252:虹色チョップの光
はるばる2つ隣の銀河からやってきた招かれざる客達を乗せた外宇宙開拓航宙艦の船内は完全に沈黙、というか乗船員達は全員熟睡していた。
音声ガイドロボが艦内モニターや各種センサーを使ってチェックして誰一人として起きているものはいないことを確認し、優の第六感肌感覚モニターでも皆寝ているみたいというお墨付きをもらった。
さいごのひとロボが一応各所を目視チェックしつつ招かれざる客達がいる星の文明を崩壊させた直接原因の一つであるナノマシンのサンプルを採取しにメインエンジンのある機関室内へと向かった。
さすが外宇宙を開拓と移民目的で航宙する船だけあって船内は非常に広く、目的の機関室に辿り着くまでになるべく船内を傷つけない範囲でかなりの速度で移動したのだがそれでも機関室に到着するまでに10分もかかってしまった。帰りは優に頼んで極小ワープで迎えに来てもらおうと思った。
機関室内に入るとあちこちで熟睡している船員達がいた。優の突入タイミングが素晴らしくドンピシャだったので、全員着座してシートベルトをかけていたり、壁際の床に座りハーネス金具で身体を固定していた。当然意識がある者は一人もいなかった。
さいごのひとロボは自分のようなロボットがいてやむを得ず近接戦闘になる可能性を想像したが、あらかじめ艦内センサーと優の肌感覚センサーのダブルチェックで人間以外のロボットの存在も確認されなかったし、もしいたとしても既に良子によって制御下に置かれているだろうと考え、その可能性を否定した。
機関室内は船員達が多くいて、空調設備も他の室内よりも多く稼働しているのでナノマシンの採取には最適だった。
まずは空気中にあるものを採取し、さらに人体内でマシン機能が変異しているものがあるかもしれないということで、何人かのサンプルを採取した。
空気中に漂うナノマシンはさいごのひとロボの手のひらの中央にある丸いフタが扇のように素早く1秒以下でスライドしてナノマシンを吸い込んで採取し、人体にあるナノマシンは指先から肉眼ではほとんど見えない程の極小の針が出てまるで握手をしているかのようにしてサンプルを採取した。遺伝子情報に結構差異のある船員数名から採取した。
ちなみにこの針で刺されても刺された側の人間はほとんど刺されたことを感知することが出来ない程で、それは蚊に刺されたのと同じようなものだったが、今の状況下では船員達は皆意識がほとんどない程までに熟睡しているのでその優れた性能を存分に発揮することはなかった。
十分にサンプルのナノマシンを採取し終えるのに5分程かかり、さいごのひとロボは優に頼んで極小ワープで迎えに来てもらいメインコントロールルームへと戻って来た。
「お待たせした。十分にサンプルは採取出来たのでもうナノマシンを除去してもらって構わない」
♪ピコーン!
「あっ!今思ったんだけど、僕のレインボーでナノマシンを浄化しちゃったら、さいごのひとさんが採取したナノマシンまで浄化しちゃうんじゃない?」
「ッ!!よく思いついてくれた!冴内 洋!その通りだ!」
「さすが洋ね!じゃあ私とさいごのひとはいったん戻るわね!」
「そうだ、戻るなら宇宙ステーション内部にしてもらいたい、そこで採取したナノマシンを調べようと思う」
「分かったわ!」
優はさいごのひとロボの手を繋いで、宇宙ステーションへとワープした。
「さてと・・・それじゃ試してみるか・・・」
冴内はいつものように左手を腰にあて、右手をチョップの形状にして高らかに掲げ、目を閉じて集中した。いつものように虹色に光り輝く粒子が集まり始め、どんどんその数は増していきやがて冴内の姿も見えなくなるほどに虹色に光り輝く粒子が部屋いっぱいに充満し、やがてそれは船内全体に行き届いて行った。分厚い防護隔壁があろうがおかまいなしに粒子はあらゆるところに充満していった。そしてとうとう虹色の光の粒子は船体外部にも及び、巨大な外宇宙航宙艦をすっぽりと覆う程にまでなった。
「父ちゃんのレインボーはいつ見てもすごく綺麗だ!」(美)
「ハァ~そうだね、すごく綺麗・・・」(良)
「冴内 洋・・・お父ちゃんは本当に凄い・・・とても優しくてきれいだ。これが宇宙の愛なんだ」(初)
遠目から美衣達3人は久しぶりの冴内の虹を見ていた。ちなみに3人とも真空の宇宙空間でおにぎりを食べながらその様子を見ていた。
優が虹色の中をものともせずワープで冴内のいるメインコントロールルームに戻ってきた。優の体内はもちろん、衣服などにもナノマシンは一切なかったが、それでも冴内の虹色の粒子で浄化してもらうのが心地よいのでそのまま目をつぶって気持ちよさそうに虹色の粒子の中に身を置いていた。
この様子は全てコッペパン号内のクリーンルームで宇宙服を着て待機している宇宙人達3人にも見ることが出来た。さいごのひとロボや音声ガイドロボの目を通しての映像に加え、既に全てのシステムが良子によって乗っ取られた航宙艦の様々なカメラの映像が宇宙人達3人を取り巻く空間上に投影されているので、彼らは見たい映像を指さすとそれが近くに大きく表示されるので色々と見たい映像を切り替えて見ることが出来た。当初はこの空間投影技術に驚いていたが今では基本操作を使いこなしていた。
ちなみに3人とも宇宙服のヘルメットを外しておにぎりをパクパク食べながら見ていて、時折量産型花子が注いでくれる味噌汁を実に美味しそうに飲んだ。しかも今では熊によく似たポロック・スレムベアもトカゲによく似たドルム・デ・グァルムァルも器用に箸を使いこなしてポリポリと干し沢庵まで食べていた。はたから見ればその光景は実に滑稽で、その様子にはまったく緊張感のカケラもなかった。
空間投影映像の基本操作の慣れといい、箸を器用に使いはじめるまでの早さといい、宇宙人達3人の適用適応能力は極めて高かった。そもそも宇宙連盟に入るだけでも相当に高いハードルなのだが、そこからさらに外宇宙探査の先遣隊に選ばれるという時点で宇宙でも最上級クラスのエリートなのである。今こうしてのんきにおにぎりを食べているが、彼らは知力体力精神力全てにおいて高い能力を誇る選ばれた者達なのであった。
そんな風にのんきにおにぎりを食べ、味噌汁をすすり、沢庵をポリポリとかじる彼等ではあったが、巨大な航宙艦がすっぽりと虹色に包まれていくのを目にした途端、手は止まり視線は虹色の光に釘付けになった。
「これが・・・サエナイ殿の力ベアか・・・」
「シュルルッ!なんという優しい光だ・・・」
「まさに、宇宙の・・・愛・・・」
その様子は数分遅れて宇宙連盟の司令本部にも送られてきた。これまでは通信傍受や位置の特定の恐れがあったのでさいごのひとだけが分かる思念のみをやりとりしていたが、既に場所が特定されてしまっている今ではもう隠す必要もなく、逆にこの威力をまざまざと見せつけることで仮称【蛮族】達の戦意を喪失させることにした。
宇宙連盟の大規模艦隊が漂う宇宙空間に巨大な立体映像が投影され、【蛮族】達が乗る巨大航宙艦が冴内のレインボーチョップによって光り輝く虹色の粒子に包まれていく様子を、大規模艦隊にいるほぼ全ての者達が目の当たりにした。
「な・・・なんという現象だ・・・」
「こっ、これがサエナイの持つ宇宙のチョップ、宇宙の愛というものか・・・」
「この膨大なエネルギー量は一体なんだ?」
「しかし・・・なんと美しい・・・」
「とても柔らかい波動を感じる・・・」
「あぁ・・・この上なく優しい光だ・・・」
そしてその様子は【蛮族】達がいる星及び、周辺で小競り合いを繰り返す敵対勢力達全ても傍受し、ありのままの状況を全てその目で目の当たりにすることになった。
「なんだ・・・これは・・・」
「あの憎きソティラがやられたってのか?」
「この虹色の光は一体何なんだ?」
「だ・・・誰か、この状況を教えてくれ・・・」
「何故だ・・・この光・・・見ているだけで胸が熱くなる」
「ウッ・・・ウグッ・・・何だ、涙だと?」
「ウ・・・ウゥ・・・何故涙が溢れ出てくるのか」
「まさか何かの精神攻撃か?」
「だが、優しい光だ・・・」
「とても・・・とても大事な何かが・・・」
「遠い昔に失くしてしまったような・・・」
「何だ?この気持ち、この感情は・・・」
「おい!ダメだ!通信を止めろ!これは危険だ!お前何やってる!通信を止めないか!通信・・・を止め・・・ろ・・・」
こうして冴内のレインボーチョップによる虹色の光は瞬く間に宇宙のあちこちに知れ渡っていった。