直に嬉しそうに横一列に並んだ。
『はい!それではみなさんイチニィサンシ!ニィニィサンシ!サンニィサンシ!・・・』
冴内達に加えてさいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機も一緒に屈伸運動を行った。当然これまでのその様子は一部始終空中浮遊ドローンのカメラに加えてさいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機の一人称視点でのカメラでも記録されている。
屈伸運動開始から徐々に身体が重くなった。冴内は宇宙を崩壊させることが出来る程の力を持っているにも関わらず「最近運動不足だったからなぁ」などとたわけたことを口にした。
さいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機は客観的な数値データとして分析出来るので、自分達に起きている異変に気付いていた。
「重力制御でしょうか?」(音ロボ)
「恐らくはそうだろう、しかし通常の重力制御とは何か根本的に異なるようだ」(最後ロボ)
「これ以上は私の関節は負荷に耐えられません」(音ロボ)
「そうだな、さらに増すようならば圧壊の可能性もある」(最後ロボ)
『思念体の方々は修行なされる必要はないと思いますが・・・解除致しますか?』
「はい、お願いします」
「ウム、そうしていただこう」
ジメンはさいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機の負荷を解除し、冴内達からは少し距離を取るように言った。
「これは通常の重力制御とは違うように思えたのだが?」(最後ロボ)
『はいその通りです、こちらの暗黒エネルギーの負荷をコントロールしているのです』
「暗黒エネルギー!?宇宙の加速膨張の原因とされる仮説の未知エネルギーのことか!?」
『そうです、宇宙項とも言うようですが、重力力場にも近しいものです。ただこちらは反発する重力効果でもあるため、ほぼ無尽蔵に負荷をかけることが出来ます』
「・・・ちなみに、今冴内達にはどれくらいの負荷がかかっているのだ?」
『そうですね、この調子で進めば2時間後には白色矮星の質量の上限値に達して超新星爆発します』
これは地球ではチャンドラセカール限界と呼ばれるもので、縮退した絶対零度の電子圧力によって支えられた白色矮星の質量の上限値である。
「だっ、大丈夫なのですか!?」(音ロボ)
『大丈夫です!冴内様達なら乗り越えられます!きっと!』
「そんな・・・」(音ロボ)
ハァハァ言いながらひたすら屈伸運動を続ける冴内達にはこの会話は耳に入っていなかった。
この調子で続ければ2時間後には屈伸運動をしながら超新星爆発で一家全員爆散するという極めてシュールな光景が展開されるのだが、果たしてこの後どうなってしまうのだろうか・・・