37:深い森にて
良野さんに午後3時には帰るからそれまでに戻ってきてと言われたので、携帯のアラームを2時にセットしておく。現在時刻はお昼の12時ちょっと過ぎで、魔除けの塗り薬をほんの少しだけ人差し指につけて首の後ろに塗り深い森の中へと入っていった。
太陽の日差しの元明るかった草原から一変、森の中は薄暗くそしてちょっとヒンヤリした。林と違って薮はそれほどでもなく割とサクサク進める。
ここに来る途中、小高い丘から森を見たときに泉のようなものを見つけていたので、直観的にどうしてもそこに行ってみたくなっていた。
目の前に自分の胸あたりまである笹薮のようなものが行くてを邪魔していたが、斜め下の足元に向けて水平チョップでバッサバッサと刈り取りながら進んでいった。これもしかしたら稲刈りとかでも役に立つんじゃないかしら。
本来ならナタやカマを使って「ヤブコギ」するところなのだが、徒手空拳で進むことおよそ30分で目的の泉に到着した。はたから見たら何かの刈り取り機械がありえない速度で進んでいるように見えたことだろう。
泉をよく見るとどうやら山からの湧き水が湧いているようで泉の底から湧き出ている水で底がうねって波うっている。すごく透き通っていてなんとなくほんのりと甘い匂いがする。小魚が泳いでいるので飲んでも大丈夫だろう。
早速水筒の外フタ兼コップで泉の水をすくって飲んでみる。うまい!すごくうまい!なんとなく柔らかな口触りで極わずかに甘さを感じる。水筒に入っていた水は全部捨てて泉の水で満たすことにした。
しばらくじっとしていると対岸の薮がガサガサという音がしたので音をたてないように自分は薮の中へ隠れることにした。次から双眼鏡を持ってこようと思ったが道具屋にあるかなぁと考え、ふと閃いて携帯を取り出しカメラを向けてズーム機能を使ってみた。
今か今かと楽しみに携帯の液晶画面を凝視していると、キターッ!ユニコーン!ホントに白い!そしてツノ長ェーッ!サラリとした白い前髪に、まつ毛が長くて実に美しい・・・とてもあれを倒すことなんて出来そうにもない、しばらく録画するだけで十分だ。
そんなことを考えながらユニコーンが水を飲んでいるのを眺めているとユニコーンが突然ビクッとしたのでバレちゃったか!?と思ったらユニコーンの背後にこれまで見た熊とは一目で違うと分かる熊が両手を広げて立っていた。
全長こそ以前倒した3メートル程の大きな熊と同じくらいだが爪の長さが異様に長く、口から飛び出した牙も異様に長い。昔図鑑で見たサーベルタイガーのようだ。そして最も印象的なのが目で、まるでルビー(仮)のような赤い色だ。
ユニコーンはその熊ににらまれて身動きが出来ない様子で横に駆けだそうとしてもすぐに熊がそちらに身体を向けて逃がさないぞオーラを発するのでユニコーンも逡巡しているかのようだ。
本能的にこうしちゃいられない!と慌てる心を落ち着けつつ、笹薮を回り込んで対岸に向かうことにした。どうか間に合いますように!
音を立てずに慎重に気付かれないように笹薮を進もうとするが、水平チョップで薮を刈れば音がするしそうでなくてもガサゴソという音がするのは避けられない。
いやーどうしようコレ!と苦虫を噛んだように一瞬顔をしかめるがそこでまた閃いた。待てよ、別に気付かれてもいいのか!ユニコーンには逃げられるかもしれないが、かえってそれは好都合で、熊の注意を引き付けられるならそっちの方が良いと、考えを180度変更した。
熊に向かって大声を上げて、ザンザンと辺り構わず水平チョップを放ち、対岸方向に向かって走り出した。強そうな雄たけびをあげられればよかったのだが、何故か声が裏返ってしまい
キャーーーーッ!と、多分はたから聞かれたら恥ずかしい声になってしまった。どうも昔からこういう本番に弱いんだよなぁとつくづく思った