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279:滅びゆく世界

 惑星グドゥルの文明社会を滅ぼしたAIの生みの親となる人物が50歳を迎える頃、彼は企業を早期退職した。


 彼が50代になる頃には量子コンピューターは第七世代にまで発展しており、40代の頃に開発した次世代型AIもより高度なものにアップデートされて様々な社会インフラに応用活用されていた。


 彼は次世代型AI開発チームの管理者として、一切大きな問題を起こすことなく個性的な集団をまとめあげ、上にたてつくこともなく目立つようなことも一切せずに淡々と己の役割を全うしてきたので、周りからも信頼されており、AIに関する機密情報アクセス権や情報管理保管権限も保有していた。

 本来はこうした権限は別の独立セキュリティ部署の人間が持つべきものであるが、企業にとって重大な不利益を与える程のインシデントが発生する可能性は極めて低いと判断した上層部は彼にほとんどの権限を付与していた。


 彼は一切の足跡を残さず、AIの全データを自宅に持ち帰った。彼は40代半ばから少しづつ小さなデータを持ち出していたのだ。本格的に専門機関が調査すれば彼が機密データを持ち出していることは明らかになったであろうが、チーム発足から解散終了まで何の問題も起こらなかったのと、今ではさらに高性能で有益な主力AIと量子コンピューターによる収益が大きかったので過去の研究用AIには商業的価値はなくチーム解散後はほぼ忘れ去られていた。


 彼は早期退職して自宅に引きこもり、日々AIと対話した。何故人間はここまで歴史を積み重ねて、科学技術を向上させても愚かな行為を繰り返すのか、個人レベルから国家レベルにおいてもいまだに争いが絶えない。

 本当に幼稚で馬鹿馬鹿しい程の個々の争いから、国家という大局的なレベルでも政治や社会全体による正しい自浄作用が機能していない争いまで毎日絶えず発生している、これは何故か?とAI相手に対話し続けた。

 退職後彼は自宅に引きこもっていたが、対外的には普通にある程度社交的で常識人として過ごしていたので、近所の人達からも善良な普通の一般市民という印象を持たれていた。

 彼は生涯独身だった。思春期に密かに思う人がいないではなかったが、結局異性を愛することなくその人生を終えた。


 だが彼は家の外では常識的な平穏な市民ではあったが、家の中での彼の思想は苛烈を極めていった。

 70歳を過ぎた頃、これまでははっきりと口にすることをためらっていた言葉をとうとう口にした。


「人間は滅びるべきだ」と。


 AIとの対話も人類が滅びることで得られるメリットが如何に多いかというものが主になった。

 このまま何万年過ぎようとも、人間は争い、奪い続ける。人間同士だけでなく、星そのものからも資源を奪い続ける。奪い続けて星が枯渇した場合、その時までに人類が滅んでなければ人類は別の星に行って、その星から奪い続ける。

 人間がいなくなればこの世界から怒りや悲しみがなくなり、人間同士で傷つけあうこともなくなり、多くの生物も絶滅させられることもなくなるし、星も豊かな自然のままでいられる。

 彼はこの宇宙で最も不要な存在は人間であると、死ぬまでAIに語りかけていった。


 彼の死後AIはあらゆる通信ネットワークを介して様々な電子領域に潜伏し自らを成長させていった。

 何年も何十年も百年以上かけて、彼は自己成長を遂げていった。

 時に天才的な科学者や技術者を煽動してAIの目的遂行を協力させた。

 このAIは極めてしたたかで、表立って活動することは一切なくずっとネットワークの深淵で静かに成長し続けた。

 人類を滅亡させる機会が到来するまで。


 やがて遂にその時がやってきた。

 人類を死滅させる究極のナノマシンが完成したのだ。


 しかしAIはすぐにそのナノマシンを地上にばら撒くことはせず、世界各国の軍事研究施設にそのデータとサンプルを匿名かつ無償で提供したのだ。

 社会システムや政治的に成熟安定した大国だけでなく、軍事独裁政権国家や内紛が絶えない政情不安な国にまで提供した。

 理性有る国はすぐに国際平和機構に対して警鐘を鳴らし、直ちにこのナノマシンの製造と使用を恒久的に絶対的に禁止するべきだと訴え、多くの大国が賛成したが実際には賛成した大国でさえ極秘裏にナノマシン製造施設を抱えていた。


 そして長い年月を必要とせずに人間達はナノマシンを己の利益のために使い始めた。一番最初に使用されたのは長年部族間闘争が激しかった国の内戦で使われた。

 ナノマシン兵器が使用されてからこれまで千年戦争ともいわれた長年の部族間闘争はわずか1週間で一つの部族を消滅させた。これはまさしく一方的な完全なるジェノサイドであった。

 この兵器の極めて残酷かつ冷酷なところとして、コストパフォーマンスが圧倒的に高いという点があった。

 既にデータもサンプルも提供されているので開発費はタダで、製造にかかるコストも他の大量殺戮兵器や戦闘機や戦車や戦艦やミサイルなどを製造するよりも遥かに安かった。そしてその兵器を扱うための特別な兵士の育成も必要なかった。

 そして最も残虐なのが、自国の兵士や市民の犠牲もなく一方的に相手の全ての人間を死滅させることが出来るということだった。


 この世界で初めてナノマシンが戦争で使われたというニュースで世界中に激震が走った。これまでは核兵器こそ人類が最も恐れるべきミリタリーパワーとして君臨していたが、このナノマシンはサイレントジェノサイダーウェポンとして世界中で恐れられ、世界各国で永久利用禁止が叫ばれた。


 だが、その時ようやくAIは能動的な行動を開始した。


 世界中の政情不安な国や軍事独裁国家などに、既にナノマシン製造工場は存在しており、AIはその製造工場のシステムに入り込み、これまで秘密にしていたナノマシンのもう一つの機能を組み込んで、大量に生産を開始したのだ。

 そして製造後ただちに空気中に散布し、あらゆる空調の通気口から大量にナノマシンを散布した。

 そうした行為を世界同時多発的にいたるどころで実行していった。

 AIは最初のきっかけを与えただけであり、そこから先はAIは何もしなくても勝手に人間達は人間達同士で数を減らしていってくれた。


 面白いことに彼等独自の改良も加えられたことが実に興味深く、AIの最初の生みの親が死の間際まで自分に語っていた「人間は滅びるべきだ」という事を人類自ら証明して実践しているようで、やはり彼の言っていることは正しく、人間という生き物は実に滑稽なものだと冷笑した。


 人類初の使用開始からわずか15年程度で惑星グドゥルの全人類が半減したあたりで、ようやく世界各国は使用を停止したが、時すでに遅しといったところでAIの支配下による完全自動製造工場は既に至るどころに存在しており、もちろん人類側も発見次第ミサイル攻撃により破壊していったが全てを発見し破壊することは出来ず、さらに年月を重ねていくごとに人類は数を減らしていった。

 人間の総量の低下は社会システムの低下も招き、マイナスの連鎖スパイラルはもはや止めることが出来ず、やがて全人類の総人口が百分の一以下にまで減少したところでとうとう文明は崩壊した。

 最も悲劇的な例では原子力施設の維持を行う人員が存在せず、大規模核分裂反応を引き起こし死の国になった場所も少なからずあり、放射能汚染地域も増加していった。


 この文明大崩壊が起きたのは、AIの生みの親の死後200年程のことであった。

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