232:良く分からないもの
冴内は就寝前にあることに気が付いた。
「あっ、明日は僕が初めて富士山麓ゲートに入場した日だ。あれからもう1年が経つんだ・・・月日が経つのは早いなぁ・・・」
「洋がゲートに入ってくれたから今の私があるんだね、ありがとう洋、ゲートに入ってくれて」
「お父ちゃんがゲートに入ってくれたから今のアタイがおるのか、お父ちゃんありがとう」
「お父さんがゲートに入ってくれたから私も今の自分になれたんだね、お父さんありがとう」
「そうだったんですね、でしたら私も洋様がゲートに入ってくれたから今の私になれたんですね、洋様有難う御座います」
「お父ちゃん・・・僕のところに来てくれて、僕に名前を付けてくれてありがとう」
「冴内 洋、君のおかげで私も活動を再開することが出来た、あらゆることに無気力で無関心になって活動を停止していたのだが、今は実に有意義な日々を送っている、それも全て君がゲートに一歩踏み入れたことから始まったのだ、あらためて礼を言う、有難う」
「僕の方こそ皆に有難うだよ、これまで僕は名前の通り冴えない普通の平凡な人生を送っていたんだけど、皆と出会えたことでこれほど人生が楽しく幸せなものなのかということを知ることが出来たんだ、皆に会えて本当に良かった、皆有難う、大好き愛してるよ」
「私もよ!」
「アタイもー!」
「私もー!」
「私もです!」
「ぼくも!」
そうして幸福に包まれた中で冴内は心地よく眠りについた。そしてその夜冴内は、冴内達は全員夢を見た。同じ夢を見た。以前この宇宙に来る前に見た夢、次の日には全く覚えていなかった夢、それと同じような夢を見た。
翌朝、毎朝恒例の家族全員の腹時計アラームで目が覚めると、やはりどんな夢を見たのか覚えていなかった。何かとても大事な夢だったような気がするという点では全員一致した意見だった。
「なにか・・・良く分からないもの・・・その存在がお父ちゃんたちがこのうちゅうに来たことを知った・・・」
「えっ?良く分からないもの?・・・良く分からないもの・・・それが僕達がこの宇宙にやってきたことを知ったって?」
「うん、僕もほとんど覚えてない・・・でも多分その良く分からない何かが・・・それがきっとお父ちゃん達をこの宇宙に連れてきたんだと思う・・・」
「「「なんだってー!!」」」
「その、良く分からないものって、どんなもので、どこにいるかとか分かるかい?」
「・・・分からない・・・多分向こうもまだ、僕等のことを分からないみたい・・・どういう存在で、どこにいるのか、僕にも分からないけど、向こうもまったく何も分からないみたいだ・・・」
「・・・良く分からないもの・・・か・・・」
♪ピコーン!
「待てよ・・・でもその良く分からないものに会えれば、元の宇宙に戻れるかもしれない!」
「なるほど、さすが冴内 洋、冴えてるぞ!その良く分からないものと仮称する存在が、我々をこの宇宙に引き寄せたとするならば、その逆も出来る可能性は実に大きいと推測する」
「といっても、その良く分からないものがどんな存在で、どこにいるのかも分からないし、僕等はこの宇宙に来たばかりだから、まだまだ当分はこの星で今進めている作業をこのまま継続しよう」
「「「りょうかーい!」」」
グゥゥゥ~~~ッ!!
クゥ~~~ッ
「「「あはははは!!」」」
冴内達はどんな存在なのかもどこにいるのかも分からない仮称良く分からないもののことはいったん置いておいてまずはひっきりなしに不平不満を訴えている空腹を満たすことにした。
朝食後は各自取り掛かっている作業を再開した。
良子と初はいよいよ本格的に超高性能光演算装置の製造に取り掛かるということで、精密部品製造用工作機械がある建屋に入って行った。
冴内と優は大型ベルトコンベヤー式工作機械の製作のため、コッペパン号の作業室に入っていった。二人とも良子のような機械知識は皆無なので、全てさいごのひとの指示通りに動くだけだった。
美衣と花子は食材調達に出かけることになった。出かける前に田んぼに植える種もみの生育状況を見に行き、生育状況はまだ半分程度といったところを確認した。
食材に関しては食料格納箱を使えば無尽蔵に美味しく新鮮な食材を取り出せるのだが、この宇宙でも無尽蔵に取り出せるのかどうか冴内達には分からなかったので、もしもの場合に備えて極力使わないようにしていた。実際のところはこの星に存在する様々な食材をもっと色々食べてみたいからだった。
昨日は初が初めての狩りで獲ってきてくれた巨大ナマズをたらふく食べたので、今日は肉を食べたいということになったのだが、肉は肉でも何となく鶏肉と出来ればその卵も食べたくなった。さらに出来れば久しぶりに麺類も食べたいということで、美衣と花子は二手に分かれて花子は小麦によく似た植物の採取と、近くに生えているその他の野菜やキノコを取りに行き、美衣は空高く飛んでいき美味しそうな鳥類生物がいないか探し始めた。
花子が森の中で様々な自然群生している野菜やキノコを採取していると、時折り小さなリスのような動物や鹿のような動物がやってきて花子に擦り寄ってくることがあった。花子はその度地面に落ちてる木の実をあげたり、何かの草を食べさせたりした。
一方美衣は、はるか遠くからでも肉眼で識別できる程の大きな鳥を見つけた。両方の太く逞しい足の先には鋭利で凶悪なカギ爪があり、その爪でガッシリと大きな四つ足の動物を掴んでいた。美衣はその巨大な鳥に見つからないように高度を上げて太陽を背にして少しづつ距離を詰めていった。
巨大な鳥の後方上空から近づいていくと、地球上に生息するオオワシを何倍にも大きくしたような猛禽類のような巨鳥であることが判明した。羽を大きく広げて飛んでいる姿はまるで大型爆撃機のような迫力があった。神経質な警戒心など微塵もなく悠々と堂々と優雅に空を飛んでいた。恐らくこの辺りにはこの生物を超える天敵はおらず、この巨鳥こそがこの辺りの大空の生態系の頂点に君臨する生物なのであろう。
美衣はそのまま巨鳥の後をついていき、やがて険しい山の頂にその巨鳥の巣と思われる大きな木の枝や草が幾重にも重ねられた場所に辿り着いた。
巨鳥はゆっくりとその巣へ螺旋を描きながら上手に降下していき、最後にその巨体に似合わずフワリと優しく着地した。美衣が注意深く凝視すると巣には大きな卵が一つだけあり、巨鳥はその卵を腹の下に収まるようにして移動してから、ゆっくりと仕留めた獲物を食べ始めた。
美衣はその様子を見て左手を腰にあてて、右手の人差し指を額に当てて、頭を少し斜めに傾けて目をつぶって考えこんだ。果たして今からあの巨鳥を仕留めてもいいものか、あそこにある卵も頂戴していいものか、あの巨鳥と卵を自分達が食べてしまうことで、ここの生態系を著しく壊してしまうことにならないか、なんと美衣は自らの食に対する欲望の前にそんな殊勝で真面目なことを考えたのである。
そうして真剣に考え込んでいたところ、ふと強い殺気を感じて美衣は全方位警戒した。美衣と同じように太陽を背にした巨大な何かが巨鳥へと降下し始めたのである。
その巨大な何かは羽毛が生えておらず、その代わりにギザギザなクサビ形のウロコがビッシリと生えていた。また、そのシルエットもオオワシに似た巨鳥とはまるで異なり、翼はまるでヨーロッパの戦闘機に見られるデルタ翼形状であり、最も異なる特徴としては異様に大きな頭があった。巨鳥は足のカギ爪が武器であるのに対して、その巨大な何かは巨大な頭部から覗く鋭くビッシリ生えた歯が武器のようだった。それを証明するかのように顎の周りの筋肉も異様に発達しているようだった。
その様子を見た美衣はすかさず「危ない!」と大声をあげた。