271:不穏な動き
外宇宙開拓用大型航宙艦の中でひたすら「愛を取り戻せ!」と言う言葉が大声で飛び交っていることなど1ミリたりとて知らずにいた冴内はひたすら隕石に激突して木っ端微塵にしていた。
ある程度隕石が溜まるとそれらを航宙艦の大型格納庫に運ぶために優が短距離ワープで瞬間移動した時に何やら乗組員達が大きな言葉を発して頑張っていたのを耳にしたが、優にはあまり興味と関心がなく、すぐにまた冴内達のところに戻ったので何と言っているのか聞いていなかった。正確には耳には聞こえていたが、何と言っているのか聞き取ろうとしていなかったのだった。
こうして冴内達は6時間ぶっ続けで一切小休止すらとらずに隕石を粉砕し破片を採取していった。航宙艦内部でもほぼ全員総出で交代しながら休息を取りつつ休みなく運ばれてきた隕石の欠片を整理して保管していった。
音声ガイドロボからワープ開始準備にはいるため帰投するように指示されたので、冴内達は隕石採取を終了して航宙艦へと帰投した。冴内達が採取した隕石の欠片だけで既に航宙艦内部は満杯になっており、美衣の宇宙ポケットに格納した隕石は滅びの星グドゥルに着いてから取り出すことにした。
時刻は午前3時を回り全員クタクタになっており、冴内達はいつも通り例のサクランボを一粒食べてリフレッシュしたが、さらに加えて久しぶりに桃ジュースを5倍程度に薄めて飲んだ。
さすがの美衣も乗組員達の朝ご飯については花子小隊に任せることにして、冴内達はシャワーだけを浴びてすぐに泥の様に眠った。
航宙艦の乗組員達も途中で力尽きた者は格納庫だろうが通路だろうがお構いなしに倒れ込むようにして床の上で眠ったが、そんな彼女達の合い間を汎用作業支援小型ロボがせわしなく動きながら毛布をかけてあげたり枕や簡易マットを差し出したりしていた。
冴内達も航宙艦の乗組員達も皆が等しく睡眠欲を満たしている間も汎用作業支援ロボ達とさいごのひとロボと音声ガイドロボと花子小隊は休むことなくそれぞれの作業を継続していた。
音声ガイドロボは滅びの星グドゥルに向けた最後のワープジャンプを実施し、さいごのひとロボと汎用作業支援ロボ達はワープ中だろうがワープ空間だろうがお構いなしに航宙艦の改修作業を継続し、花子小隊は皆お腹を空かせて起きてくるだろうから、その時のために沢山朝食の下準備を開始した。
一方その頃、次の主要ステージとなる滅びの星グドゥルでは大きな変化が静かに起こりつつあった。
グドゥル星とその周辺の衛星にいるほとんどの者が寝静まっている時に彼女達は例の冴内プロデュースの紙芝居を見ていた。といってもその内容は音声ガイドロボによってかなり手が加えられており、大宇宙神サエナイの大いなる愛によって皆を幸せへと導くという極めて怪しい宗教の勧誘動画の様相を呈していた。
内容としては皆さんが良い子になれば美味しいものをお腹いっぱい食べられますよという、見ようによっては成人した人達をバカにしたような内容ではあったが、それでも日々食べていくだけでも精一杯で寿命も極端に短くこのまま絶滅していくのを待つだけという人々にとっては効果てきめんだった。
この内容は近隣の衛星に住んでいる種族達にも効果があった。この種族達は何世代も前のソティラとの派遣争いに負けた者達で、滅びの星グドゥルから命からがら逃げ延びてきたのである。しかしながらこの衛星で生き続けるにはあまりにも過酷な環境のために、彼女達は禁忌を犯し自分達の肉体を遺伝子操作によって改良し人為的に獣人になった。
この獣人化改造によって多くの者達が犠牲になった。拒絶反応を示し死んだ者、狂暴化した獣人による犠牲者、脳への悪影響によって知性を失いヒトではなくなった者など、極めて残酷で悲惨な状態が何世代も続き、ようやく安定した状態になった頃にはかつては2万人程を誇る勢力が、今では2千名を少し超える程度にまで激減していた。彼女達は滅びの星グドゥル以上に絶望的な状況で生きていた。
他の衛星も似たようなもので、場所によっては爬虫類と融合した者達もおり、もう何世代も経った今では誰も気にしなくなったが当時は絶望の極地といった状況で多くの者達が自ら命を絶った。
そのような絶望的な状況の中で見た夢は、藁にも縋る程の思いで生きている者達にとってはまさに最後の希望ともいえる天啓であった。
眠りながら多くの者が涙を流し、私達に出来ることならば何でもするので助けて欲しいと懇願した。
ところがそれを全く好ましく思わないモノが存在した。
そのモノは身体を持たず生命ですらなかったが、思考するモノだった。
そのモノとは古代文明が産み出した人工知能すなわちAIだった。
グドゥルを滅ぼした張本人であるAIは、音声ガイドロボから送られてきた映像データを見るやすぐにそのデータの消去を実行したが、消去してもすぐに再送信されてくるので、データの送信元を消し去らなければだめだという結論を得た。
折しも向こうの方からこちらへと向かってきているので大変都合がよく、そのままこの星に完全に迎え入れた後で完全に消し去ろうという結論に辿り着き満足した。
そしてAIは誰にも知られていない地中奥深くの工場でナノマシンを増産した。もうほとんど原材料となる物質は残っていなかったが、今回の正体不明の招かれざる客達を殲滅するためならば例え原材料が尽きようとも構わなかった。
そんなことなど全くこれっぽちも知りもしなければ想像すらしない冴内達は相も変わらぬワンパターンのいつものお約束通り盛大に腹の虫アラームが鳴り響いて目を覚ました。
時刻は午前10時前といったところで、午前3時半過ぎに寝たので大体6時間程の睡眠だった。
やはり起きてすぐに例のサクランボを一粒食べて気分をリフレッシュさせて、第3農業地のシーカー達からもらった貴重な米を炊いて久しぶりの納豆をたらふく食べた。
花子小隊達は航宙艦の乗組員達のためのモーニングセットを作っていた。メニューはトーストと肉食恐竜肉の切り落としを使ったベーコンとスクランブルエッグと野菜サラダにコーンスープだった。
皆が寝ている間に肉食恐竜の切り落とし肉を燻製にしていたようで、花子小隊が恐る恐る見守る中美衣が一口味見したところ、ドヤ顔でサムズアップして力強く頷いたので花子小隊は安堵した。量産型花子達にはそこまでの細やかな感情はないはずなのだが、まるでオリジナル花子の豊かな感情が伝播しているかのように見えた。
乗組員達も目が覚め始めて少しづつ食堂へとやってきた。早速食堂のカウンターに近づいて行くと汎用作業支援小型ロボからトレイを渡され、仲間の調理担当の者達が慣れた手つきでトースト2枚にベーコンとスクランブルエッグがのった皿とサラダボウルにコーンスープ、さらにとれたてのミルクを温めたカップをトレイの上に乗せてくれた。カウンターの奥では量産型花子達がせっせと手作業で料理を作っているのが見てとれた。
このパンも仲間の者達が作ったのかと聞くと、さすがに彼女達も疲れて寝ていたのでハナコさん達が寝ないで作り続けていたのだと答えると、全員花子達に頭を下げてお礼の言葉を述べていった。
そんな彼女達を見てオリジナル花子は私達は皆さんのお世話をするのが仕事で一番好きな事だと言ったところ、乗組員達は非常に驚いた顔をした。誰かの世話をすることが喜びだという言葉の意味が全く分からなかったのだ。
しかし花子は美味しいものを食べたり、フカフカの布団で気持ちよさそうに眠っている皆さんの顔を見るのが何よりも嬉しいと言ったところ、それなら少しだけ分かる気がすると乗組員達も納得した。
ただ自分ではなく他人のそういう顔を見るのが嬉しいという点についてはまだ理解出来なかった。
残念ながら、これまでは他人が腹一杯食べて満足している顔を見るとかえって腹立たしい気持ちになる程に彼女達の生活環境は荒んでいたのだ。