229:米を作ろう
その後もひたすらベルトコンベヤーに採取してきた溶岩石を乗せては、作り出されたベリリウムの延べ棒と六角形のブロックタイルを貨物室に運ぶという肉体労働が続いた。
ようやく全ての溶岩石を乗せ終えて、製作されたベリリウムの延べ棒と六角形タイルを全て貨物室へと運搬し終えると、冴内と初のお腹虫が盛大に不平を漏らして空腹を訴えかけたので、冴内は初めを抱っこして家に戻ることにした。
丁度夕方になろうとしていた頃合いで、家のドアを開けて中に入ると凄く美味しそうな匂いが鼻腔を通過して脳に直撃してきた。これにはたまらず二人のお腹虫がさらに一層盛大にグゥグゥと大合唱する有様だった。
ダイニングに入ると大きな寸胴鍋に大量に煮込んだ巨大トカゲの肉とゴロゴロ野菜が煮込まれたシチューが運ばれてきた。味はホワイトシチューではなくビーフシチューの方に似た味付けのようだった。
花子が作ったパンも沢山運ばれてきた。この近くで自然に群生していた麦に良く似た植物から作ったとのことで、石臼で引いたのではなく花子の凄まじい腕力で両手の手のひらで直接小麦をすりつぶして小麦粉を作ったとのことだった。
地球上で工場生産される小麦粉は美味しさと白くてふんわりとした食感の上品なパンになるように、小麦の表皮を取り除き胚乳部分だけを取り出して小麦粉を作っていくが、そうした製粉機械がなく花子の手作りなので表皮ごとすりつぶした粉を用いた。この場合パンはごわごわして食感もあまり良くないのだが、その代わり食物繊維とビタミンは豊富に摂取出来るので健康には非常に良かった。
しかしながら花子が作ったパンは確かに上品な白パンとは違う茶色い見た目のパンであったが、決してゴワゴワした硬いものではなくモッチリとした食感で、素朴な味わいとかすかにほんのりとした甘みがあって、地球の工場で大量生産されるパンとは違った独特の美味しさがあった。それはまさに大地の恵みがもたらした美味しさだった。
どことなくフランスパンのような感じで表面は若干硬いが、逆にこれが美衣の作ったビーフシチューならぬ巨大トカゲ肉シチューに実に良く合った。シチューに浸して食べれば表面の硬さは気にならず、むしろ汁を良く吸って非常に美味であった。
その巨大トカゲ肉のシチューがこれまた絶品で、柔らかく煮込まれた肉に様々な野菜の旨みが沁み込み一口噛んだ瞬間に煮汁と肉汁が混ざり合い絶妙な旨みを醸し出していた。恐らく野菜だけでなく何かしらのフルーツも一緒に煮込んだものと思われた。
美衣が寸胴鍋で作ったのは大正解で、みるみるうちに巨大トカゲ肉シチューはなくなっていった。花子の自然小麦パンもどんどんなくなっていき、結局寸胴鍋3杯分もおかわりし、パンも何十個食べたか分からない位おかわりした。
初も含めて全員のお腹が久しぶりに妊婦のようになって、家族全員で樽の様なお腹を見せあって大笑いした。
食後ゆっくりと食休みをとり、家族全員でお風呂に入り、入浴後は軽くフルーツを食べて就寝した。
翌朝盛大に米と納豆を食べた後、美衣は優が作った田んぼで第3農業地から持ってきた米に負けない程の米を作れないかさいごのひとに相談すると、この星のどこかに自然群生している稲のサンプルを採取し、コッペパン号の作業室にあるベルトコンベヤー装置にてゲノム解析を行い、第3農業地の米と遺伝融合させれば理論上可能だろうということを教えてもらい、美衣は鼻息を荒くして喜び早速稲が自然群生している場所に向かおうとした。
またしても初が美衣の袖を掴んである方角を指し示したので、美衣は初を抱いて「行ってくる!」と言うやいなや電磁カタパルトで射出された艦上戦闘機のようにぶっ飛んでいった。胸に抱いた初のことなどおかまいなしの殺人的加速だった。
美衣は最初からマッハ10を超える極超音速で飛翔して、凄まじい空気を切り裂く轟音と一直線に伸びる飛行機雲、まさに美しいコントレールを青空に描きながら飛んでいった。
10分程飛行して2千キロ以上も離れた場所に到達すると見渡す限り大湿地帯といった場所が目に飛び込んできた。初が指を指したので美衣は速度を落として初の指さす方へと向かって行った。するとまさに水田のような場所があり、地球の稲に似た植物が大量に群生していた。
足元は水が張られており恐らくその下はぬかるんだ泥だというのが見て取れたので美衣は宙に浮かんだまま稲の周りを浮遊した。
「美味しそうな稲があったら取ってくれる?」
「分かった・・・あっち」
美衣は初の指さす方向に近付くと「これがいい」と初が言った場所で停止し、初は稲を取ると美衣の宇宙ポケットの中にしまった。その後も15分程それを繰り返して戻ることにした。
美衣が高度を上げるとふと視界前方に気になるものを見つけた。ちょうど稲の群生が途切れた辺りで水量が多く池になっている箇所でかなり大きな何かがクネクネと動いていたのである。
「あれは・・・あっ!ウナギだ!ウナギがおる!」
「うなぎ?」
「うん!ウナギのかば焼きは凄く美味しいんだよ!初、ちょっとここで空に浮かんでいてくれる?」
「分かった」
「じゃあお姉ちゃんウナギとってくる!」
美衣は初を宙に浮かせて、ウナギへと向かって行った。
美衣はウナギの背後から低空飛行で自分の影を映さないようにしながら近づいていった。こうしたことは誰からも教わっていないはずなのだが、というより誰もそんなこと教えるわけもないのだが、まさにハンターのようにそっと忍び寄っていった。
恐らく天敵がいないせいだと思われるがウナギは悠々と規則的な軌跡を描いて進んでいたので、ウナギの進行方向は容易に予測出来た。
美衣はここだというタイミングで一気に速度を0から100パーセントにあげ、ほとんど瞬間移動にも近しい程の様子でウナギの頭を貫いた。まるで美衣そのものが槍というか弓矢の矢だった。
全てが一瞬の出来事で、そのまま美衣は急浮上すると10メートルはありそうな巨大なウナギが宙ぶらりんの状態で全容を現した。早速美衣は宇宙ポケットの中に巨大ウナギをしまいこんで、突然何を思ったのかその場で猛烈に縦回転と横回転を繰り返し、かと思ったら今度は急上昇と急降下を繰り返した。水で濡れた服を脱水して乾かしているのだった。
ちなみに着水してから巨大ウナギを仕留めるのに要した時間は1秒以下という文字通りの瞬殺で、一瞬で頭を貫いて仕留めたため巨大ウナギもほとんど暴れることもなかったので泥汚れはなく、ただ綺麗な水に濡れただけであったので、汚れも臭いもなく自ら脱水するだけで良かった。
服が乾いてしかも前より綺麗になったので、初を抱いて家に戻った。
家に到着した美衣は早速コッペパン号の作業室に行って、良子がいなかったのでベルトコンベヤーに先ほど取ってきた稲と第3農業地からもらった米を一掴み乗せた。
ワクワクしながらベルトコンベヤーの中央部にある大きな箱のような装置のところで待っていると、いつものようにチーンという音と共に黄金のように光り輝く稲が出てきた。
そのままの状態の稲を取り、素手で軽くしごいて粗く精米した米を取り出し、美衣は口に放り込んで目をつぶって咀嚼しゴクリと飲み込んだ。初はその様子を興味深く見ていたが、その後美衣は足を開き左手を腰に当て右手のチョップを垂直に高くまっすぐビシッと突き上げて勝ち誇った表情で「これはいいものだ!」と宣言した。振り返ると初も嬉しそうにニコニコしていたので、やはりいつも通り美衣は初を抱きしめて互いのほっぺたをくっつけた。
その後全ての採取した稲を品種改良変換して、出来た稲からまずは種もみを作ることにした。この辺りの作業工程は何度も第3農業地に通っていたのと、何よりも大好物の米のことなので最大限の好奇心で学習済みだったのだ。種もみが育って田植えが出来るようになるのと、優が前日作った田んぼがいい状態になるのに数日かかるので、米作りはいったん一休みとなったので、午後は宇宙望遠鏡の製作を再開することにした。
当然お昼ご飯はウナギのかば焼きを乗せたうな重だった。全員大喜びだったが、冴内は一際大喜びだった。巨大ウナギは10メートル程もあったのだが、あっという間に全部平らげてしまった。
ものすごいスタミナがついたので、午後は全員ハッスルして作業がはかどった。途中美衣も良子も気付かないところで、冴内と優はどこかに飛んで行って数時間程戻ってこなかったが、帰りに野菜や山菜やキノコを持って帰ってきたので美衣も良子も二人で食糧調達と夫婦のスキンシップに励んできたのだろうと神妙な顔で納得した。