322:小さき者達の起源
小さき者達の大きな村の全容が大体明らかになったので、美衣は上空からゆっくりと降りていき、航宙艦の船体の上に降り立った。
小さき者達はキャァキャァ言いながら逃げまどう者達や家の中に隠れる者達が続出した。
「これは困ったぞ。小さい人達はとても怖がりだ」
すると、突然正門のやぐらから先ほどの笛の音とは明らかに違う音が大きく鳴り響いた。誰が聞いてもその音は何かの警報を表しているのだと分かる音だった。
美衣はもう一度垂直上昇して正門の方を見ると、最初に倒したヘンテコ生き物がこちらに近づいてきていた。サイズは最初のものよりも一回り大きく、さらに丸い頭の先端には鋭いツノが生えていて、尻尾の先端も最初のは長い毛が生えていたのに、今度のは鋭利な針のようなトゲがたくさんついていた。
小さき者達の大きな村は村中大パニックになり、必要最低限の家財道具を持って家から出てきて裏門から逃げ出す準備を整える者達が続出した。
「またアイツか!さっきよりも大きいし多分さっきのヤツよりも強いんだろう」
美衣はヘンテコ生き物に近付いていくと、やはり6っつの目玉にすぐに捕捉され、ヘンテコ生き物は美衣に背中を見せた。しかしヘンテコ生き物は6っつの目玉がニョキっと突き出ていて自由に動くので死角はなく、針のようなトゲだらけの尻尾を振り回し、美衣を威嚇し始めた。
美衣が頭の方に移動しようとしてもすぐに身体を回転させて尻尾をぶつけようとしてきたが、美衣はヤレヤレといった表情でため息を一つすると、その場から消えていなくなり、ヘンテコ生き物は6っつの目玉を大きく見開いてギョロギョロと辺りを見回したが、突然動きが止まり全部の目玉をギュッとつむり、そのまま静かに地面にへたれこんだ。
グッタリしたヘンテコ生き物は頭のツノが根元からポッキリ折られており、頭の上には美衣が仁王立ちしていて、やぐらに向かって「コワイコワイはアタイがやっつけたぞ!アタイは冴内 美衣!神様冴内 洋の娘だ!」と、大声で叫んだ。
やぐらの上で見ていた見張りがまたしても笛の音を鳴らした。
とりあえず美衣は小さき者達がコワイコワイと呼ぶヘンテコ生き物を宇宙ポケットの中にしまい込んで、大きなツノだけ片手で持ち上げて凱旋した。
低空飛行で村の上空を旋回し、大きな声で何度も「コワイコワイはアタイがやっつけた!アタイは冴内 美衣!神様冴内 洋の娘だ!」と言って大きなツノを見せびらかした。
やがて、正門と裏門の双方から笛の音が大きく何度も鳴り響き、人々はようやく逃げまどうのを止めて美衣に注目した。
「冴内 美衣、私に考えがある。携帯端末で航宙艦を映してくれないか?」
「分かった」
「よし、スキャンモード開始」
美衣が空を飛びながらツタとツルに覆われた緑一色の航宙艦を携帯端末でスキャンすると、さいごのひとが「そこだ」と言ってレーザーポインタである一点を示した。
美衣はその点に近付きツタやツルをちぎって、航宙艦の船体表面を露出させた。すると恐らく開閉可能なハッチがあり美衣は軽くたたいてハッチパネルを開けた。すると内部機械が表れて何かのセンサーのような平面状の箇所に携帯端末をかざすよう美衣に指示し美衣がその通りにすると、何をどうやっているのかまるで分からないが航宙艦のシステムにアクセスしているようで、航宙艦がごくわずかに振動して起動し始めた。
『外部アクセス、宇宙連合識別信号検知、認証中、正式信号と判定、当艦のシステムアクセス解放、こちらは第11029銀河第26番惑星所属航宙艦、機体番号3150241です。固有プロトコルパターンから、げんしょのひとによるアクセスと断定します、8万年ぶりの宇宙連合加盟惑星、それも宇宙最高の叡智げんしょのひとのアクセスを心より歓迎いたします』
「うむ、これまでのデータを取得しても良いか?」
『もちろんです、是非これまでのデータを有効に御活用ください』
「感謝する」
「さて、それと同時に・・・外部スピーカー接続、よし、冴内 美衣、もう一度脅威対象物を排除したことを皆に伝えてくれるか?」
「分かった!」
「コワイコワイはアタイがやっつけた!アタイは冴内 美衣!神様冴内 洋の娘だ!」
今度は航宙艦の外部スピーカーからより大きなボリューム音で村全体に響き渡った。
するとそれまでキャァキャァ逃げ回っていた小さき者達は静まり返り、さらに何度か同じセリフを繰り返し聞いた後はワァワァと騒ぎ始めた。
美衣はもう一度航宙艦の上に乗り、小さき者達がコワイコワイと呼ぶヘンテコ生き物の大きなツノを片手で軽々と持ち上げて小さき者達に見せた。ちなみにツノの大きさは美衣の身長の5倍くらいはありそうだった。
小さき者達はいっそう歓喜したように見えて、次に全員その場に跪いて美衣を拝み始めた。
『小さき者達よ、8万年の時を経て皆の元に神様がやってきた、安心するが良い、皆を救うためにやってきたのだ』そのセリフは美衣やさいごのひとのものではなく航宙艦から発せられたものだった。
小さき者達は皆大喜びでワァワァキャァキャァ叫び始めた。
冴内と優、そして騒ぎを聞きつけてログハウスに戻ってきていた良子と初はリビングに備え付けの大型ディスプレイでその様子を見ていて、一体全体何が起きているのかサッパリ分からなかったが、さいごのひとと8万年放置されていた航宙艦の統合管理システムAIがこれまでの経緯を簡単に説明し始めた。
それによると8万年前、全ての探索活動を終えた第26番惑星の調査隊は放浪衛星0141が第13番惑星に最も近づいたところで小型のカプセルシャトルでブーストジャンプを行い、大気圏外で待機していた大型サルベージ艦からの牽引ビームによって引き上げられたとのことだった。
老朽化した大型航宙艦が大気圏外の単独離脱を行うには相当なコストと時間がかかるので上記の方法を選択し、大型航宙艦はそのまま放置されたのであった。
それからおよそ2万年後に異変が起きた。
全身エメラルドグリーンの毛に覆われた二足歩行動物が航宙艦に近付き、そこを拠点にして住み着き始めたのだ。その時から既に知性と呼べるものがあり、集団で狩りをして果物や野菜などの採取を行い、簡単な衣服を着、簡易的な家を建てて集団で暮らしていた。
航宙艦は知的生命体の存在を宇宙連合に知らせたかったが残念ながら航宙艦の老朽化により通信出来なかった。
そうして2万年が過ぎた。全身エメラルドグリーンに覆われた二足歩行動物はさらに知能が高まり、数も爆発的に増やしていった。やがて航宙艦を神聖なるものとして崇め奉るようになり、絵を描いたり歌を歌いはじめるようになった。とはいえまだ言葉らしいものはなく意味のある歌詞ではなく、アーとかウーといった音色を奏でるだけだった。そこで航宙艦のシステムAIは宇宙連合規約の一部例外を拡大解釈して、その動物達に接触を試みた。
具体的には立体ホログラムを投影して、彼等に語りかけたのだ。
さらに2万年が過ぎた、いよいよこの頃になるとまさに人口は絶頂期を迎え数万にまで達し、言語もかなりしっかりしたものになっていた。道具や衣服も進化してこのままいけばいよいよ文字の普及も目前だった。見た目も全身エメラルドの毛で覆われていたのが頭髪などを残して素肌が出てきて、よりヒトに近い見た目になった。
しかしここで環境の激変が起こった。
彼等が住んでいる地域とは反対側の地表に大きな隕石が激突し軌道が大幅にそれたのである。
当然大気成分も影響を受け、短期的に気候大変動が起きた。これによりわずか数年で人口は半減。しかもそれ以上に過酷な未来が彼等を待ち受けたのであった・・・