338:漆黒の闇のゲート
リビングの壁にある大型ディスプレイは何も映っていないときは黒いが、それでも光を反射したり、近づいて見れば光によって薄っすら自分の姿や家具などの近くにある物が映りこんだりするのだが、その真横に真っ黒く塗られた長方形は一切光を反射せず本当に漆黒の闇そのもので不気味だった。
普通そんなものが突如自分の家の壁に出現したら気が気じゃないものだが、冴内達は全く何も気にせず、同じリビングルーム内のキッチン近くに置いているダイニングテーブルにて朝食をとっていた。今朝の献立は納豆と豆腐と焼き魚とお浸しである。
美衣がさいしょの民達の家々をあちこち回って研究した結果、醤油については納豆に合う醤油、豆腐に合う醤油、焼き魚に合う醤油など数種類をブレンドして独自に作り出したものが使われていた。
「この醤油抜群に美味しいね」(冴内)
「小人さん達から教えてもらった作り方と、第3農業地の人達からもらった豆を使って作ったんだよ。納豆にはこれが合うし、豆腐にはこれが合う、焼き魚はこれがいいよ、他にも刺身用とか煮物用も作ってみたんだ」
各種醤油は日本の100円ショップで買ってきた容器に手書きで「納豆用」とか「豆腐用」などと書かれていた。どれもかなり達筆で、冴内が書く文字とは比較にならない程美しかった。
ちなみに冴内こそ漢字練習が必要なくらい字は下手だし、漢字もほとんど書けなくなっていた。これは現代人の割と多くが当てはまるのだが、ずっとPCのキーボードやスマホでしか文字を書かなくなっていたからである。しかも冴内の場合高校卒業後はコンピューターの専門学校に通って将来はシステムエンジニアかプログラマーとしてどこかの中小企業に入社するつもりだったので、より手書きで文字を書く習慣がない日々を送っていた。
ともあれ別の宇宙とやらが他の宇宙をも巻き込んで崩壊するかもしれないという状況の中、冴内達はのんきにいつも通りの朝食の時間を楽しんだ。
食後のお茶も飲んでまったりと食休みをした後でリビングにある壁掛けディスプレイの横にある漆黒の闇のところに行った。
「これってゲートなのかな?」
冴内は全く無防備に腕を漆黒の闇の中に突っ込んだ。
「あっゲートっぽい、向こうに繋がってる」
「よし!行ってみよう!」冴内同様にまったく無防備な発言をする美衣、危険かもしれないという想像力は全く働いていないようだった。
「そうだね、行ってみるか、そもそもそのために作ったんだろうから」
普通漆黒の闇しか見えない得体の知れないところに行くというならば、もっと緊張感を持って準備も万端に整えてから行くのが当たり前のことのはずなのだが、冴内はそのまま普段着のまま何の装備品も持たずに漆黒の闇の中に入ろうとした。
「あっいけない!」
「どうした父ちゃん!」
「うん、クツを履いてから行かなきゃ」
「なるほど」
いやクツも確かに大事だが、他にももっと大事なものがあるだろう・・・
「一応ライトも持っていくか・・・そうだ、せっかくだから久しぶりに以前機関の人達に作ってもらった多機能ベストを着て、それにライトを装着していこう。ねぇ美衣、それってまだ宇宙ポケットに入ってる?」
「入ってるぞ、ちょっと待って・・・はい」
「・・・はい、ありがとう」
冴内は以前試練の門に挑んだ時にゲート機関の試練の門専属戦術研究チームの職員達に作ってもらったタクティカルベストを着込み右胸にフラッシュライトを装着して明かりをつけた。
「よし、これでヨシ!」
「父ちゃんカッコイイ!」(初)
「そう?ありがとう」
「それじゃ出発!」
「楽しみだ!」(美)
マメなことに漆黒のゲートの前に敷物を敷いてからその上でクツ、これもゲート機関で用意してもらったコンバットブーツを履いて冴内は漆黒の闇の中に入っていった。そのまま続けて美衣も入っていこうとしたところ・・・
ブヨン!
「わっ!なんか弾かれた!」(美)
「えっ?ホント?」(良)
「ボク行ってみる!」(初)
ボヨン!
「わっ!」初も弾かれて尻もちをついた。
「私も試してみる!」(良)
ブユン!
「キャッ・・・ダメみたい・・・」(良)
「ようし!フルパワーだ!」(美)
美衣は距離を取って両手を前に突き出して鋭いチョップを作り手の先端を黄金色になる程に力を込めてついでに久しぶりに戦闘獣モードになった。
さいごのひとロボ4号機も音声ガイドロボ2号機も内心ではやめておいた方がいいと思っていたが、どうなるのか興味の方が勝ったので黙っていた。
「いくぞ!フルパワー!!」(美)
全てが一瞬だった。
まず美衣が視界から消えていなくなるほどの速度で漆黒の闇のゲートに「恐らく」向かって行ったのだが、あまりの速度なので何も見えなかった。
そして美衣の姿が消えたまま、ゼロコンマゼロゼロゼロ・・・秒後に爆発音が聞こえ、音のした方をみると漆黒の闇ゲートと正反対方向のログハウスの壁に穴が空いていた。
「なにが起きたんでしょうか?」(音ロボ)
「美衣お姉ちゃん、すごいスピードで跳ね返されちゃった」(初)
全員壁に空いた穴の方に近付いて、外を見てみるとはるか遠くに美衣らしい姿がこちらに向かって飛んで戻ってきているのを発見した。
「まさかこれお父さんしか入れないの!?」(良)
「えっ!イヤよそんなの!私も入れないか試してみる!」(優)
ボインッ!
「いたっ、ウソ!入れないの!?」
美衣が戻ってきたので、優は美衣にライトサーベルを出してと頼み、美衣は宇宙ポケットからライトサーベルを取り出して優に渡し、優は美衣のときのようにライトサーベルを両手で水平に構えて突撃する構えをとった。
もしもゲートを突き抜けて、さらにそのままその先にいる冴内までも突き抜けたらどうするのかという想像はしなかった。
「母ちゃんアタイも手伝うぞ」
「私も!」
「ボクも!」
やめておいた方がいいのでは、と、またしてもさいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機はあるのかないのか分からない心の中で口にしたが、やはり見てみたいという好奇心の方が勝ったので、黙っていた。場合によっては冴内ログハウスが木っ端微塵に崩壊するかもしれないなとも思っていた。
優を先頭に美衣と良子と初が後ろから優を電磁カタパルトのように押し出すイメージで背中に手を当てた。
「行くわよみんな!カウント3で!」
「「「了解ッ!」」」
「さんっ!にぃ!いちっ!」
またしても一瞬にして4人全員の姿が消えた。
一瞬後に爆発音が聞こえ、先ほど空いた穴がさらに大きい穴になって煙が立ち込め、木片がパラパラと落ちていた。
さいごのひとロボ4号機と音声ガイドロボ2号機は穴に近付いて外を見てみると、遠くの森のあたりの巨木が木っ端微塵になって轟音が轟いた。
「ダメ・・・みたいですね・・・」(音ロボ)
「そのようだ・・・」(最後ロボ)
数秒後、全員が飛んで戻ってきた。
「たいへんだ!どうしよう!」(美)
「父ちゃんしか入れないの!?」(初)
「イヤよそんなの!」(優)
優は漆黒の闇のゲートに近付いて、冴内の名を呼んだ。
「洋ー!洋ーッ!戻ってきてーッ!」(優)
「・・・」(美)
「・・・」(初)
「・・・」(良)
「えっ?今呼んだ?」と、冴内は顔だけ漆黒の闇のゲートから出してきた。
「たいへんだ父ちゃん!アタイ達ゲートに入れないぞ!」
「ボクたちみんなはじかれちゃった!」
「皆の力を合わせてフルパワーで突撃したんだけどダメだったの!」(良)
「えっ、そうなの?ってうわっ!壁が大変なことになってる!」
「全員弾かれて空いちゃったのよ」(優)
「そうなんだ・・・いったん戻るね」
冴内は何事もなかったかのように、漆黒の闇のゲートから出てきて、ゲートの前におかれた敷物の上で律儀にクツを脱いだ。