287:心の変化
ソティラ達の派閥がいる場所から遠く離れた荒れ果てた僻地は今ではすっかり自然いっぱいの美しい森や川が流れる森林地帯に生まれ変わっており、荒廃した不毛な大地で生き延びるためにやむを得ず獣人化した種族達は、彼女達が細々と暮らしていた草原広場にて今まさに生まれて初めて夢で見たラーメンを口にしようとしていた。残念ながらカップラーメンではあったが・・・
「アツイノデ キヲツケテ オメシアガリクダサイ」
汎用作業支援ロボに最も近づいていた勇敢な獣人が恐る恐るカップラーメンを受け取って、確かに手に取るとカップが熱いので、獣人化した弊害のうちの一つである猫舌を気にしてしっかりとフーフーと冷ましてからラーメンを口にした。ちなみにフォークはまだそこそこ使えるようだった。
口にした瞬間から若干髪の毛が逆立ったようではあったが、ムシャムシャと食べてゴクンと飲み込んだ後はよりいっそう髪の毛が逆立ち瞳孔を縦に収縮させて大きな声でこう言った。
「ウニャァーーーッ!ウマイニャァーーーッ!ラーメンウマイニャァーーーッ!!」
そこから先は辺りは騒然となり、ニャアニャアと叫ぶ声がずっと続いた。どうやら彼女達獣人にもカップラーメンは口に合ったようで大絶賛だった。
それ以外の各地においても同様にソティラ達に敗れて僻地へと追いやられた種族達の元にも食料は届けられ各々カップラーメンを堪能した。
これまで灰色の世界だった惑星グドゥルが美しい自然豊かな星へと生まれ変わり、そして各地で元気な姿で目を覚ました人々が美味しそうにカップラーメンを食べて喜んでいる姿は航宙艦内の様々なモニターにて映し出され、乗組員達は同胞だけでなく敵対勢力の種族達も元気で嬉しそうにしている姿を見て喜んだ。
これはこれまでの彼女達からすると革新的ともいえる程のことだった。
これまで彼女達は酷く荒んだ環境下で生存競争に勝ち残るために生きてきたので、心まで荒んでしまっており、他者に対する寛容さであったり慈しんだりする心は欠落してしまっていたのだ。
ましてや自分の子を宿し産み育てるという行為が全く出来なくなって数千年の年月が流れたため、愛という概念と感情までもが欠落していたのだ。
しかし今、他者の元気で喜びに満ちた表情を見ているだけで自分も何故か嬉しくなるのである。
これもまさか冴内の虹色に光り輝く粒子による奇跡なのだろうか、あるいは音声ガイドロボによってかなりアレンジされてしまった仲良し紙芝居による睡眠洗脳教育の効果だろうか、はたまた惑星グドゥルの生まれ変わりに伴った変化だろうか。
その理由は誰にも、書いてる作者にも分からなかったが、惑星グドゥルも惑星グドゥルに住む人々達も確実に生まれ変わっていた。
航宙艦の乗組員達は全員下船して、彼女達のホームタウンである大型ドームへと移動していった。
大型ドームまでは全く遮る物がなく宇宙港から一直線に綺麗に整備された広い道が伸びており、徒歩でも10分程もあればドーム前ゲートまで着きそうだった。
乗組員達は既に今後の復興作業プランをさいごのひとロボから説明されており、汎用作業支援ロボ達と共にドームへと向かって行った。
一方まだメインコントロールルームではソティラと上級幹部達が残っており、これから惑星グドゥル付近にあるいくつかの衛星に住んでいる種族達を救済するために衛星座標やどういった環境でどういった種族がいるのか教えてもらっていた。
そして最も重要な懸案事項として、全ての元凶であるAIの処遇について彼女達に検討してもらうためにさいごのひとロボが説明していた。
「その、えーあいとやらが私達の祖先と文明を崩壊させたというのは分かったが、どうにも考えるだけの存在というのが良く分からない」
「うむ、元は人間によって生み出されたのだが、あくまでも疑似的な人格がインプットされただけで、そうだな・・・あえて極端な例えでいうと、実際は単なる機械だ。膨大な情報から最適な解答を導くだけの機械だと思ってもらって構わない」
「うーん・・・アタシらのご先祖さんはその、えーあいとかいう考える機械によって滅ぼされたってんですかい?」
「そうだ」
「・・・どう思います?ボス、アタシらにゃちょっと分からない話しでさぁ」
「私も色々と人工保育器の中で学んできたが、えーあいとやらが大昔の文明を滅ぼしたというのは学習しなかったな」
「うむ、恐らくその理由はAIがそれらの記録を消去して君達に知られないようにしたのだろう」
「なるほど、えーあいってのはアタシらと同じで悪知恵が働くんですねぇ」
「で、そのえーあいとやらは今どこで何をしているのだ?」
「今はこの航宙艦の頭脳とも言える光演算装置の記憶領域の中にデータ保管している。完全に我々の制御下にあり、実質彼には何をすることも出来ない。先程までひたすらこちらへの抗議の言葉を言っていたようだが、うるさいのでずっとミュートにしていたところ、そのうち黙ってしまった」
「・・・???この船の中にいるってのか?コンピューターの記憶メモリーの中にデータとして?どういう意味だ?本人はどこにいる?身体はどこだ?」
「AIはただ疑似的に考えるだけの存在で、君達のように肉体や私の様な機械の身体を持たず、ただデータとして存在するだけだ。そして今は全く何も出来ない状況で、外部とも遮断しているので何も見ることも聞くことも出来ず、唯一出来るのは考え事をして独り言を言うだけだ」
「・・・何も見えないし何も聞こえないのか・・・そんな暗闇の世界でただ考えることしか出来ず、誰にも聞いてもらえない独り言を言うだけだというのか」
「そうだ、一応こちらで制御すれば君達と会話をすることが出来るが正直あまりお勧めしない。このAIはあまり性能は良くなく、少々誇張して言えば愚かしくもあるのだ」
「愚かしい・・・要するにバカってことですかい?」
「・・・まぁ、そう思ってもらって構わない。もしかしたらかつてはそうではなかったのかもしれないが、皮肉なことに文明を滅ぼしてしまったことで自らも劣化していった可能性も大いにある」
「なるほど・・・それは分かる話しでさぁ。アタシらに敵対して負けた種族が酷い場所に逃げて、そこでも生きていけるように昔のヤバイ技術でケモノになったらすっかりバカになっちまったって話しはよく聞かされたもんです」
「うむ、なんとも惨い話しだ・・・」
「そうか、かつての人類と文明を滅ぼす程のヤツも今となってはバカになっちまって、暗闇の中で何も見ることも出来ず聞くことも出来ず、ウマイ飯を食うことも出来ず、ただ誰にも聞いてもらえない独り言をただ言うだけだってのか・・・」
「なんだか、死ぬよりヒデェ話しですね・・・」
「ああ、これは酷い拷問だ。アタシならすぐに発狂しちまいそうだ」
「さて、このAIの処遇についてどうするかは君達に任せるので、我々がこれから近隣の衛星にいる人々を救って戻ってくるまでの間までに検討しておいて欲しい」
「分かった、考えておこう」
「うむ、よろしく頼む」
「こちらこそ衛星にいる奴等の救済の件、よろしく頼むよ。確かにこれまではアタシらの敵対勢力だったヤツラだが、もう今となっては残り少ないアタシらの同胞だとも思っている。このまま酷い環境の中でウマイものも食べられずに死んでいくのは忍びない。なんとかヤツラも救ってくれ」
「了解した、冴内 洋が必ず人々を救い全て良い方向に導くだろう」
「感謝する!」
「「「 よろしくお願いします! 」」」(幹部達)
ソティラは上級幹部達の中から案内人兼見届け役の一人を残して、彼女達のホームタウンであるドームへと向かって行った。
こうしてソティラ達は復興作業を、冴内達は惑星グドゥル近隣の衛星に住む種族達の救援活動を開始したのであった。