239:初の新必殺技
明日の歓迎会のための最高の食材確保のために初を抱えて飛んでいた美衣シェフはいったん高度2万メートル程で空中停止して初が目をつぶり集中して美味しい食材を探しているのを待った。
数分後初が指し示した方角へ、マッハ10を超える極超音速で飛んでいくと10分程で広大な草原に辿り着いた。そこは冴内ログハウス付近に似た構成で、近くに森林地帯があり大きな湖もあったが、広大さという点では冴内達のいる場所よりも遥かに広大だった。また気温湿度も高く28度程度あり少しむっとする空気で、吸い込むととても濃密な大地の自然を感じさせる空気だった。
速度を落として飛んでいると、森林地帯の方が何やら騒がしく、巨木が大きく揺れて鳥と思われる生き物が数多く空に羽ばたいているのを見た。
巨木の揺れは美衣達のいる草原方面へと向かってきていて、徐々に地響きと何かの鳴き声が大きくなって美衣達のいる場所近づいてきていた。
やがて小さな動物達が森林地帯を抜け出てきて、それに続いて少し大きな恐竜達が抜け出てきた。少し大きな恐竜達が小さな動物達を捕食しようとして出てきたのかと思われたが、その後さらにもう少し大きな恐竜達が大挙して出現してきた。
しかしそれら全てが互いに捕食し合おうとしているというよりも、何かにおびえてパニック状態でただひたすら何かに逃げているように見えた。
少し大きい恐竜が森林地帯を抜け出してくると、耳をつんざく程の恐ろしい絶叫が聞こえてきて、一際大きな巨木の揺れと地響きがしたかと思ったその瞬間、凄まじい咆哮と共にそれは出現した。
これまで見てきた肉食恐竜らしい面影はあるが、その姿は恐竜というよりはもはや怪獣といったもので、基本は二足歩行なのであろうが前脚も太く大きくカギ爪も鋭く、その両手のカギ爪にはそれぞれ少し大きい恐竜が貫かれてワシ掴みになっており、悲痛な悲鳴をあげていた。
そして最も印象的なのは頭部であり、巨大な頭部の前方部分には鋭利なツノが生えていて生々しい血がしたたっており、大きな口には鋭い牙がビッシリと生えていて、口の側面からは食べ掛けの恐竜の足が何本か飛び出ていた。
それが完全に森から出てくると、それは大空を仰いだ後にさらに一際凄まじい音圧の咆哮をぶちかました。何頭かの恐竜はそれだけで失神して倒れた。
それとの距離およそ100メートル程の位置で、地上20メートル程の高度で美衣達はそれをしっかりと見据えていたが、それの咆哮で美衣達の髪の毛もたなびく程の衝撃だった。
「アハハハ!すごく元気なのがおる!」
「あれはこの辺りのいちばんだ、あれがいつづけるとここのばらんすがくずれる」
「じゃあやっつけてもいいのか!?」
「うん、あと美味しいエサを沢山食べてるから、あれはとても美味しいと思う」
「キャッホウ!」
「僕ちょっと試してみたいことがある」
「うん?何を試すんだ?」
「こないだコッペパン号のぶいあーるえいぞうで面白いチョップのえいぞうを見たからあれを試してみたい」
「そんなのがあったの!?」
「うん、美衣お姉ちゃん、お空に高く飛んでからすごいすぴーどであれに向かってきゅうこうかして僕をぶつけて欲しい」
「みさいるこうげきか?」
「うん、そんな感じ」
「うーん出来ればよいお肉のじょうたいで欲しいんだけど大丈夫か?」
「うんだいじょうぶ!うまくやる!」
「うまくやるのか!分かった!」
初がニッコリと笑顔でそう言ったので美衣はいつも通り喜んでほっぺたどうしをくっつけた。
それから美衣は上空高く高度をあげていき、初がそれくらいでいいといったところから急降下を開始した。大体400メートル程度の高さなので極超音速程の猛烈な速度は出せないが、あまり速度を上げ過ぎると貫通してせっかくの美味しいお肉の味が少し落ちるので、この高さからのスピードで十分だと初は美衣に説明していた。
美衣は極超音速は出ない代わりにほぼ無音で急降下した。もちろん太陽を背にした状態である。目標物との距離30メートルの位置で美衣は初を投下し大きなUの字を描いて上昇していった。
初は時速600キロ程に加速しており、目標物との激突時間は数秒という状況であった。最新鋭精密誘導ミサイルのように美衣の投下が完璧だったので、初はほとんど軌道修正する必要もなく目標対象物の巨大な頭のてっぺん目指して降下していた。そして激突寸前に初はVR映像で見たスペシャルなチョップの動作を開始した。
初は両方の手を顔の前で斜め十字に構えて、わざと【それ】に気づかせるように大きな声でこう言った。
「ふらいんぐ!くろす!ちょっぷ!」
【それ】は「えっ?なに?」といった感じでわずかにアゴをあげて上を見ようとした。しかし太陽が眩しいのと初が【それ】と比較してあまりにも小さいので【それ】は何も視覚認識出来なかった。そして少しアゴをあげてみたことで、頭のてっぺんではなく眉間の少し上の部分という最悪な急所を自らさらけ出す恰好になった。
初の必殺空中チョップ技、フライング・クロス・チョップはこれ以上ない程に完璧に完全に壮絶に華麗に綺麗に決まった。
この攻撃は脳への衝撃浸透打撃攻撃だったので血しぶきは全くあがらなかった。だから初がそれの頭部を貫通することも、初の上半身がそれの頭に突き刺さってめり込んで大量の血しぶきを噴水のようにまき散らすようなこともなく、実にスマートに綺麗に即死で脳死させた。だがしかし極めてエグイ描写になってしまうが【それ】の頭蓋骨の中の脳みそは凄まじい浸透衝撃波によってドロドロの・・・これ以上は記載を控える。そういうわけで【それ】は驚いたことに立ったまま絶命していた。
「うむ、みごとなしにぎわだ」と、美衣がまるでサムライ武士のように頷きながらゆっくり降下して初に近づいてきた。初は腰に片手を当ててもう片方の手を天に掲げて勝利のポーズをとっていた。身動き一つせず立ったまま絶命した【それ】の頭の上で。
美衣も【それ】の頭の上にフワリと降り立ち、初の手を取って一緒に勝利のポーズをとった。何故そこでドヤる必要があるのか正直良く分からなかったが、それまで逃げまどっていた小動物、小恐竜、中恐竜達は足を止めて、立ったまま絶命している【それ】の頭の上に立つとても小さなアリのような2つの存在を仰ぎ見た。
その2つの小さな存在は本当に小さい姿なのに、その身体から解き放たれるオーラのような生命エネルギー波はとてつもなく大きく、常に生きるか死ぬかの日常を生きる生き物達にとってはそれを可視化出来なくとも、感覚的にそれが持つ大きな力を感じ取ることが出来た。
要するにコイツらはヤベェということが身体全身で伝わったのである。しかし何故かその存在からは殺意や恐怖というものを感じず、ただただそのエネルギーに畏敬の念を抱き、絶対的な服従か従属というか、何でも言うこと聞きますから自分達を守ってくださいという意識が芽生えたのであった。すなわち神の存在をそこにいる生き物達は認識したのだ。
その後全長20メートルをゆうに超える【それ】、これまでここいら一帯の食物連鎖の頂点に立つ存在を、美衣はまるでサイズや物理法則を無視したデタラメな能力の宇宙ポケットに格納し、初と共に飛び去って行った。立ち去りがてら多くの生き物達に向かって「これでしばらくはここも平和になるだろう!諸君!達者で暮らせよ!」と、久しぶりに英雄スキルを発揮したかのような英雄っぷりで美衣は初を抱きながらドヤりつつ飛び去って行った。
飛び去って行くマメ粒のような小さな存在の後姿を見て、残された多くの生き物達はそれぞれに大きな声で叫びながら美衣と初をいつまでも見送り続けた。
ここまで凄い戦闘をしたにも関わらず、なんと戦闘時間は10分もかかっていなかった。明日の歓迎会のための美味しい食材を獲ってくると言ってから、家に戻ってくるまでトータルで結局30分程度という有り得ない程の短時間で全てのミッションを完了して美衣は戻ってきて、冴内ログハウスの前で獲ってきた巨大な獲物を宇宙ポケットから取り出して、恐ろしいまでの手際でほとんど返り血を浴びることなくスパスパと解体していった。
そこから先はいよいよ美衣シェフの本領発揮であった。