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306:老婆幼女

 騒ぎを聞きつけた漁師仲間が駆け付け祖父を救助し、大きなワニを大人数で引き上げ銛を掴んだまま絶命している父の遺体も回収した。


 まだ息がある祖父はすぐさま医者のところに運びこまれていき、絶命している父は真水で綺麗に洗われて漁師全員で丁重に弔われた。


 大きなワニは解体し、腹の中からは何人もの手や足が出てきた。

 ワニは露店市場でたいそう高く売れて、大金が手に入った。その金で祖父の治療費を支払い、犠牲者たちの家族にも配られた。


 その後元気になった祖父は元の屋敷を売り、小さなあばら家にたつのすけと二人きりで移り住んだ。質素な生活を送れば当分の間はこれまでの蓄えも含めて食べていくことができた。


 たつのすけは元気にすくすくと育ち、もともと小さなころから舟に乗せて漁につれていったのと、二人暮らしになってからは祖父から様々な漁に関する技を教わっていったので、10歳になる頃には既に一人前以上の漁師になっていた。


 たつのすけが13歳になる頃、祖父は静かに息を引き取ったが、この時代の人々の寿命からすると長生きした方であり、安らかに苦しまずに自然死したのでたつのすけは悲しみに打ちひしがれることなく、祖父の最後を看取ることが出来た。


 この時代の死生観は現代のような高度な医学治療もなければ基本的人権で守られた法の上での平等社会でもなく、荘園をめぐる争いで地域紛争なども起きており、死はとても身近に存在する事象として捉えられていた。


 人はちょっとしたことであっけなく死ぬ、普段の生活の中でも心のどこかで常に死への意識が同居しながら当時の人々は日々生きていたのかもしれなかった。

 だからこそそれとは対照的に現代社会よりも人情味豊かな部分もあり、皆今を精一杯生きていた。


 たつのすけもそんな世に生まれ育ってきて、幼い頃に母を亡くし、漁師仲間が事故で亡くなる様も少なからず見てきた。荘園の地域紛争に出て大怪我をしたり亡くなって戻って来た者の骸も見てきた。

 だから父が全身血だらけで戻って来た時も、祖父が片腕をなくし顔に大きな傷を受けて戻ってきたときも、ショックではあったがPTSD、心的外傷後ストレス障害になることなく受け入れることが出来た。もちろん悲しみはしたが、深い悲しみで精神に影響が出ることもなかった。


 たつのすけは周りの漁師仲間達と共に祖父を丁重に弔い、普段の漁師生活を送り続けた。


 たつのすけが15歳になる頃、いつものように朝早く砂浜へ行くと老婆がうつぶせに倒れていた。

 小さな体に見事な白髪で色鮮やかな不思議な着物を着ていた。


 たつのすけがその老婆に近づいて行くと白髪というよりは光り輝く美しい銀色といったところで、帯のない不思議な着物から出ている手足には全く皺がなく、この辺りの者ならばほぼ全員日に焼けて浅黒い肌なのに透き通る程白い肌をしていた。


 たつのすけがさらにその老婆に近付いてみると、背中がわずかに上下に動いているのでまだ生きているらしいことが分かった。


「もし・・・もし・・・」たつのすけは老婆の背中を軽くゆすって声をかけた。


 すると老婆は「う~・・・ん・・・」と唸り声を上げた。


「もし、お婆さん、大丈夫ですか、もし・・・」


「うぅ~む・・・」老婆は唸り声をあげながらも徐々に動き始め、少しづつ手を動かして両手をついて上体を起こした。


 顔の前に髪の毛がかかっていたのでどんな顔なのか分からなかったが、どうもこれは老婆ではなく幼女なのではないかとたつのすけは思いはじめた。


 老婆幼女が上体を起こしてぼんやりとしながらも辺りを見回してたつのすけの方を向いた。


「えぇと・・・おばぁ・・・いや、あの、大丈夫ですか?」


「・・・グゥ~~~ッ!!」老婆幼女が返事をしたのではなく、盛大に大きな腹の虫が鳴いた。


 老婆幼女は腹のあたりをさすりまたしても顔面から砂浜に突っ伏した。その間もその後も腹の虫はグゥグゥ鳴りやまなかった。


「・・・♪・・・♪♪・・・♪♪♪」老婆幼女の顔のあたりから腹の虫の音とは別の鈴の音のようなものが聞こえてきた。

 老婆幼女は両腕で腹をさすっていたが、腹の虫は一向に収まらなかった。


 たつのすけが懐から何かの大きな葉っぱで包まれたものを取り出した。それはまだ温かい握りたての大きなおにぎりで、一つ取り出して老婆幼女の顔に近づけた。


「おなかがすいているのかい?おむすびをおあがりよ」


 老婆幼女が顔だけむくりと持ち上げると、スンスンと鼻を嗅いでいる仕草をしておにぎりの匂いを嗅ぎ、たつのすけの顔をじっと見つめると、たつのすけがうんうんと頷いたので、ゆっくり手を差し出した。


 たつのすけが老婆幼女の手におにぎりを渡すと、老婆幼女は上体を起こしておにぎりを鼻に近づけてクンクン匂いを嗅いでからひとくち頬張った。

 もしゃもしゃと咀嚼してからゴクンとたつのすけにも聞こえるくらい大きな音で飲み込むと、何か身体に電流が走ったかのように一瞬ビクリとし、そこからは秒でおにぎりを食べ尽した。


 たつのすけが竹筒の水筒の栓を抜いて老婆幼女に渡すと、最初はキョトンとしたが穴の中を覗いて飲み物らしいと分かったらしく口をつけてゴクゴク飲んだ。


 プハァーッと一息ついた老婆幼女であったが、まだまだ盛大に腹の虫が収まらないので、仕方がないのでたつのすけは残るもう一個のおにぎりも老婆幼女に渡したところ、老婆幼女はまたたつのすけの顔をじっと見て、たつのすけがうんうん頷くのでもう一つのおにぎりも秒で食べ終えた。しかしまだまだ腹の虫の不平不満は収まらないようだった。


 たつのすけは「これはだいぶ腹が減ってるようだなぁ」と言って立ち上がると、いつものように小屋に入って着物を脱いでふんどし一丁になり、小舟を押して海へと向かって行った。


「待ってて!今魚とってくっから!」たつのすけは老婆幼女に声をかけた。


「♪♪♪~~」またしても何かの鈴のような音が老婆幼女の顔の方から聞こえてきた気がした。


 その後程なくしてたつのすけは大きなマアジとカレイを獲って戻ってきた。小屋からタライとまな板をとりだし、綺麗な海水をタライに入れて魚のウロコをおとしながら慣れた手つきでさばいていき、刺身を作っていった。

 たつのすけが別の容器に入れた海水にひときれ浸して食べてみると「うんめぇ~~~ッ!!」と声を上げた。


 その様子を近くまで寄ってきて見ていた老婆幼女はゴクリと大きな音を出してつばを飲み込み、よりいっそう腹の虫も大きな音をだした。


 まな板の上にタップリのせた刺身を老婆幼女に渡すと、またしても老婆幼女はたつのすけの顔をじっと見て、たつのすけがうんうん頷くのを見て素手で刺身を掴んで口に放り込んだ。


 たつのすけは「海水に付けると塩味と海の味がしてうめぇぞ」と言って容器を渡すと、老婆幼女は言われた通りにして食べてみた。

 顔にばっさりとかかった髪の毛で表情はうかがえ知れなかったが、奥に見える目が見開かれて眼光がほとばしったかのように見え、一瞬老婆幼女の動きが止まったかと思った途端・・・


「・・・うッ・・・うんめぇーーーッ!!」と、大きな声を出した。


 大きな声ではあったが、とても良く通った美しい声だった。


 ここに至りようやくたつのすけは、これは老婆ではなく間違いなく幼女だと確信したのであった。

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