22:クマとハチ
良野さんが杖であっちの方角にいるというので、指し示された方角の林に向かって「早歩きで」向かった。以前の林と違っていかにも鬱蒼とした林で薮も多く正直入るのがためらわれた。
イノシシや熊以前にそもそもダニとかヒルとか毒虫、毒草とか大丈夫なんだろうかと、すごく不安に襲われる。しかし男子たるもの良野さんや木下さんの前で薮の中が怖くて入れません、なんて言うわけにもいかない。せめて虫よけスプレーでも持ってくれば良かったと後悔しつつ、薮が少なさそうなところから恐る恐る入林した。
林の中に入ると日の光が少なくなり辺りはうっすら暗くなる。五感を研ぎ澄まして目、鼻、耳、肌で感じとるイメージで自分の周りを感じるんだと念じてみたところ、携帯端末が震えたのですごく驚いてしまった。
通話をオンにすると良野さんが「そのまま真っ直ぐ50メートル先にイノシシが2匹」と言ってすぐ通話が切れた。
良野さんに言われた通り50メートル進むとイノシシが2匹いた。1匹はかなり大きくて最大サイズ更新の大きさだ。そして牙がかなりヤバイ、大きさもだけど先端の尖り具合が凶悪だ。
足場も悪いし2匹いるしこれはいつものように横に体裁き出来ないぞと判断。ならば被弾する前に正面から向かい打つのみと決心し、足元に注意しながらも静かに距離を詰めていった。
相手は一応野生動物なので普通ならば匂いや音、空気の微妙な揺れなどで人間が察知する前に人の存在に気付くはずなのだが、なぜか2匹のイノシシは自分に気付かない。完全に自分の姿を現してようやくイノシシは顔を上げて自分を見た。距離にしてなんと10メートルもない。
2匹ともすごく驚いた様子でブモォォォ!と雄たけびなのか恐怖による叫びなのか分からないがすぐに突進してきた。
いつもはこちらを見てブルブルと身体を震わせてから一気にスピードアップしてくるが、完全に虚を突かれたせいなのか、どことなく浮ついた感じでやみくもに突進してきたように感じた。
そのせいか分からないが自分は何の感情もなくただ機械的にここだというタイミングで手を垂直に振り下ろした。自分でもまるで手品かと思う程あっけなく1匹目は消滅。続けて2匹目が迫ってくるがそちらに身体を向けてもう一閃、いよいよ何の手ごたえも感じぬまま2匹目も消滅。
後には肉と牙のカケラが落ちていた。牙のカケラは5センチ程もあって初めて見る大きさだった。
そしたら携帯が震えたので通知をオンにするとまたしても良野さんから「右手方向300メートル先の距離に熊とハチ」と言ったきりすぐ切れた。
とりあえず落とし物をリュックに入れて、右手方向に向かうことにした。なるべく薮を避けながら歩いていると日の光が明るく差し込んでいるスポットが目にはいった。
目を凝らして見ると大きな巨木の下で、体長3メートルはありそうな熊が直立しており、何かと戦っている。
歩調を落としその何かをもっとよく見ようと近づいてみると巨大なハチが熊と戦っていた・・・
正直なところ回れ右して見なかったことにしたいが、先ほどからの携帯通知で良野さんにずっと見られてる気がして、ここで弱音を見せれば男がすたると、我ながらいつの時代の男子だとツッコミを入れながら戦略を練る。
どうにもあの巨大なハチのヴィジュアルが生理的に無理なので、恐らく熊の方が強いだろうから熊がハチを倒したら熊に向かおうと判断した。
しばらく見守っていると熊の爪がハチをとらえハチが地面に叩きつけられた。熊はそのままハチの頭にガブリとかじりつき、ハチは消滅することなく絶命。次に熊はハチの腹を両手で抱えハチの足を舐め始めた。
熊の気持ちなど自分には分かりようもないが、なんとなく凄く嬉しそうに恍惚の表情で一心不乱にハチの足を舐めているように見えた。恐らく花粉の蜜がハチの足に付着していたのだろう。
それを見ながらまたしても自分は冷静に足元を確認しながらごく自然に一切の殺意を発しないよう意識して熊の背中側に回り込んで近づいていった。
熊はまだ夢中にハチの足を舐めており全くこちらに気付く様子もない。熊は座り込んで両手でハチの足を舐め続けている。
恐ろしいことに手を伸ばせば触れることが出来る位置まで来ているのにまだ熊は気付かない。せめて至福の状態のままあの世に送ってやろうと思いつつ熊の後頭部に向けて手を振りかざした。振り落とした手が熊の頭に届こうとしたとき熊はこちらに振り向いた。とても幸せそうな顔に見えた気がしたがすぐに熊は煙となって消滅した。なんというか少し愛嬌のある顔をしていたような気がする。
ハチの残骸は何故か消滅せずそのまま残り、熊の方はいつも通り消滅した。そして熊肉と大きな爪が落ちていた。
そこでまたしても携帯が震えだした。通知オンにすると良野さんが「ハチいっぱい、気を付けて!」と言ってすぐ切れた・・・




