267:神の存在の認識
恐竜肉のシチューの下ごしらえをしながら調理担当の乗員達のパン作りを途中まで横目で見ていた美衣は彼女達の頑張りにとても感心して嬉しい限りだった。
程なくして大体の仕込みが終わったので、後は花子達に任せて美衣はお待ちかねの航宙艦の見た目を今よりも可愛いものにする作業に参加することにした。
汎用作業支援小型ロボ達に交じって船外作業用アクセスポイントに行き、いつも通り宇宙服も何も着ないで真空の宇宙、それもワープ移動中の船外へと生身の身体のまま命綱も着けずに船外へ出た。宇宙服は着ていなかったがお気に入りの白いコック服とコック帽は被ったままだった。
少し大きいサイズの支援ロボに身体を固定して航宙艦の船体改修作業を監視していた技術担当リーダーが新たな部品を持ってきた汎用作業支援小型ロボと一緒に始めて見る白い人型の何かが出てきたのを目にした途端、宇宙祝のヘルメットの中で叫び声をあげた。
確かサエナイの娘と自己紹介したミイとかいう幼い少女が見慣れない不思議な白い服と帽子を被り、生身のまま死の空間を漂っているのだ。
技術担当リーダーは大慌てでエマージェンシーコールを発動させようとしたが、美衣が「大丈夫だ!アタイは英雄勇者コックだから宇宙でも兵器だ!間違えた!平気だ!」と言って技術担当リーダーを落ち着かせた。真空なので音は伝わらないはずなのに何故か技術担当リーダーのヘルメットの中に美衣の声がハッキリと聞こえた。
それから美衣はさらに技術担当リーダーを驚愕させた。
外宇宙を長距離長期間航行する航宙艦の極めて頑丈な超高硬度鋼鉄の外装と内部鉄骨を素手のチョップでスパスパ切断していき、汎用作業支援小型ロボ達から渡された金属の延べ棒みたいなものをまたしてもチョップで叩いて、とても複雑なカーブを描く曲面のボディパーツを手作業で作っていくのだ。しかもその精度と製作スピードは精密工作機械のようで、今この目の前で起きていることが現実だとは到底信じられなかった。
その模様は当然彼女だけでなく、他の様々な外部カメラにて捉えられており、多くの者達が絶句しながらその様子を見た。
もちろんメインコントロールルームでもソティラを含む上級幹部達が唖然とした表情で見ており、この映像は一体何がどうなっているのか理解のはるか斜め上を超越していた。
「ボス・・・ア・・・アタシ、思い出しましたぜ!こっこれはかつての古代文明の何かに書いてあった神様とかいう存在じゃないですか?」
「なるほど・・・確かにこれはとても同じ人間の為せる業ではないな。そうか、サエナイ達はかつて古代人が言っていた神様だったのか・・・」
「すいません・・・その、カミサマってのは何ですか?」
「アタシが知ってるのは凄い能力を持つ存在で、多くの人々を救い、時に人々が過ちを犯した時は厳しく叱って人々を正しい方向へ導いた存在だという記録を学習した」
「アタシが見たのもそうでした!」
「それなら、サエナイ達はそのカミサマってことですかい?今こうして見ているのはとても人間が出来ることじゃないですぜ!」
「そうだな・・・そうか、そうだったのか、サエナイ達が何の見返りもなく、アタシ達を助けてくれるのは、サエナイ達が神様だったからなのか・・・アタシがサエナイに何故お前はそこまでしてアタシ達を助けてくれるのだ?と聞いた時、サエナイはただ助けたいから助けると言っていた。そしてサエナイの腕が美しく光り輝き文字版が映し出され、そこには【全宇宙の愛の使者】と書かれていたのだ」
「「「愛の使者!?」」」
「そうだ、全宇宙の愛の使者とハッキリ書かれていた」
「えぇと・・・愛って・・・なんでしたっけ?どういう意味でしたっけ?」
「アタシにも分からん。言語学習の際、文字情報での説明文は以前読んだ記憶はあるのだが、それがどういう概念のものなのかアタシにも理解出来なかった・・・具体例では親が子供を思う気持ちとか、好きな人間を大切に思うこととか、色々あったがどうにも良く分からなかった。しかし古代人達は愛という概念をとても崇高で大切なものだと思っていたようだ」
「ボス、アタシらは前に救世主になるんだと茶化してましたが、世の中を救うことが出来る救世主ってのはサエナイ達みたいな神様のことを言うんじゃないですかね?」
「おお!良い所に気が付いたな!その通りだ!本物の救世主っていうのは神様で愛の使者のサエナイ達のような存在のことを言うのだ!恐らくこのままでは滅んでしまうアタシらを助け、アタシらを導くためにやってきたに違いない!」
「じゃあアタシ達は、神様の言うことを聞けば、また大昔の人類のように繁栄することが出来るんですかね!?」
「ああ、出来る!改めて思い起こしてみれば、サエナイ達は常にアタシらを導くための言葉を発し続けていたのだ!」
「そうか!アタシら全員同じ夢を見ましたぜ!戦って力ずくで奪うのをやめれば助けてくれるって!これこそが導きってやつですかね!?」
「その通りだ!ここにいる全員に同じ夢を見せさせるなんてことは本物の救世主にしか出来ない事だ」
「「「 オォーッ! 」」」
ソティラは内心でうまいこと上級幹部達を説得できたとほくそ笑んでいたが、ソティラ自身もあながちそれが事実ではないのかとも思っていた。
そんなソティラ達の様子を音声ガイドロボはずっと横目で眺め横耳で聞いていて、彼女もまた内心でうまいこといってるなと思考し、並列思考並列作業で高性能演算子を駆使して冴内紙芝居のバージョンアップ版を作成していた。
その内容とは、宇宙の愛の使者、救世主であり神でもある冴内が、滅びの星グドゥルにいる人々を救いに来たというストーリーに拡張されており、このままでは絶滅していくしかない人々を彼女達が心を入れ替えて争いをやめて平和に仲良く暮らすことを約束すれば、彼女達の病気を治し、美味しい食事を与え、やがては子孫繁栄をもたらすという、紛れもなく怪しい宗教の布教活動用絵本のようなものであった。
なまじ人間のようなうがった感情や偏見を持たない人工知能AIの発展型である音声ガイドロボなだけに、一切後ろめたく後ろ暗い感情抜きでピュアな気持ちで、ある意味というかある方面でまさにピュアな絵物語が出来上がった。
そんなことなど一切知らずにいる冴内を差し置いて、全く完全に悪気や悪意なく音声ガイドロボはさいごのひとロボに通信を開きこの内容をデータ転送して意見を求めたところ、さいごのひとロボから高い評価を得たので、試験的に滅びの星グドゥルに対してデータを一方的に強制的に送信して反応を試してみようということを彼等だけが理解できる通信プロトコルで話し合っていた。
考えようによっては実に恐ろしい企みが水面下で深く静かに進行しているのであった。
一方そんな恐ろしい企てが密やかに行われていることなどつゆ知らずの冴内は、航宙艦内で汎用作業支援小型ロボが指し示す箇所をやはり素手のチョップでスパスパ切断していった。
もう既にこの頃には航宙艦の乗員達も冴内達が本物の救世主だと信じ切っており、どこからか彼女達の多くが知らない神様とかいうすごい超人だということも伝わって、ことさら大袈裟に驚かなくなり、冴内と一緒に改修工事を行っていた。
まったく偉ぶることもなく、自分達に強く命令することもなく、見た目は華奢で弱そうなのに信じられない程強くて力持ちで頼もしく、そして何より優しい冴内のことが大好きになり、乗員達は喜んで率先して改修工事を手伝っていた。
ただ、一緒にいる冴内の【妻】だとかいう初めて聞いた言葉の存在の優と名乗った女性からは、自分達が警戒されているということを肌で感じていた。
この優と名乗る女性はこの世の者とは思えない程に有り得ない程に美しい容姿をしており、彼女もまたおよそ人間とかけ離れた超能力者だったので、当然彼女を不愉快不機嫌にさせるようなことは絶対にしないようにしようと乗員達は硬く心に誓っていたのであった・・・