225:さいしょのほし
音声ガイドの試算通りコッペパン号は2日後にこの宇宙で初めて訪れる惑星に到着した。地球よりも若干緑がかった色合いだが、海と緑豊かな惑星で砂漠地帯がほとんどないようだった。
まずは惑星の外周を一周り見回してみたが、人工的な建造物は一切なく、コッペパン号の高性能アンテナなどの探知機にも、美衣や良子や優の高性能直観力探知機でもヒトのような知的生命体の存在は全く感知されなかった。
一通り大気圏外からの探索を終え、外気温が23度程度の湖と森林が近い穏やかな草原を着陸地点にして、コッペパン号はこの星に降り立った。
既に酸素濃度などの大気成分は解析されており、地球とほとんど同じというよりも、地球上でも自然豊かで空気が美味しいと言われるような場所を凌ぐレベルだった。その理由は一切の人工物がないためで自然そのものが全く汚染されていなかったからであった。
早速冴内達は船外に出て各自自由に空を飛び回り辺りを探索し始めた。ちなみに花子も自由に空を飛んでいた。特に足からロケット噴射したり背中にどこからか出現した羽とロケットで飛んでいるのではなく飛行形態に変形するでもなくそのままの姿で音もなく空を飛んでいた。恐らく重力制御の類であろう。
美衣はまず湖に向かい、そのままの姿で急降下して湖に魚雷のように着水して潜っていった。恐らく美味しそうな魚を探しているのだろう。
良子は高度上空に留まりゆっくり水平に回転しながら当たりの状況を物凄い集中力で観察分析していた。
花子は円を描きながら地上を分析していた。目が明るく光り輝いており何かしらのサーチング機能を働かせているようだった。
優は森林地帯上空を低飛行していた。恐らく果物や食べられそうな植物を探しているようだった。
冴内はこの場所でも自分の能力が通用するのか試してみることにした。まずは高高度まで上昇して冴内太陽になれるかどうか試してみたところ、これまで同様に冴内太陽になることが出来たので、そのまま太陽粒子を放出して「まぁまぁ速いくらい」のスピードで星を一周してみた。大体3分くらいで一周し終えた。
次にチョップの威力を試そうと思い立ち、岩山が多くある渓谷に行き直径およそ25メートル程の巨大な岩石に向かって「まぁまぁ強いくらい」の力加減でほぼノーモーションで軽く振り下ろしたところ断面が鏡のようになるくらい見事に真っ二つに切断した。割ったのではなく切ったのである。あまりにも自然に優しく切断したものだから真っ二つに別れた岩石はわずかに左右に傾いただけでその場に留まっていた。
この宇宙でもこのトンデモ能力は引き継がれていることを確認出来たので冴内は安心して、皆の元に帰ろうとした。しかし冴内は最初から何か少しだけ違和感を感じていた。なんとなく視線を感じていたのである。恐らく森の奥などから野生動物などに見られていることもあるだろうとは思っていたが何か意図をもって観察されているような雰囲気を感じていたのである。
とはいえ、いくら見渡してもそれらしい存在はなく、しかも何かしらの敵意とか脅威のようなマイナスの気配ではなく、ただ静かに観察されているようなものだったので冴内は捜査することもなく放っておいた。ここまで時間にして10分程度で、冴内はコッペパン号の元に戻っていった。
コッペパン号周辺では森林と湖の中間地点あたりの草原が既に整地されていて、ここに来るまでに宇宙空間で採取した隕石からコッペパン号の作業室にある例のベルトコンベヤー装置にて生成された白く美しい石畳が綺麗に敷き詰められており、その上ににはテーブルとキッチン一式が設置されていた。
設置されているテーブルは残念ながら例の通信装置付きのテーブルではない普通の食卓用テーブルだったが、仮に通信装置付きのテーブルを持ってきていたとしてもここは別宇宙なので、単なるテーブルの役割にしかならないので特に問題なかった。ちなみに通信装置付きのテーブルは今もみんなのほしのホールケーキセンターの前に置きっぱなしである。
キッチンには既に優も美衣も花子もいて、各々料理支度をしていた。良子の所在を聞くとコッペパン号の作業室にて光演算装置を作成するための精密作業機械を作っているとのことだった。さすがにいきなり光演算装置を作ることは出来ないので、その前に演算装置を作るための機械を作るのだそうだ。
キッチンを見てみると、地球のマス科っぽい見た目の2メートル程はありそうな大きな魚と、やはり地球のネギに似た匂いのする野菜や赤く丸い野菜と紫色のひょうたん型の野菜などが色々と調理台の上に置かれていた。
美衣がマスもどきをチョップで器用に綺麗に見事に3枚おろしにすると、ピンク色にほんのり白い脂身のさしが入ったなんとも食欲をそそるトロサーモンのような切り身が出来上がった。美衣は軽く端っこの方を切り落とし、一口味見をするとその場で空中5回転程してその美味しさを身体で表現した。
次に優が様々な自然野菜をカットしたり刻んだりして見た目と味を確認していった。赤く丸いものはトマトそっくりで、味についても似てはいるが酸味の中にある甘さが地球のものよりも強く美味しかった。紫色のひょうたん型の野菜もまさに地球のなすびそのもので大きさだけが地球の5倍くらいの大きさだった。他にも青ネギや玉ネギのようなものを刻んだり、ニンジンやジャガイモのような根菜をカットしては口に入れて味を確かめていた。満足げに頷く様子からどれも美味しいのだということが冴内にも分かった。
花子はパン生地をこねていた。パンの元は美衣の宇宙ポケットの中にある食料格納箱のうちの一つに格納されていた地球の小麦に似た粉を使っていた。
冴内も同じく宇宙ポケットの中から米を取り出してもらい、米研ぎをし始めることにした。
各々1時間程調理作業をおこない、花子のパンは発酵に時間がかかるので、米を主食に魚と野菜の付け合わせで昼食をとることにした。良いタイミングで良子も腹時計を盛大に鳴らしながらやってきた。
食卓にはマスもどきの大トロ寿司と、野菜が盛り付けられたマスもどきムニエルと、マスもどきの巨大な頭の兜焼きがあった。フレッシュ野菜サラダにはマッシュポテトも添えられていた。
どの食材も大変に美味で、冴内達は大満足で全て残すことなく食べ尽した。ちなみに全く毒見も成分検査もせずいきなり何の警戒感もなく食べた。生のまま食べたマスもどきに人体に良くない寄生虫がいるかもしれないなどという不安も、実は人間には猛毒な成分が含まれているかもしれない自然野菜も何の躊躇もなく食べた。
その辺りは試練の門で毎日のように食中毒を起こしながら様々な植物を口にして自らの身体で調べて鍛えられた冴内達には何の問題もなかった。既に地球人類代表の冴内も体内に有害なものが入り込んでも全て無効にして栄養源にしてしまう程の身体になっているのだった。本人は全く気付いてもいなければ気にもしていなかったが・・・
午後は良子を除いて全員で家づくりを開始した。といってもほとんどさいごのひとの設計図面と美衣の万能チョップ能力頼りによるとことろが大きく、冴内と優はもっぱら近くの森林から木の伐採と運搬を行い、花子はコッペパン号の作業室に行って良子の作業の合い間に取り付け金具やドアノブなどの製作に例のベルトコンベアー機械を借りて製造し、出来た部品を運んでいった。
思った以上に木材が頑丈なのと地盤と地質調査の結果地震の発生確率は極めて低いという結果が出たため、ブレース構造ではなくラーメン構造による建築で良いということになり開放感あふれる間取りの広々とした木材家屋が出来上がっていった。
さいごのひとは日本の屋根瓦というものに感心していたので隕石資源を元に屋根瓦を製造して、森林地帯の木から出ている樹液から防水液を製造して屋根の下地に塗布してその上に屋根瓦を設置していった。大工シーカーの宮には及ばないが、それでも見事な木材家屋が出来上がっていった。
夕方近くになったのでその日の作業を終えて皆で夕食をとり、風呂に入って疲れを癒し、近くで採取した甘い果物を食べてまったりとした後で冴内達はまだ未完成の家で就寝した。
未完成なので窓ガラスやトイレなどの衛生設備がなかったが、雨も降らず虫も入ってこないのでむしろ外の空気を取り入れて快適に眠ることが出来た。
そして冴内はその夜、夢を見た・・・