296:イリィーティア
何もかもが真っ白い世界で冴内達は巨大な口と対話していたが、その間宇宙連盟の人達は完全にほったらかし状態だったのだが、今この状況下において自分達に出来ることは何もないことを良く分かっており、余計な口出しはせずに事の成り行きを静かに見守っていた。
ただこのようにとんでもなく貴重すぎる体験を記録しないわけにはいかないので、ほとんどの者が携帯端末を使って記録映像を録画していた。
ゴスターグ・バリディエンシェは少し前にさいごのひとロボ2号機と何気なく交わした会話を思い出した。
その会話とは、冴内 洋の赴く先では様々な出来事が絶えず発生するというさいごのひとロボ2号機の言に対して、それはひとえに宇宙の意思によるものではないだろうかと答えたものなのだが、その推測は恐らく正しいのだろうと、ゴスターグは一人納得して頷いていた。
その様子を見た例の女性隊長が「いかがなされたのですか閣下?」と問い合わせたところ、上述した内容のことを説明して聞かせた。
「なるほど、それはとても分かるお話しです、私もまだ全ては見ていませんが冴内殿のこれまでの冒険記録を拝見いたしました。実に奇想天外で痛快で、そして胸が熱くなる程感動いたしました。その冴内殿の冒険の連続の日々を思えば、閣下のお考えはとても腑に落ちます」
「そう、私は冴内殿はこの宇宙そのものに呼ばれたのだと思うのだ。この宇宙で為すべきことがあるからこそ、我々のいるこの宇宙によって呼ばれてきたのだと思うのだ」
「宇宙に・・・ですか?」
「そうだ、以前さいごのひとロボ2号機から冴内殿は宇宙と対話したことがあると聞いた、そして冴内殿は全宇宙の愛の使者という称号をもっているのだ」
「あっ!それは私も映像で拝見いたしました!冴内殿の右の腕から光る文字情報のことですね!」
「うむ、これまではただ愛の使者とだけ書かれていたそうだが、いつからか全宇宙のという前置きが追加されたそうだ」
「そうだったんですね!閣下が思われたこと、私も納得いたしました!」
音声ガイドロボ2号機が初期化している間、ゴスターグはそうした話しをしていて、それ以外の者達も思い思いにこの状況を整理し、冷静に優秀な頭脳を働かせて考えを巡らせていた。
5分も経たないうちに音声ガイドロボ2号機は完全に初期化されて、まさに中身は空っぽの状態になった。
「初期化がすんだ!これで君の思念はこの身体の演算装置に乗り移ることが可能なはずだ!」
『ああ、なんということ!・・・ありがとう・・・ほんとうにありがとう・・・』
真っ白な空に浮かぶ巨大な口は「ひょっとこ」のように形を変えて、さらにそのままそのひょっとこは管のようになりどんどん細く伸びてホースのような形になり地上にグングン伸びてきて、やがて音声ガイドロボ2号機の口に接続した。
真っ白い空からまるでポンプのように何かがとてつもなく長いホースを伝って音声ガイドロボ2号機の口の中に入っていく感じがした。
その間音声ガイドロボ2号機の目にあたる部分が緑色に光って点滅していた。
5分程経過したあたりで「これってどれくらいかかるのかな?」と冴内がつぶやいたところ、音声ガイドロボ2号機の目にあたる部分の緑色点滅が終了した。
「あっ」と冴内が言いかけた途端音声ガイドロボ2号機が真っ白に光り輝いた。眩しくはあったが一般の人達を失明させるほどの危険な強い光ではなく、何か温かさを感じる優しい光だった。
光がおさまって現れたのは元の音声ガイドロボ2号機とはあちこちが結構異なるフォルムで、より一層女性っぽくなった美しい純白のロボットだった。
少し前まで音声ガイドロボ2号機だったそのロボットは静かに上体を起こし、周りを見渡し、次いで自分の手や足を見て、少し驚いた表情をしているかのような仕草をして、それからゆっくりと立ち上がった。
それから近くに立っていた冴内の前を向きおじぎをしてからこう言った。
「冴内 洋様、有難うございます。そして初めまして、私の名はイリィーティア・ロエデランデと申します。惑星シュリューリンのフォルロー出身の者です」
「シュリューリンのフォルロー!しかもロエデランデ家か!」さいごのひとロボ2号機が反応した。
「あなたは・・・ご存知なのですか?」
「知っているとも、ロエデランデ家は代々宇宙連合シュリューリン代表を務める名門名家だ。一族はとても優秀な学者や識者を排出し、知性にあふれ温厚で数々の偉業を成してきた」
「えっ!私の家がですか?」
「そうだ、あなたがご存知ないのも致し方がないことで、初代宇宙連合シュリューリン代表が就任したのはおよそ100万年程前だった。以後はずっとロエデランデ家がシュリューリン代表を務めているのだ」
「今もロエデランデ家は存続しているのですか!?数百万年も経った今でも!?」
「存続している。今なおロエデランデ家は健在だ」
「ああ!・・・なんという!なんということ!」
イリィーティア・ロエデランデの真っ白い純白のボディがごくわずかに赤くなった。
さすがにこの状況になって宇宙連盟の人々も冴内達に近付いてきて、自分達の目で一体今何がどうなっているのかを確かめに集まってきた。
「冴内殿!この・・・美しい方が、音声ガイド殿だというのですか?」
「えっと・・・そうみたいです・・・」
「初めまして、私の名はイリィーティア・ロエデランデと申します。こことは異なる宇宙の惑星シュリューリンのフォルローという国から来ました。遥か昔もう数字としては覚えていないのですが数百万年前に惑星再生研究プロジェクトの際の事故でこの宇宙に飛ばされてきました」
「なんと!なんということだ!いや、失礼!私はこの宇宙の宇宙連盟の総司令長官ゴスターグ・バリディエンシェと申します。そしてここにいる多くの者達も宇宙連盟の各星の代表になります」
「まぁ!私はそのようなとても重要な方々を無理矢理私の我が儘で連れてきてしまったのですね!なんと・・・なんとお詫びしたらよいのでしょうか、私のしたことは詫びて済むようなものでしょうか!」
「いえ、私達もその・・・大きな口であなたが話されたことはお聞きいたしました。あなたは大変な事故に遭われた被害者なのです。そしてこの宇宙に来たからには我々が保護しなければならない大切な別の宇宙の客人なのです」
「有難う御座います閣下。あなた様の寛大寛容なお心に感謝いたします。ここにおられます皆様はこの宇宙にとってとても重要な役割を担う皆様、突然消えてしまって元の場所にいる人々はさぞやご心配なされていることと存じます。一刻も早く皆様を元の場所に戻れるようにいたします!」
「おお!そうしていただけるか!それは有難い!」
「はい閣下!今すぐに!」
イリィーティアは人々から離れて、両手を広げ頭上から少しづつ下へと腕を降ろしていった。すると空間に四角い枠のようなものが現れて、その枠の先に真っ白い世界ではなく人工的な建造物のようなものが見えてきた。
「あっ!ゲートだ!あれはゲートだよお父さん!私のゲートとそっくりおんなじだ!」まだずっと手を繋いだままの良子が指をさしてそう言った。
イリィーティアの作るゲートは良子の作るゲートよりも若干大きく、大人が4人くらい同時に横に並んで通過出来る程の幅があった。
徐々に向こうの景色が見えてくるにしたがって、向こうの世界にいると思われる人間が仰天した様子でこちらを見ている姿が見えてきた。
その様子を見たゴスターグはついこらえきれず大笑いしてしまった。