351:チェリースライム
お昼になったので冴内達は依然として真っ暗闇の中、昼食をとることにした。メニューは野菜あんかけチャーハンとコワイコワイの肉の角煮と中華スープだった。
「父ちゃん、今日のお風呂には何の果物を入れるんだ?」
「そうだなぁ・・・いきなり桃とかは危険だからサクランボの粒を10個くらい入れてみようか」
いや、それでもいきなりサクランボ10粒は危険すぎるんじゃないのか?そんな危ない成分がタップリ入っていそうなものじゃなくて、さいしょの星や美味しい食材の宝庫の放浪衛星0141で採取した果物を入れるべきではないのか?・・・と、さいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機はあるのかないのか分からない内心で冴内の考えを止めていたが、またしても好奇心の方が上回ったので黙っていた。
食事と食休みを十分とった冴内達はまた進撃を再開した。午後は温泉スライムはいなくなり通常のスライムが相手になった。
そうして4時間程度進んだところで今日の探索活動を終了した。ゲートからは距離にして約1800キロというところで、明日の午前中にはおおよそ北海道から九州までの距離に等しいところまで到達することになるだろう。
夕食にはロシア料理のボルシチとガルプツィをベースにしたメニューを食べた。ガルプツィはロシア風のロールキャベツともいえるもので、肉のつなぎの代わりに米を使い、軽くキャベツを炒めて焼き目を付けてから煮込む料理である。もちろん主食のパンを使ってピロシキも作っていた。
「あ~・・・あったまるなぁ~」とはボルシチを飲んだ冴内。続いてガルプツィをフゥフゥ冷ましてから口に含みハフハフ言いながら食べたが、冴内以外はマグマを口に入れても全く何の問題もなさそうなメンツなので普通にアツアツの料理もパクパク食べていた。
「いつもしみじみ思うんだけど、皆料理上手で本当に良かったよ。こんな美味しい食事を毎日皆と一緒に食べられるだけでもこれほど幸せなことってないと心の底から思うよ」
「ボクもそう思う!小人さん達も、グドゥルにいた人達も皆美味しい食べ物を皆で一緒に食べてる時はとっても嬉しそうだった!」(初)
「そうね、私がたつのすけに会って美味しいものを食べたとき、ようやく生まれて初めてそういった感情が芽生えたかもしれないわ」(優)
「お母さんの気持ち分かる!私も美味しい食事を皆と一緒に食べた時、生まれて初めてとっても心が温かい気持ちになった!」(良)
「美味しい食べ物はとってもとっても大切なのだ!おとめ星で見つけた秘伝の書にもそんなようなことが書いてあった気がするのだ!」(美)
愛する家族達と一緒に温かく美味しい食事をとることの威力は絶大なものがあり、まったく太陽の光も自然豊かな景色も何一つない漆黒の闇の中で、冴内達は気分が滅入ることなく明るく過ごしていた。そもそもいざとなったら冴内自身が太陽になればいいのだ。
そうして今日も大満足の食事を終えて、いよいよお待ちかねの入浴タイムとなった。
美衣は冴内の提案どおり宇宙ポケットからサクランボを10粒投入した。試練の門から果樹園ごと誰の許可もとらず勝手に分捕って来た色々とヤバイ効能のある食材のうちの一つである。
「ハァ~なんとなくだけど、いつも以上に疲れが取れていく気がする~」(美)
「そうねぇ~なんとなくいつもより気分も良くなる感じがするわねぇ~」(優)
「ブクブクブク・・・」(初)
気持ち良すぎて寝オチして沈みかけて行く初を冴内は抱っこして抱えた。その二人の光景を見てますます冴内家の女性陣は心を和ませた。
プゥーッ!プゥーッ!プゥーッ!
「やっ!来たぞ!スライムだ!」(美)
「スゥスゥ・・・わっ!?スライム!?」(初)
冴内達は誰一人風呂から飛び出して逃げまどうことなく、お風呂の端の方に移動してスライムが入浴するのをワクワクしながら待った。およそ常人とはかけ離れた精神力だった。
ポチャン!ポチャン!
「アハハ!入ってる入ってる!」(美)
「アハハハ!ホントだアハハ!」(初)
「アハハ!なんだか嬉しそう!」(良)
スライム達はやはり冴内達に危害を加えることなく風呂の湯に浸かっていた。美衣達は手や足でお湯をかいてサクランボがスライムの方に向かうようにした。
その後、冴内達は風呂から上がり洗い場で身体と髪を洗って最後にもう一度湯に浸かってから入浴を終了した。
入浴後は温泉スライムゼリー1個を全員で分けて試食してから通常のスライムゼリーを食べた。
「温泉スライムゼリーの味は普通のスライムゼリーとそんなに変わらないね、美衣はどう?何か違いが分かる?」
「うむ、少し味が濃いかもしれん」
こういう時は何故か口調が権威ある美食家のようになる美衣であった。やはり英雄の称号が少なからず影響しているのであろうか。
そんな風に今日も危険対象物モンスターが至近距離で入浴している姿を見ながらそのモンスターを食べるという実にシニカルな光景が展開されていたのであった。
スライム達は自分達の同胞がムシャムシャ美味しそうに食べられている姿を見ているのか見ていないのか分からないが、全く意に介する様子もなくチャプチャププカプカとどことなく幸せそうにお風呂の湯に浮かんでいた。
その後冴内達はそんなスライム達がいるすぐ近くにベッドを置いて就寝した。時折聞こえてくるポチャンという音やチャプチャプという音が耳に心地よかった。普通の人間なら恐怖で精神崩壊するかもしれない音に聞こえたことだろう。
明けて翌朝、太陽も月も何もない漆黒の暗闇の中なので明けても暮れてもいないのだが、一応それでもドローンが照明を調整してくれるし、下手すると時計よりも精密正確な美衣達の腹時計アラームにより、冴内達はいつも通りの3日目の朝を迎えた。
今朝も炊き立てご飯に納豆と焼き魚やお浸しに具沢山のお味噌汁を食べ、食後のお茶を飲んで休んでから先を進んだ。
移動開始からすぐにスライムが出現し、各自のヘルメットには次のようにステータスが表示された。
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チェリースライム
生命力:10
特殊力:3
攻撃力:2
防御力:2
素早さ:2
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「あっ!父ちゃんスライムが赤くなってるぞ!」(美)
「ホントだ!赤いスライムだ!」(初)
「ステータスが上昇してるよ!」(良)
「皆注意して戦って!」(冴内)
「「「 了解ッ! 」」」
「くらえ!フライング・クロス・チョップ!」(初)
ボウンッ!
「わっ!弾かれた!」
「食らえ!ゴールデンチョップ!」(美)
ブユンッ!
「ホントだ!弾かれた!」
「えいっ!」(良)
バウンッ!
「きゃっ!」
「二刀流!斬ッ!」(優)
ボインッ!
「えっ!?うそっ!」
「スゥゥゥ・・・オーバー・・・ザ・・・レインボーッ!!」
パァンッ!
「フゥ~、これでようやく倒せるのか・・・」
「えっ、それくらいやらないとダメなの!?」(優)
「どうやら、そうみたいだね」
「すごいぞ!スライムはサクランボ入りお風呂でパワーアップしたんだ!ようし!アタイもさらにパワーアップだ!スゥゥゥ・・・ゴールデン・・・チョーーーップ!!」(美)
バチュンッ!
「フゥフゥ、やったぞ!」
「ようし!ボクも!」(初)
「私も!」(良)
「私も行くわよ!」(優)
各自さらに力を込めて強い一撃を加えてなんとかチェリースライムを撃退した。さすがに生命力を注ぎ込む程の正真正銘のフルパワーだと宇宙を崩壊させる程の力を持っているので、そこまでの全力攻撃ではないが、それでも久しぶりに相当な力を注いだ攻撃だった。