164:たかが鬼ごっこ
翌日もゲームそっちのけで冴内達は千倍の重力トレーニングに励んでいた。最初は各自普通に自主練をしていたのだが、なんとなく冴内が普通に練習していても面白くないから鬼ごっこでもしようかと言ったところ優と良子がそれなに?と聞いてきて、遊び方を説明して実際にやってみたところ美衣も含めて3人とも大喜びでかなりハマった。
「ちょっと!皆待ってよー!」
「アハハ!まったらおにごっこにならないのだ!」
「アハハ!こっちだよ!お母さん!」
「ハハハ!優!捕まえてごらん!」
優、美衣、良子の3人は鬼ごっこは人生初デビューだったので素で面白がっているのだが、それに加えて千倍重力下での鬼ごっこは全員懸命に全速力で走っているにもかかわらず非常にモタモタしている動きなのでやってる方も見ている方もおかしくてたまらなかった。
さらにタッチのときもやってる本人はすごく素早く動いているつもりなのに、とてもゆっくりした動きになるし、それを避けようとする側も身体を素早くよじったりして避けてるつもりなのだがまるでスローモーションのように遅いので、頭と実際の動きとのアンマッチが愉快で仕方がなかった。
「アハハハハ!おにごっこすごくおもしろい!」
「本当ね!こんなに単純な遊びなのに!」
「アハハハハ!私昨日からこんなに笑ったの生まれて初めて!」
「ハハハ!僕もたかが鬼ごっこなのにこんなに笑ったのは初めてだよ!」
こうして冴内達は童心にかえって、いや、童心そのものでひたすら鬼ごっこをして遊んでいた。
さいごの人も音声ガイドもひたすらその光景を見ていたのだが、少しづつ動きが速くなっていく状況と、いつまでもスタミナが切れることなく遊び続ける冴内達に驚愕してまったく言葉が出なかった。
そして今日も昼食までに4回も食事をとった、当然タップリ食べた。それくらい凄まじくエネルギーを消費するので膨大なカロリー補給が必要だった。
結局優は誰一人として捕まえられなかったので、次からは次の食事をとるまでの交代制になった。
大体1時間おきにガス欠になるので食事をとるのだが、2回目の美衣の鬼の番になって初めて良子が捕まった。
「やった!良子ねえちゃんつかまえたぁ!」
「あー!捕まっちゃったぁーー!」
「アハハハハ!・・・ビタァン!グゥグゥ・・・」
「アハハハ・・・バタン!・・・グゥグゥ・・・」
美衣は良子を捕まえた時点で空腹と疲労により気絶に近い感じで熟睡した。そのままそれを見た良子もその場でぶっ倒れて熟睡した。
『鬼ごっこというのはこんなにも凄まじい鍛錬方法なんですね・・・』
「あぁ、どうも冴内 洋のいる地球の日本国では小さい子供の頃からこれで遊ぶらしい・・・」
『なるほど・・・通りで大闘技大会にも優勝するわけです。恐ろしい戦闘種族なんですね・・・』
盛大に間違った解釈をしている音声ガイドとさいごのひとだったが、こればかりは誤解されても仕方がなかった。それくらい凄まじい光景だった。
冴内と優は千倍の重力負荷がかかっている美衣と良子をそれぞれ抱きかかえてベットに寝かしつけたのだが、二人とも凄まじい重さで腕だけでは抱えることが出来ず、なんとか背負って数十歩先のベッドまで行こうとするのだが、一歩一歩足を前に出すだけで凄まじい疲労度で、少しでも気を緩めればそのままつぶれて立ち上がれないことは必至だった。それでも二人とも全身全霊で少しづつ前に進み、なんとかベッドに倒れ込んだときは、冴内も優も疲労の限界に達してやはり気を失うように熟睡した。
冴内達は熟睡したが2時間もたたずに全員の腹時計が盛大になって、ずりずりとナメクジゾンビのようにベッドを這いずりでた。異様な光景だった。
まずはなんとかしてこの空腹を抑えるために美衣の宇宙ポケットから生で食べるのはかなり危険な例の「桃」を取り出し、ひとり一口ずつだけ食べて順番にまわしていった。
食べ終わった瞬間目からビーム光線が出るかのようになり、立ち上がるだけの元気が出た。
その後各自起き上がったことを確認して千倍重力下でいつも通り調理を開始して、千倍重力下で食事をとった。
ちなみにさいごのひとは気を利かして冴内達の肉体のみに千倍重力がかかるようにしていたので、食事が自重でペシャンコになったり、スープをすくおうとしたスプーンがグニャリとひしゃげることもなかった。ならばイスやベッドは大丈夫なのかと書いてる作者も思ったが、まぁすごい技術でそこは大丈夫なのだろう。
「お父さん、この鬼ごっこって凄く良く考えられた練習方法だね!」
「そうね、ただ走るだけでなく、タッチする方もよける方も攻守の練習になって凄くいいわね!」
「なによりおもしろいのがいい!」
「そうだね、しかも明らかに皆最初のときよりも動きが速くなってきてるよ」
食事をしては鬼ごっこ、食事をしては鬼ごっこという繰り返しで、こうして文章にしてみるとこれはどういう生活様式ライフスタイルなんだと突っ込まずにはいられないルーティーンを冴内達は飽きもせず続けていた。
そうした鬼ごっこが5日間ほど続くと、次の遊びとしてだるまさんがころんだを冴内は皆に教えたところ、目をキラキラと輝かして食い付いてきた。早速実施したところこれもまたバカウケだった。
何故バカウケだったのかというと、冴内達は当然全速力で動いているので一度慣性力がついてしまうと全力でストップをかけようとしても止まることが出来ず、自分では懸命に止めようとしているのに身体がいうことをきかず脳と身体のタイムラグのズレが大きくなってしまい、一方で鬼の方も一生懸命素早く顔を振り向かせているのだが「だるまさんがころんだ」というセリフの後に超スローモーに頭が動くのでその動きの遅さと自分自身の遅さがバカみたいでおかして仕方がなかったのだ。
「アハハ!アハハ!」
「アハハハハ!」
「アハハ!と!とまらないわ!」
「アッハッハ!皆すごく変!笑いが止まらない!」
「お父ちゃんもすごくヘンテコだ!アハハハハ!」
『地球星の日本人というのは、実に凄まじい発想力で戦闘力を高めているんですね』
「まったくだ、こういう鍛錬技法を子供の頃から実施しているのだというのだから、余程戦闘が絶えない過酷な状況におかれていたのだろう・・・」
『しかも急発進に急制動、そしてオニと呼ばれる側は反射神経と状況認識力と判断力、さらに動体視力など、あらゆる点で戦闘能力を高めるためのエッセンスが凝縮されています。ここまで効率的に戦闘力を鍛え上げる遊びを思いつくとは賞賛に値します』
相変らず盛大に間違った認識をしていると思うのだが、あれ?もしかしてそれって実は正解なんでしょうか?昔々の戦国時代に実は戦闘能力向上を目的として生まれたとか・・・いやいやいや・・・
こうして、冴内達は鬼ごっこやだるまさんがころんだやポコペンなどをしてひたすら遊びまわった。ガス欠になるまで遊んでは食事をとりひたすら遊びまわった。あれ?ポコペンってどういう遊びだったっけ・・・
そしてひと月が過ぎようとしていた。
(いや、普通飽きるだろ・・・)
冴内達は普通に走り回ったりジャンプしていた。地球上にいる普通の人間で運動神経や体力が結構優れている人レベルの速さだった。
ガス欠で気絶睡眠することはなくなったが、相変わらず1日10食以上の食事は不可欠だった。
「そろそろいい感じに仕上がったかな・・・」
「?」
「お父さん、それって・・・」
「うん、明日からまたVRゲームに挑戦しよう」
「わかった!ちょうせんする!」
「そうね!前よりだいぶマシになったと思うわ!」
「うん!きっともう大丈夫だよ!」
「よし、じゃあ今日はもう早めに休んで明日に備えよう!」
「「「りょうかーい!」」」
そうしてひと月に渡る千倍重力下での鬼ごっことだるまさんがころんだ鍛錬法は終了した。