250:蛮族のボス
夕食は昼に余った魚介を使ってのパエリアやクリームグラタンなどを作って食べた。他にも姿形はつぶ貝に似ているが大きさが桁外れの貝を炭火で焼いてショウガに似た野菜をすりおろして醤油をたらしたものを食べてみたところ、あまりの美味しさに全員イスから立ち上がる程だった。日本酒好きがいたら極上のつまみだったことだろう。
蛮族達が間もなくやってくるというのに、冴内達はともかく今では宇宙人達3人ですらすっかりその脅威を感じることなく夕食を楽しんだ。というのも、これまでに見せてもらった記録映像と実際に冴内達の超人異能超能力をその目でまざまざと見せつけられてきたので、このトンデモ一家と一緒にいればこの宇宙で最も安全だということが完全に存分に分かったからである。
そうして、美味しい食事をとった後もしばらく談笑して、シャワーで汗を流した後に宇宙服を着てコッペパン号の船内の医療室にあるクリーンルーム内にて簡易ベッドを持ち込んで寝ることにした。
一方招かれざる客達の様子はというと・・・
「ボス!間もなくワープアウトします!」
「おう、もうそんな時間か」
蛮族のボスは彼女達の保有する虎の子の船、長距離ワープが可能なかつての移民開拓航宙艦の船長室で目が覚めた。
彼女の名はソティラ・ウル・シテルディア、人類滅亡寸前の今となってはほぼ誰も知らない忘れられた名誉と栄誉ある一族の末裔である。彼女自身はオリジナルのソティラ・ウル・シテルディアの何百体目かのクローンであり、これまで築き上げてきたシテルディア一族の莫大な資産によって、最上級のクローン技術によって劣化の少ない状態で作り出された。
自ら望んでこの世に生を受けたわけではないのがこの世の全ての生き物の常だが、彼女はある意味その最たる例だったのかもしれない。
自我が芽生えたときから自動的に人工保育器の中でこれまでのシテルディア一族の歴史と栄光を脳内に刻み込まれ、己という存在がいかにあるべきかをインプットされてきた。
その日を生きるのに精いっぱいの者達と違って、栄養も十分に与えられ、教育水準も高く、遺伝子操作によって健康状態も他の者達よりもかなり高かった。
16歳になった時に初めて外の世界に出る準備が開始された。まずは36歳になるもう一人の自分、先代のソティラ・ウル・シテルディアと対面した。36歳の自分はとても美しく、身にまとう貫禄というかオーラもとても大きく感じた。16歳のソティラも帝王学については十分座学として学んでいたが、実際の人の世で培われた本物のものとは格が違うことを思い知らされた。
36歳のソティラはこれから4年かけて引継ぎを行い4年後の20歳になる頃に次のボスとしてこの世を支配するのだと告げた。16歳のソティラも既にそれは知っていることだったので、全く何の抵抗もなくそれを受け入れた。続いて幹部たちも紹介され、現在の内と外の勢力を説明され、何が敵で何が利用出来るか説明された。何が味方かとは誰も言わなかった。
実際の現実世界で起きた様々なケーススタディが叩き込まれ、中には酷く気分を害するような過去の出来事も味わった。先代ソティラから今のお前ならばどう対処するのが良いかと問われ、何日か熟考した後で対処法について答えたところ、先代ソティラからは過去にない程に良い回答だが、その判断を1日以内で出来ないようでは0点だとも言われた。
また、時折戦闘にも参加した。最近はほとんど内紛は起きなくなっており、戦闘はもっぱら外部の周辺勢力との小競り合いレベルのものが散発的に起きている程度であった。先代ソティラが統べる勢力は今では最大で盤石な存在であり、周辺の敵対勢力は時折食料や医薬品物資を奪取する程度で大規模な勢力争いを行える程の戦闘力はなかった。
これまではソティラの代替わりを狙って若いソティラの命を狙うという内紛騒動もあったが、今ではソティラに継続してこの世を統括してもらう方が自分達にとって安定した利を得られると考える者が大半を占めているため、若いソティラが身内から寝首を掻かれることはなくなった。
そうして実戦経験も着実に積んでいき、周りからの評価も少しづつ獲得していき、特に大きな波乱もなく4年が過ぎていきソティラは代替わりした。
40歳の先代ソティラは見た目はまだまだ美しく、凛とした姿から発せられるオーラも迫力貫禄ともに十分であったが、余命は僅かだった。何度も繰り返し行われてきたクローン再生による代償か、遺伝子操作を繰り返して肉体強化を行ってきた代償か、高度文明が滅びる原因となったナノマシンによる人体への影響によるものか、どれ一つとっても大きな原因理由になり得る程のものだった。
翌年から先代ソティラは良く眠るようになった。ほとんど食べ物も口にしなくなっていき、意識不明になる時間が長くなりやがて生命活動を終えた。見た目は美しいままだったが、脳と臓器が生きることを拒否しているかのように活動を停止した。享年41歳3ヶ月で死因は老衰だった。存命中はまったく病気をしたことはなかった。
ソティラ・ウル・シテルディアは暴君でもなければ穏健でもなく中庸を貫いた。その手で直接誰かを殺害することはなかったが、闘いの場での命令指示や勢力維持のための命令指示により結果として少なからずの命を奪ってきた。過酷で特殊な状況下に置かれているため躊躇なく多くを救うために少数を切り捨てることも厭わなかった。私利私欲による権力の行使はなかったが、上に立つ者としての権利は当然得られるべきものとして獲得してきた。そしてその重圧に苦しむことなく上に立ち続けてきた。
そんなソティラ・ウル・シテルディアは現在22歳である。彼女を取り巻く幹部たちの中で最古参最年長のものですら30代という異例の若さだった。つまりそれだけ彼女達の平均寿命は短く、今ある現実とこれからの未来は常に絶望的だということだった。
ソティラ・ウル・シテルディアはベッドから起き上がりシャワーを浴びた。一糸まとわぬ若く美しい身体を誰に誇ることも愛する者に愛でさせることもなく生涯孤独の身のまま短い生涯をただ生き続けるのであった。
「いや、それも私の代で終わらせてみせる。その最初で最後の最大のチャンスが来たんだ。この世界で全く価値を活かすことが出来なかった私のこの身体の本来の価値を取り戻せるチャンスが来たのだ。絶対に逃してなるものか。待っていろサエナイ、私はお前の子を沢山産み、強く育てて見せる。そしてこの星の文明を取り戻すのだ」
当然ソティラ・ウル・シテルディアはこの宇宙にはまだ多くの男性が存在する星もあるだろうということぐらいのことは考えた。それくらいのことを想像出来る程度の学識は持っていた。しかし今この状況で彼女達に出来ることも良く知っていた。
外宇宙に出て本当にいるかどうかも分からない、接触できるかどうかも分からない、接触できても自分達と交配できるかどうかも分からない、そんな未知の存在を探す冒険の旅など今のこの状況下で出来るはずもなかった。かつてはそれを夢見て飛び立っていった者達もいたが、全て行方不明か考えるだけでもおぞましい悲惨で残酷な結果しかなかった。
この絶望的な状況を打破するだけの力は彼女達残された人類には既になく、このまま絶滅するまで生き続けていくことしか出来ない状況の中、もう二度とめぐってはこないであろう神の奇跡とも言える大チャンスがやって来たのだ。
ソティラ・ウル・シテルディアはいかなる犠牲を払おうとも、なんとしてでもこの起死回生千載一遇の大チャンスをのがしてなるものかと心に誓った。