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310:冴内 一之進

 たつのすけと幼女の二人が満点の星空の元、満腹になって満足していると、星明りが一際強く大きく光り輝き、たつのすけはまるでお天道様がいきなり夜空を突き破って出てきたのかと思った。


 それを見た幼女は「きたか・・・」とつぶやき、ゆっくりと立ち上がった。


 まばゆい光がおさまると、そこには巨大な龍神様が宙に浮かんでいた。他にもキラキラと光るヒトのような形をした幽霊のようなものがいくつもいた。


「迎えが来たようじゃ、たつのすけよ、達者で暮らせよ。決してわしの申したこと、忘れるな」

「ははぁーっ!」

「では、さらばだ」


 幼女は巨大な龍神に向かって例の鈴の音のする言葉で話しかけると、龍神は低く小さい唸り声をあげた。小さいとはいえたつのすけは空気が震える程の凄みを感じた。


 幼女と龍神は何やら色々と話しをしているようだったが、龍神が頷くと光るヒトの形をした幽霊たちが幼女の周りを取り囲み、パッと光り輝いたかと思うと幼女もろとも消滅した。


 後には巨大な龍神が宙に漂っており、たつのすけに何やら話しかけてきた。


『いまだ幼き星に住む小さき者よ・・・』


 龍神はたつのすけの頭の中にたつのすけでも分かる言葉で直接語りかけてきた。


『小さき者よ、本来ならば我らと出会ったことは全て忘れてもらう掟があるのだが、♪ー♪♪ー♪♪♪♪人と交わした約束を守るのならば、特別にそのままにしておいてやろう』


「それは、私が強い力を持っても自分を見失うことなくいつまでも自分のままであり続けることでありましょうか?」


『うむ、その力を内に秘めたまま生き続け、我らと出会ったことも言いふらすことなく、死ぬまで静かに穏やかに目立たずに生き続けるのだ』


「ははぁっ!約束いたしまする!この身命を賭して必ずや守り通して見せまする!」


『そ・・・そうか、その言やヨシ。まぁ命まではとらんが、もしも約束をたがえたときは、おぬしのその力とこれまでの記憶を消させてもらうぞ』


「ははぁっ!」


『よろしい、それでは小さき者よ、さらばだ。くれぐれもわしらに出会った事は他言無用だぞ』


「ははぁっ!おさらばでございます!」


 そうして巨大な龍神は消え去った。


 つい先程まで幼女と賑やかに過ごした時間は過ぎ去り、後には波の音だけが規則的に繰り返す砂浜にたつのすけがただ一人残された。


 目をつぶると幼女が干し芋を食べてうんめぇと言った顔と祖父がうんめぇと言った顔が思い浮かび、たつのすけの目からは涙がこぼれた。

 刺身をわしづかみにして食べたときのうんめぇという顔、自分の名前を言ってくれたときの顔、美しい鈴の音色の声、海中を魚の様に縦横無尽に泳ぎ進む姿、巨岩を割ったときの勇ましい姿、わずか1日の出来事だったが幼女と過ごした情景がたつのすけの頭の中に鮮明に浮かび上がった。


 たつのすけは満点の星が光り輝く夜空に向かって吠えた。大声で吠えた。そして着物を脱いでふんどし一丁になって海へと駆け出しそのままもの凄い水しぶきをあげて海水へと飛び込んだ。がむしゃらに泳ぎまくりどんどん沖の方へと泳いでいった。


 気が付くと浜ははるか遠くにあり、小舟でもこんな沖までは来たことがない程に遠くまで来てしまった。それでもたつのすけの心には恐れはなく、しばらく大の字になってプカプカと海面に浮かんでいた。


 目の前には満天の星、チャプチャプと静かな音、たつのすけは目をつむり心を静めた。スゥハァと深く呼吸を繰り返した。


 やがてたつのすけの意識は目の前に広がる大宇宙へと吸い込まれるかのようになり、自分の身体から魂が抜け出してどんどん天高く夜空の星へと向かっていった。

 下をみると自分の小さな身体が海面にプカプカ浮かんでいる。


 どんどんたつのすけの魂は天に向かって行き、やがて何かの膜のようなものを突き抜けたところで、足元に青く美しく輝く大きな大きな丸いものを見た。


 たつのすけは自分はこの大きな丸いものの上で生きているのだと分かった。そして光り輝く無数の星々にも自分のような者達が生きているのだと思った。


 何もかもが愛おしく思えてたつのすけは涙がとまらなかった。


 すると、優しく温かい声がたつのすけの頭の中に語りかけてきた。


「どうして泣いているの?」

「分からない・・・」

「悲しいの?嬉しいの?」

「うん、悲しくて嬉しいのかも・・・なんだかすごく愛おしい気持ちでいっぱいなんだ・・・」

「どうして?」

「分からない・・・これまでこんな風に感じたことがなかったから・・・でも、母ちゃんが死んで、父ちゃんが死んで、爺ちゃんが死んで、それから一人で漁をして生きてきて、これまで沢山の人達に助けてもらって、今日うちゅうさまに出会って、ようやくオイラは多くの色んなものによって生かされているのが分かった気がするんだ・・・」

「それが君なんだね」

「これが・・・オイラ・・・」

「君はどうしてここにきたの?何がしたいの?何を望むの?」

「オイラは・・・オイラは・・・」


 宇宙の声に対してたつのすけは小さな声で何かを囁いた。


 その後、たつのすけは海に浮かぶ自分の身体へと戻り、また物凄い速度で砂浜へと泳いでいった。途中アゴ(とびうお)と一緒に両手を広げて海面上空を滑空飛行しながら浜へと泳いでいった。


 小屋に入って幼女のために持ってきた布団でひと眠りし、日の出と共に起きて素潜りで魚や貝をとり朝飯を食べ、布団など自宅から持ってきたものを荷車に乗せて自宅のあばら家へと引き返した。小走りのつもりだったが、物凄い速度が出ているので慌てて速度を落とした。


 自宅のあばら家に戻ったたつのすけは、家の片づけをした。朝から昼過ぎまで時間をかけて家にある物の仕分けと整理をした。隣り近所の家に行って、しばらく家を留守にするといって野菜や着物や日用雑貨などを配って回った。


 その後自宅に戻り父と母と祖父と祖母の位牌に手を合わせ、簡素な木片の位牌4枚を懐に入れ、既に荷造りを終えた荷物袋を背負い自宅のあばら家を後にした。


 露店売りが立ち並ぶ集落に寄り、米売りにしばらく旅に出ると言うと干し芋をもらい、荘園主のいる屋敷の門番に荘園主へのお礼と海神様のお子は海へお帰りになられたことと、しばらく旅に出て色んな国を見て回ると言うと、門番はしばし待てと言い屋敷へと入っていき、しばらく待っていると何かを手にして戻って来た。


「これを持っていくが良い、関所での通行許可証になるだろう、それからこれは餞別だとのことだ、有難く頂戴せよ」

「ははっ!なんと有難き幸せ!荘園主様のお心遣い感謝いたしまする!」

「うむ、出先で何か面白いことや面白い物があれば戻った時に立ち寄るがよいともおおせられた」

「ははぁっ!」

「よろしい、では行け」

「はいっ!」


 そうしてたつのすけは諸国漫遊の旅に出た。日本の様々な国を見て回り、時に日本海を泳いで超えて新羅(しらぎ)といった朝鮮半島南部まで訪れた。


 たつのすけはその力を己の欲望のために使うことは一切なく、努めて目立たぬように過ごした。多少生きていくために力を使う時もあったが、その時は布で顔を覆い誰にも素性が知られぬようにした。


 旅先で多くの人達と出会い、その中で文字に詳しい人物がいたので、たつのすけは知りたかった漢字を教えてもらった。たつのすけは木の枝で何度も地面にその文字を繰り返し書いて練習した。


 その後立派な雑貨屋に行き、貴重で高額な(こうぞ)を原料にして作られた一枚の紙を買い、一緒に筆と墨を買って、近くの神社に行ってお参りをし、その後神社の境内にある渡り廊下に正座して、雑貨屋で買ってきた紙に練習した漢字を書いた。そこには次のように書かれていた。




「冴内 一之進」




 たつのすけは改名し、大きな力の源である龍神様の牙を心と身体の内に秘めて、最後まで己を失うことなくただ一つの己の人生の道を進み続ける思いを込めてこう書き記した。


 まさにこの時こそ、冴内家がこの世に誕生した瞬間だった。

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