165:ヌタヌタリベンジ
翌朝、一ヶ月ぶりにVRゲームを再開した。例のヌタヌタウナギトカゲの尾ひれと涙を10個集めるクエストがまだ未完了のままなので早速冴内達はヌタヌタウナギトカゲにリベンジすることになった。
前回と違って今回は走ったりジャンプすることが出来るので明らかに有利な展開になったのだが、それでもちょっと運動神経が良い普通の人間レベルといったところで、1G重力下の本来の冴内達の動きに比べればこれでも止まっているかのような速度であった。
ヌタヌタウナギトカゲは冴内達を発見すると、ワラワラとヌタヌタと近づいてきた。その数8匹。
「アタイがやってみる!くらえ!水平チョップ!」
ズバァァッ!ヌタヌタヌタァッ!
ボヒュボヒュボヒュンッ!
3匹は消滅したが5匹にかわされた。しかしすぐに残りのメンバーで各個撃破に成功した。
「やった!しゅぎょうのこうかがあった!」
「そうだね!これくらいが丁度良いゲームバランスだと思う!」
念のため繰り替えすが、今、冴内達のステータスは千分の一にまで弱体化設定されている。
「さてお目当てのものは落としてくれたかな?」
「えっと、お肉が6つと・・・あっ!尾ひれが2つあったよ!」
「おっ!結構ドロップ率悪くないんだね」
「でも涙はどうやったら落としてくれるのかしら」
「かなしいきもちになると泣くんだ!お腹がすいたとか!」
「悲しい気持ちかぁ・・・うーん・・・」
「あっ!父ちゃんあっちにたくさんおる!」
「ん?あっホントだ!すごく沢山いる!」
大体30匹程がヌタヌタと固まっていた。生理的に苦手な人にはとても受け入れられないヴィジュアルだったことだろう。
「とりあえず倒しているうちに何か思いつた事をそれぞれ試してみよう!」
「「「ラジャー!」」」
第44調査船団の精鋭先遣隊の7割を重傷者にさせたヌタヌタウナギトカゲ30匹に対して2人の少女を含めた4人が挑むという特攻というよりは自殺行為といっても良い光景が展開されていった。
ちなみに精鋭先遣隊の当時の装備は超高性能金属製の戦闘用パワードスーツを着込んで、武装も相当な火力の重武装をしていたのだが、冴内達は以前道明寺に作ってもらった見た目がちょっとイケてる防護服のみである。良子に至っては白いワンピースだった。さらに優の二刀流の光の剣以外は全員素手による徒手空拳である。
そこからはある意味残虐ショーの始まりだった。
まず美衣は片っ端からヌタヌタウナギトカゲの胃の辺りをアイアンクローで握りつぶしていった。美衣の考えではお腹がすいて悲しくなるかなと考えての行動だった。
次に良子は同じくアイアンクローでヌタヌタウナギトカゲの首を掴んで顔に往復ビンタを食らわしていた。ヌタヌタウナギトカゲは身体の表面がヌタヌタした強酸性の猛毒の粘液で覆われているのだがそんなのお構いなしで重力制御なしの凄まじい握力で滑らないようにほぼ首を握りつぶす程にガッチリ固定してひたすら往復ビンタしていた。
良子はライトサーベルは使わずレイピアを鞘に入れたまま手当たり次第ヌタヌタウナギトカゲの頭をボカスカ叩いていた。まるでもぐら叩きゲームのように手当たり次第頭をボカスカ叩いていた。
冴内は両手のモンゴリアンチョップで顔を両サイドから何度もプレスしていた。その際ヌタヌタウナギトカゲの顔は落花生かひょうたんのように8の字に変形していた。
『いくらその・・・忌むべき危険対象物とはいえ、なんといいますか・・・』
「うむ・・・なんとも目を背けたくなる程に凶悪な攻撃だ・・・」
「あっ!涙だ!涙が出たよ!お父さん!」
「アタイのもでた!」
「私も出たわよ!洋!」
「うん!僕のはボロボロ出てるよ!」
『む・・・むごいですね・・・』
「なんとも言葉がない・・・」
開始から1時間程で尾ひれも涙も沢山集まった。
♪パララララーン♪
『お・・・おめでとうございます!クエスト完了です!』
「やった!くえすとくりあだ!ごほうびおくれ!」
『クエスト完了ボーナスはヌタヌタエキスです!これを身体に塗るとお肌はツルツルピカピカ!そしてこれから挑む極寒の地に向かうのに必須のアイテムで、抜群の保温と保湿効果がありますよ!』
「なんだ、ウマイものじゃないのか・・・」
「あら!美容にいいのね!」
「お父さん達と初めて出会った時みたいな肌荒れの防止になるのならいいな!」
「ほかにはなにかないの?」
『経験値が大幅にアップしたのですが、皆さんのステータスが千分の一までに大幅に下げられているのであまり気が付かないかもしれませんね・・・』
「アタイ、ウマイものがよかったなぁ・・・」
冴内達は早速この先に進むために必要だという防寒保湿効果のあるヌタヌタエキスを肌が露出している箇所に塗った。
準備が終了すると、例の矢印が空間に現れたので冴内達はその矢印従って先に進んで行った。
程なくして険しい山が眼前に現れた。まるで意に介さずサクサク登っていくと、それまでムッとした空気が冷たく乾燥し始めてきた。
登山途中の道端に地球上の野イチゴのようなものが目に留まり近づくと矢印が表示された。?マークの表示じゃなかったので食べて見ると程よい酸味と甘さで美味しく良い気分になった。美衣も良子も気に入ったようで目につく範囲を手あたり次第にバクバク食べていった。
しかし食べているのはあくまでも仮想現実空間での出来事なので、昼頃になると冴内達は盛大に腹時計が鳴り始めた。音声ガイドがゲーム中断を提案する必要は全くなかった。
冴内達はゲームを中断して昼食をとった。ひたすら激しく動き続ける鬼ごっこの時と違って、1時間ごとに空腹でガス欠になることはなかった。それでもお腹が樽のようになるまでたらふく食べて、食休みを十分にとった後、冴内達はゲームを再会した。
ゲーム再開で登山を続けていくと、山道は徐々に険しくなっていき、いよいよ垂直に近い断崖になっていったのだが、冴内達は何の問題もなくサクサク進んでいった。冴内と美衣はチョップを突き刺して登っていき、優と良子はアイアンクローで5本の指を突き刺して登っていった。
『こんな登山をする人型種族、初めて見ました』
「確かに・・・それでも律儀に重力制御を使わずにプレーしているのは見上げたものだ」
断崖絶壁をひたすら5時間近く登り続けた冴内達はやがて山頂まであと少しというところにある浅い窪みで休むことにした。その窪みは地面が平らで奥行は5メートル程あったので雨風が防げそうだった。
「いったんゲームを中断して食事にしようか」
「さんせい!」
「私も賛成!」
「そうね、お腹空いたものね!」
冴内達はいったんゲームを中断し夕食の準備に取り掛かった。美衣が宇宙ポケットに手を突っ込み、うなぎ食べたい!と言ったところうなぎの切り身が出てきた。本当にうなぎなんだろうか?と冴内は半信半疑だったが、優がいつの間に覚えたんだという鮮やかな手つきで見事にうなぎの蒲焼を作った。
普通老舗の名店には何十年にも渡って熟成し続けた秘伝のタレというものがあるのだが、そんなものなどないはずなのに冴内は生涯食べてきたうなぎの蒲焼の中でも最高に美味しいうな重を食べた。冴内は優がお嫁さんで良かったと心の底から感謝した。
美衣と良子も大好物になったらしく、優の手つきをガン見し、タレを舐めて目をカッと見開き、まるで高性能コンピューターが成分分析をしているかのような凄まじい集中力を発揮して全てを吸収習得していた。こと食に対する執念は戦闘以上に強く作用するようだった。やがて二人とも完全学習完了したらしく自分の食べる分は自分で作っていった。要するに優が作ってくれる時間が待ちきれなくて自分達で作り始めていったということだった。
『すごい教育方針ですね・・・』
「うむ、根源的な欲求に直結しているだけに、実に効果的で有益な教育だ、自ら学ぼうとする意欲を高めることに見事に成功している」
実際のところ冴内も優もそんな教育方針などこれっぽちも考えていなかった・・・