330:最高の晩餐
夕方近くになったのでさいしょの民達は夕食の支度をし始めた。
良野達日本人、というよりアジア圏の人ならばどことなく身近に感じる香りが漂ってきて、ほんのりと醤油のような香りや、ゴマ油のような香りなどが漂ってきた。
さいしょの民達が鋭利な石のナイフを小さな手で器用に使って食材を切ったり刻んだり、小さなかまどや焚火の直火焼きなどで昔ながらの調理をしたりする様子を見るだけでも癒される気分になり、その様子を近づいてゲートシーカー専用端末で動画撮影すると、彼等はその天使か妖精のような可愛らしい顔でニッコリ微笑んでくれるので良野達の表情筋は緩みっぱなしだった。
さいしょの民の一人が航宙艦の近くに行って、システムAIに灯りをつけてとお願いすると、航宙艦のライトが点灯して中央広場を明るく照らした。
すると他の何人かが畳まれた段ボールを持ってきて、いくつかは箱の形にしてくっつけてテーブルにしてその上に色鮮やかな毛織物を乗せ、3っつの段ボールを畳んだ状態のまま地面に敷いてその上にやはり色鮮やかな厚手の毛織物を敷いた。
次に料理を運んできた者達がやってきて、段ボールテーブルの上に料理を並べた。
大きな魚の上に野菜あんかけがタップリ乗せられたものと、ローストビーフのような見た目の赤身のお肉と、葉物野菜や根菜やキノコが沢山入った汁物と、丸く平べったいパンのようなものが入ったカゴが食卓に並べられた。
また良野達が驚いたことにさいしょの民達は箸を使う民族だった。
良野達だけ中央広場で食事するのではなく、皆一緒に食事をするということで、他のさいしょの民達も各自鍋ごともってきたりして中央広場に集まってきた。
彼等は地べたに直接座ったが、よく見るとお尻の方にだけ布があるスカートのような、腰下の前掛けを前後逆にしたようなものを腰に巻いており、割と厚手の丈夫な生地のようで、どうやら敷物兼座布団のようでもあった。
良野達にさいしょの民の一人が温かいうちに食べてと言ってきたので、良野達はいただきますと両手を合わせて言ったので、興味深くそれを見た何人かのさいしょの民が真似をした。
「いただ・・ます?」
『ご飯を食べる前にありがとうって感謝する意味の挨拶のようなものですよ』(AI)
「そっかぁ!」
「いただぁます!」
『それだと痛い意味の言葉になりますよ、いただキますですよ』(AI)
「そっかぁ!」
「いただキます!」
「いただきまぁす!」
もう何もかもが可愛くて仕方がない良野達であった。ちなみに吉田は既に半分号泣していた。
さいしょの民達が可愛すぎて愛おしくてたまらないので、例え料理が激マズだったとしても、猛毒で死ぬことになろうとも、凄まじい腹痛に教われようとも彼女達は一向に構わなかった。
しかしその覚悟はひとくち口にした瞬間全く1ミリも必要がないことが分かった。
「「「ン~~~ッ!!」」」
「カミサマ、ごはん・・・美味しい?」
「・・・おっ!美味しィーーーッ!!とっても美味しいーーーッ!」
「やったぁ!」
「やったぁ!」
「やったぁ!」
はい、恒例のワァワァキャァキャァ大喜びです。
実際お世辞抜きで抜群に美味しかった。まだ盛り付けなどの見た目をも楽しませる程の食文化としては発展していないが、美味しさという点では現代にも十分通ずる程の領域に達しており、天然自然素材本来が持つ美味しさに加えて無添加の手作り調味料で作られた料理は現代日本では滅多に味わえない優しい味わいのスローフードであった。
さいしょの民達の起源がサルなのか他の動物なのかは不明だが、それでも知的生命体の人類種として航宙艦に発見確認されてから6万年も経過しており、調理法も最初の原始的なものからかなり高度に発展していても不思議ではなく、例の隕石衝突以後は厳しい環境で彼らが手に入れられる少ない食材を様々に工夫していったのと、そもそも厳しい生活環境で生き抜くために様々な知恵を身に着け頭脳も発達していったので、調理法についてもかなり発展していったのだ。
さいしょの民達の主食のパンは見た目は現代の地球における中東イスラム諸国に見られるパンに似ており、味はインド北西部やパキスタン付近のナンに近い味で、生地はふっくらして分厚くほんのりとした塩気に加えてかすかな甘みもあって、これだけで何枚でも食べれそうな程美味しかった。
あんかけ野菜がかけられた大きな魚はまさに中華料理のようで、あんが白身の魚に良く合い淡水魚特有の臭みを打ち消す役割もあったが、そもそもこの近くで獲れた新鮮な魚には臭みなど皆無であったのでよりいっそう美味しい料理となっていた。
そしてローストビーフに似た赤身の肉料理はまさにヨーロッパ、とりわけフランス料理のようで、それは恐ろしい外敵がいるからめったに狩りに出られなかったのと、厳し過ぎる冬の厳寒時期のために燻製にして保存していた肉を如何に美味しく食べるか創意工夫した末に辿り着いた料理であった。
冬の厳寒時期は狩りに出るのも畑を耕すことも出来ず、彼等はひたすら家の中で様々なことをして過ごしたので、この時期に手先の器用さや新しい料理の開発、さらに簡単な娯楽などの考案で頭脳も発達していった。
フランス料理もある意味共通点があり、現代の様に交通網や食品鮮度維持の技術がない時代、海産物が獲れる沿岸部や肉が獲れる山間の地域から、貴族や上流階級が住まう中央都市部に食材を運んできても獲れたての鮮度は保てないので、その分調理法や食材にかけるソースなどが発展していった。
良野達が食べているローストビーフに似た赤身肉の料理もまさにそうしたもので、様々な野菜や果物を加え煮込まれて熟成されたソースが絶品で、ローストされた赤身肉にこれ以上はないという程に渾然一体の組み合わせとなっていた。そして箸でも食べられやすいように全てスライスされていた。
最後は葉野菜や根菜やキノコがタップリ入った汁物で、これはミネストローネスープに似ていた。素材本来が持つ旨味を存分に引き出しているため、調味料は少量の塩くらいしか入れておらず、食材から出る水分をそのままスープとしているためほとんど水も加えていなかった。
これはまさに各種素材の美味しさがそのまま味に現れるので、如何にこの付近で採取した素材が美味しいのかが良く分かるものだった。
このスープがあれば地球上から野菜嫌いという言葉が消滅するのではないかという程に美味しく、かつ身体に優しい味だった。
吉田は元から身体を目いっぱい使う仕事をしているので食欲は旺盛で、良野も試練の門に挑むようになってから魔法消費とフィールド移動で体力を使うので以前よりも食欲旺盛になり、木下は以前は割と小食だったが、植物研究職員となってからはフィールド移動と植物採取活動で身体を動かすので今では割と食べるようになった。
それに加えてこのとんでもない美味しさである。かなりタップリと段ボールテーブルの上に並べられた料理を良野達は一つ残らず全て完食した。
全員お腹いっぱいになってくつろいでいたところで、何人かのさいしょの民達が航宙艦に「ぼんおどりの音出して!」と頼むと航宙艦のシステムAIは外部スピーカーを通して昭和時代から日本のあちこちで流され続けてきたお馴染みの盆踊りの歌を流し始めた。
さいしょの民達は大喜びでお皿や鍋や段ボールを片付けて何かの骨の笛と太鼓を持ち出してきて、航宙艦を取り囲んで輪になって踊りだした。
「カミサマも一緒に踊って!」
「おどって!おどってぇ!」
天使か妖精のように可愛すぎる小人達にまとわりつかれて昇天しそうになりながらも良野達はさいしょの民達と一緒になって盆踊りを躍った。
浴衣を着た美衣達も空を飛んでやってきてやぐらの上で太鼓を叩いた。
良野達は「生き地獄ならぬ生き天国だ、ここはこの世の天国楽園だ」としみじみ涙を流しながら今の至福の時間を噛みしめて、可愛い者達に囲まれながらひたすら盆踊りを踊り躍ったのであった・・・