240:前夜の試食
早速美衣は食材が新鮮なうちに明日の歓迎会のために腕を振るった。とはいえ歓迎会は明日の昼なので下準備に時間がかかる料理と、試食を兼ねた今晩のディナー料理に取り掛かった。
まず定番なのがビーフシチュー味の恐竜お肉シチューである。今日獲ってきた巨大恐竜の割と固い部分の肉を大き目にカットして、様々な野菜や果物と一緒に煮込み肉を柔らかくしつつも旨み成分をしみこませていったのである。
美衣シェフはまるで頭の中に料理に役立つ化学知識が全てインプットされているかのような正確さで、どの時間にどのタイミングでどの食材を付け足していけば固い肉が柔らかくなるのか、旨み成分のアミノ酸が最も効率よく引き出せるのかなどを完全に熟知していた。
またローストビーフならぬロースト巨大肉食恐竜肉も作り始めた。こちらもかなり大きめに肉をカットしたので、ゆっくりと時間をかけて中にじんわり火を通すことにした。それらの料理の下味や仕込みは美衣シェフが行い、後は火加減を見続けたり鍋を適度に攪拌するだけなので、量産型花子3体が交代で管理することになった。
冴内達の夕食用料理には巨大恐竜の腰の下付近で背骨の内側にある最も希少で貴重な部位の肉を粗い岩塩とコショウのみで味付けしたステーキを食べることにした。牛肉で言うところの高級フィレ肉のステーキに該当する。この部位の肉は巨大恐竜一頭からはわずか3パーセントしか取れないという肉であったが、3パーセントでもその巨体なので、美衣達の食欲を満たすには十分な量があった。
ちなみに明日の歓迎会で出すメインディッシュのステーキはそれと同じかそれ以上に取れる量が少ない肉の王様、サーロインを出す予定である。
また、後日のお楽しみ用に背中や尻尾の先端などの硬い部位の肉を使ってチャーシューの仕込みもしておいた。同じく料理で余った骨を使って骨ガラのスープを作りまたラーメンを楽しむ予定である。今回は前回の鳥ガラスープの塩味ラーメンではなく豚骨ラーメンならぬ巨大恐竜骨ラーメンである。
他にも太い首や胸、腕、足、尻尾、内臓など、その余りある巨体のため、底なし胃袋の美衣達でも恐らく10回くらいはたらふく食べられる程の量があった。ちなみに地球人の大食い選手権優勝者レベルの人であれば数年分は満腹になれる量だった。
頭やカギ爪や踵から下の部分などはベルトコンベヤー式工作機械を通して様々な物質に変換されていった。とりわけ骨やカギ爪からは良質な素材が精製された。大量の血液も今後有効活用出来そうなものに変換精製されて出てきた。
お待ちかねの試食兼夕食ディナーの時間がやってきて、お腹虫の合唱とつばを飲み込む音が盛大にディナーテーブルにて奏でられていた。
美衣と花子の「お待たせ!」という声を皮切りに各馬一斉にスタート!と、まるで競馬のスタートのような勢いで全員前菜もスープもすっ飛ばしていきなりメインのフィレステーキにかじりついた。ナイフで優雅にまずは小さく一切れお口に・・・などというマナーなど一切無視して美衣などはフォークで丸々一枚肉を突き刺してガブリと大きくかじりついた。とはいえとても可愛いラブリーキュートな小さなお口なので小さく綺麗に見事な逆Uの字の歯型で肉が噛み切られた痕が見て取れた。咀嚼して飲み込むまでの速さはさすが宇宙のフードチャンピオンといったところでものの数秒で大きなフィレ肉ステーキ一枚が跡形もなく消え去った。
美衣と良子以外はちゃんとナイフを使ったが、脂身の少ない肉にも関わらずこのフィレ肉は抜群に柔らかく、ナイフで切るというよりも軽く撫でている感じで見事に肉をカットすることが出来た。
ジュージューとステーキ皿の上で焼ける匂いが鼻の中を通過しているだけでもたまらなく、いよいよそれを口に入れて歯を噛み入れたその瞬間とても柔らかいのに良く締まった肉の繊維から溢れ出る肉汁の旨み成分がこめかみの内側を直撃した。噛めば噛む程溢れ出る肉汁の洪水が美味しさを司る脳内に襲い掛かってきた。粗い岩塩とコショウだけの味付けで十分、いや、この組み合わせこそが唯一にして至高の最高の最適解だった。
冴内はこんなにも美味しいステーキの味を知ってしまったら、今後他の肉のステーキでは満足出来なくなってしまうのではないかと心配になる程に巨大恐竜の肉のステーキは抜群に美味しかった。そう思いながらもこの日は冴内ですら4枚程もステーキをおかわりしてペロリと平らげていた。
巨大恐竜の肉は冴内達の舌を大満足させる程の美味しさであることは間違いなく、第4の試練のオープン居住スペースから勝手に持ち出してきた食料格納箱の中にある肉よりも美味しかった。しかし美味しさや食感は確かに上回っていることは間違いなかったのだが、食料格納箱の中に入っている食材のような異常な程の体力回復能力やケガや病気の治癒能力はなく、純粋に食べ物としての美味しさだけがあった。食料格納箱の中にある食べ物や、第4の試練に生えていた木にあった果物や野菜などはやはり単純に純粋な食べ物ではなく、何かしらのヤバイ物が含まれている別物と考えた方が良いようだった。そのため明日の歓迎会でこの大変美味しい巨大恐竜の肉を初めて会う宇宙人達に食べさせても恐らく命の危険に関わることはないだろう。
その歓迎される予定の宇宙人3名を乗せた宇宙連盟先遣隊の航宙艦はさいごのひとロボ2号機が設定してくれたガイドビーコンに従い自動操縦で順調に冴内達がいるさいしょのほしへと向かっていた。彼らが乗船している航宙艦も完全自動操縦システムが搭載されているので彼らは安心して熟睡していた。
だがそこに全く予想外の存在が介入してきた。
ブーッ!ブーッ!ブーッ!
『緊急事態発生!緊急事態発生!乗組員はただちに緊急事態対応措置プラン4971に従い行動せよ!繰り返す、乗組員はただちに緊急事態対応措置プラン4971に従い行動せよ!』
ブーッ!ブーッ!ブーッ!
「なっ!なんだベアー!?」
「シュルルッ!きっ!緊急事態!?シュルルッ!」
「エレクサ!プラン4971を提示してくれ!」
『了解しました、緊急事態対応措置プラン4971を提示します』
『---緊急事態対応措置プラン4971---
想定外の未確認存在による強制外部介入。
乗組員は速やかに生命維持装置を装備して装置を作動させること。
サバイバルキットの準備をすること。
緊急脱出ポッドへの移動を開始すること。
以後未確認存在にこちらの存在を知られないように外部通信を行わないこと。
音波探知の可能性もあるので船内での音声会話をしないこと。
上記内容を直ちに実行すること』
宇宙人3名は互いに頷きあい、早速速やかに提示内容通りになるべく音を立てずに行動を開始した。
各自手慣れた手つきで素早く生命維持装置を装備してサバイバルキットを用意して緊急脱出ポッドへと移動した。場合によっては航宙艦を自爆させ、デブリに見せかけた緊急射出脱出を行い、命がけの出たとこ勝負のランダムワープも行う覚悟だった。
3人は緊急脱出ポッド内の狭い室内の耐衝撃カプセルシートに横たわりフタを閉じた。顔の部分は透明であったがフタが閉じると共にシャッターが降りてきた。しかし顔の前には辺りの様子が投影されていて、さらに操作アイコンらしきものも表示されており、その操作アイコンは目線と瞬きのみで様々な操作を行うことが出来た。また簡単な意思ならば思念による操作も可能であった。3人は文字会話操作を選択し、それぞれ文字による会話を開始した。