228:ハジメチョップ
空気を切り裂きソニックブームをまき散らす程の極超音速で飛んでいるにもかかわらず初はまったく平気な様子だった。
7分程経過したあたりで初が手と指を伸ばして行くべき方角を指し示した。
その方角の先を見てみると何やら煙が立ち昇る険しい山があり、まさしくお目当ての火山地帯だと分かった。
美衣は速度を落として火山に近付いていくと初はさらに前方右斜め下の位置を指し示した。
よく見るとマグマの溶岩流が流れた跡と思しき溝があり火山岩がそこら中にゴロゴロあった。
美衣が適当な場所に着陸すると足元はかなり暖かかったが焼け焦げる程ではなく、マグマもないようなので抱いていた初をそっと降ろした。
初は首を左右に振って周りを見ると、5メートル程もある溶岩石に近づいていった。美衣も初の後をついて行って見守っていた。
初がお目当ての溶岩石の前に到着すると、右手を高く掲げて指を綺麗に揃えて構え始めた。
美衣が目を見張ったその瞬間、初は美しいスイングで見事なチョップを一閃した。
シュンッ!という澄んだ音がしたかと思ったらすかさずキィンッ!という硬質で響き渡る音がして、溶岩石は真っ二つに割れた。その断面はまるで鏡のようにツルツルピカピカだった。
恐らく片方でも1トン近い重量だと思われる溶岩石を初はまったく重さを感じさせない様子で軽々と持ち上げて美衣に渡した。
「初はやっぱりお父ちゃんの息子だ!見事なチョップだった!」と、1トン近い溶岩石をやはり軽々と片手で持ちあげて宇宙ポケットの中にしまいながら美衣はそう言った。
「冴内 洋・・・お父ちゃんはもっと上手だった。この岩の5倍くらい大きな岩を割っても岩は動かなかった」
「そうだったんだ!うん、チョップはお父ちゃんが一番上手だ!だからお父ちゃんなんだ!」
コクリと頷きながら初はもう片方の溶岩石を美衣に渡して、美衣は宇宙ポケットの中にしまった。
それ以後も初は「あの岩がいい」と指し示しながら溶岩の岩をどんどん割っていった。美衣も初の指示に従って岩を割っていった。
美衣は初の強さが十分分かったので、ある程度距離をとってそれぞれ溶岩石を採取していたが、ふと美衣が振り向くと初の周りに巨大なトカゲの群れが近づいているのに気が付いた。
ギョッとした美衣はまさに瞬間移動のごとく、急加速で初のところまで向かったが、巨大なトカゲ達は初のすぐ側にいても初を避けるようにして、溶岩石を食べていた。
ホッとしながら初の側にまでたどり着くと巨大なトカゲ達はシューシューと威嚇と思しき音をたてはじめ、一気に美衣だけに向かってきた。
やむを得ず美衣は片っ端から脳天チョップを食らわしたが、まったくひるむことなく大きな口を開けて美衣を捕食しようとしてきたので、さらにやむを得ず美衣は殺人脳天チョップ、いや、殺トカゲ脳天チョップを叩きつけて一撃で即死させていった。
3匹程即死させたところでようやく巨大なトカゲ達は逃げていった。
美衣が初に「このトカゲ、もしかして初のお友達だった?」と尋ねたところ、初は首を横に振った。
美衣は「そうか、美味しいといいなぁ」と言いながら倒したトカゲも宇宙ポケットの中にしまっていった。
そうして30分程溶岩石を採取したので、美衣と初は戻ることにした。
「初も空飛べるのか?」
「まだ美衣お姉ちゃんみたいに速く飛べない」
「分かった、じゃあ帰りも抱っこする」
「うん」
初がニッコリ笑ったので、やっぱり美衣はたまらず初を抱きしめて初のほっぺたに自分のほっぺたをくっつけてからゆっくりと飛行していった。
美衣は戻るなりまずトカゲの肉の味を確かめるべくキッチンに向かい、トカゲを取り出して太い尻尾を切り落とすと、尻尾の付け根付近を少しだけ切り取って一口味見してみた。
美衣は目を大きく見開いて、もうひとくち口にするとチョップを天に高く掲げてガッツポーズならぬチョップポーズをとって喜んだ。
後ろについてきていた初にも一口食べさせるとニッコリ微笑んで美衣のマネをしてチョップを掲げたので、またしても美衣はたまらず初を抱きしめてお互いのほっぺたをくっつけた。
美衣は料理をしようか、採取した溶岩石の加工作業をしようか悩んでいると、初が溶岩石の加工は自分がやると言い出した。基本的にはコッペパン号の作業室に運んでベルトコンベヤーに乗せるだけなので溶岩石を運べる腕力だけがあれば良く、既に初の腕力は分かっているので美衣は初に溶岩石の加工をお願いすることにした。
「その代わりアタイがトカゲ肉で美味しい料理を作ってあげるね!」
美衣はいったん家の外に出て宇宙ポケットから採取した溶岩石を全て取り出した。
「わぁいっぱい採取してきたね、それ全部溶岩の石なのかい?」
「そうだよ!初が教えてくれたんだよ!初はチョップも見事だったよ!」
「えっ?初チョップ出来るの?」
初はコクリと頷いて、最初に割った大きな溶岩石をさらに細かくチョップで割った。
「うわっ!スゴイ!石がまるで豆腐みたいだ!」
さらに初は自分の身体の倍以上もある石を軽々と重さをまったく感じさせない所作で持ち上げてコッペパン号に向かって歩いて行った。
冴内も一つ持ち抱えて初の後をついていくと、初はちゃんとコッペパン号の中にある作業室まで迷うことなく入って行った。
作業室にあるベルトコンベヤー式作業機械の前には良子がいて、足が生えた大きな溶岩石が良子に近付いてくるように見えたので一瞬ギョッとしたが初が持ち抱えているのが分かるとさらに驚いた。
「わっ!スゴイね初!そんなに大きくて重いもの一人で持てるんだ!」
「初はチョップもすごいんだよ!この石は初がチョップで割ったんだ!」と、さっきよりも長い足が生えた溶岩石が歩きながら良子に語りかけた。
「そうなんだ!さすがお父さんの息子だね!」
「良子お姉ちゃん、べるとこんべあきかい使ってもいい?」足の短い方の溶岩石が良子に尋ねた。
「うん!いいよ!ちょっと待ってね、今私の荷物どけるね!」
良子が光演算装置を作るための精密部品製作機械のさらにそれを作るための一部パーツを丁寧に運んで「もう大丈夫だよ!」と言いながら作業室から退出していった。
初は良子に礼を言った後、ベルトコンベヤーの端にそっと静かに溶岩石を置いたがブザー音がして音声ガイドから優しく『少し大きくて装置の中に入らないようですよ』と教えてもらったので、さらに細かくチョップで割って再度ベルトコンベヤーに乗せると今度は溶岩石はベルトコンベヤーの中央にある大きな箱のような装置の中に入って行った。
初は興味津々で装置を見続けたが装置からは何も出てこないので、もう一度ベルトコンベヤーの端に移動してさらに溶岩石を乗せた。そしてもう一度中央の装置に移動してみたがやはりまだ何も出てこなかった。ベルトコンベヤーはまだ移動し続けているので初はまたベルトコンベヤーの端に移動して、今度はベルトコンベヤーが停止するまで次々と溶岩石を乗せていった。冴内も自分が持ってきた分を細かく割って初に渡した。
次々と溶岩の石をベルトコンベヤーに乗せていくとやがてベルトコンベヤーは停止したので、初と冴内はベルトコンベヤーの中央にある装置に向かっていき箱を見続けた。
すると電子レンジのチーンというような音がして大きな箱のような装置の出口から金属の延べ棒が出てきて、その後は薄く平に整形された六角形のブロックタイルが次々と出てきた。
初が金属の延べ棒を手にすると、さいごのひとの立体ホログラムが出てきて「それはベリリウムだ、しかも非常に純度が高くて良質だ」と言った。
さらに次々と出てくる六角形のタイルを冴内が重ねて整理していると「それは宇宙望遠鏡の反射鏡のパネル部品になる、20段以上は重ねないでくれ、自重で割れる可能性があるのと、僅かな歪みも大きな誤差になるのだ」とさいごのひとが指摘してくれたので冴内は分かったと答えて5枚ほど重ねては丁寧に横にどかしていった。初も手伝って5枚重ねのブロックタイルを貨物室へと運んでいった。
まだ3歳児くらいにしか見えない初の働く後姿を見て冴内は破顔する程の満面の笑みで、後で思いっきり抱きしめたいと心に誓ったのであった。