162:千倍重力VRゲーム
VRゲームのチュートリアルにて分かったこととしては、回復アイテムなどの保管はゲーム内のインベントリに格納することになっており、美衣の宇宙ポケットなどには当然入れることは出来なかった。実際に手に触れた感触や食べたときの食感や味覚はあるのだが、やはり物理的に現実に存在するものではない仮想世界のアイテムなのである。
チュートリアル終了後冴内達はサクサクとどんどん進んで行き、そこで様々な敵と闘ったのだがこれがまったく相手にならなかった。もう完全に空気なのである。ヴィジュアルこそ凶悪醜悪でいかにも強そうな危険対象物なのだが、大闘技大会優勝チームの冴内ファミリーの前には脅威対象物どころか空気でしかなかったのである。
「あれ?ボスって書いてあったのになんのかんしょくもなくきえた、これしってる!お父ちゃんの記憶でばぐっていうやつだ!ガイドさん!このゲームばぐです!なおして!」
『えーと・・・美衣さん、決してバグってるわけではないです・・・美衣さん達が強すぎて、敵さん達がまるで空気のように手応えがなくなっちゃってるんです』
「ガーン!!」久しぶりに声に出してショックを表す美衣だった。
『他にも本来なら今皆さんがいる場所はマイナス70度というとても寒いところで、本当はここで多くの方々が不幸な目に遭われたんですよ。それなのに皆さんそんな軽装なお姿で平然としているなんて、とても不自然なことなのです。失礼を承知で言いますと、冴内様達の方がバグっている感じです、あるいはもっと悪い言葉で言うとチート級です』
「やっぱりそういうことだったんですか・・・なんか映し出される敵や周りの自然環境の映像と、僕らの姿がどう見ても不自然でおかしいと思っていたんです」
『はい、でもそれも全て大闘技大会優勝者だということであれば恐らく宇宙中の誰しもが納得することではあります』
「こまったぞ父ちゃん、これはとてもつまんない、この先よんかげつもどうすごせばいいんだ」
「一つ提案なんだが、君達のパラメーターを極端に下げてプレイしてみてはどうだろうか?」
「敵のパラメータじゃなくて、僕等のパラメータを下げるんですか?」
「そうだ、敵や自然環境はその時の状況をリアルに設定しているので固定値なのだ。しかしプレイヤーの方は救済措置や安全対策として様々に設定が出来るようになっている」
「そしたらてきは空気じゃなくなるの?」
「そうだ」
「それいい!それならいい!
「了解した。君等はあまりにも強すぎるから設定可能限界まで弱めるとしよう」
「それってどれくらいまで弱められるんですか?」
「うむ、千分の一までが限界のようだ。そもそもそのような設定が必要な種族がプレイすることなど想定に入っていないのだ」
「まぁ・・・そうですよね。ではその最弱レベルで試させてください」
「了解した。ではいったんスタート地点まで場所を移動させる」
冴内達はスタート地点に戻り最初の危険対象物、ヌタヌタウナギトカゲと対峙した。
「えーと・・・どうしようか・・・」
「アタイがやる!くらえ!」
ヌタァッ!ムニョン!・・・ボフンッ!
「あっ!ちゃんとかんしょくがあった!」
【ヌタヌタウナギトカゲの肉を手に入れた】
「とりあえずとっておこう」
「どうだった?少しは手応えはあった?」
「うーん、いちげきだったからわからない、もっとすすんで強いのとたたかいたい」
「うーむ・・・ゲームだからあまり横からアドバイスするのは面白味を奪ってしまうようで控えるべきなのだが、千分の一でも君等は強すぎるようだ」
「少し私に時間をくれないだろうか、そろそろ夕飯の時間でもあるし今日はもうゲームを終了して、明日の朝までに私の方で色々と再構築してみる」
「ごめんね、っていやそれは違うな、有難う、僕等の暇つぶしのために色々してくれて」
「いや礼には及ばない、私の方でも君達をより深く知ることが出来て非常に興味深いのだ」
「それに色々と付加価値を追加して、この後宇宙イナゴと対峙するのに役立つようにアレンジしようと思っている」
「それはいいね!助かるよ!」
「さすがさいごのおっちゃんだ!」
「頼むわね!」
「皆も手伝ってくれるって!有難う!」
冴内達はゲームを終了し夕食をとり風呂に入って寝た。食材、キッチン、風呂、ベッドの全てはオープン居住スペースから持ってきたものを展望デッキに設置して利用した。
ちなみに展望デッキの前面にある窓は全て耐衝撃シャッターで閉じられ防御フィールドも展開していた。既にアステロイドベルト宙域の真っ只中だからである。ごく小さな石のレベルならばそのまま進んで粉々に打ち砕き、大きな隕石は巧みに重力制御を利用して軌道を逸らしたり、コッペパン号の方から躱していた。
明けて翌日、朝食をとった後にまったりしているとさいごのひとからゲームの調整が終了したという報告が入り、今日からはベッドに横たわってプレイするのではなく、貨物室に行くように指示された。
冴内達が指示された通り貨物室に到着すると、さいごのひとは今から重力制御で通常の千倍の重力がかかるように調整すると言い出した。当然そんなことをすれば地球上の生命であれば見るも無残に即死する。それこそしばらく肉料理は食べれなくなるほどの惨状で。
さすがにいきなり一から千にする程さいごのひとも鬼ではないので、最初の今日だけに限り少しづつ強めていった。
最初の方こそ、冴内はさすがげんしょのひとの科学力は凄いなぁ!とか余裕をかましていたが、5百を超えた辺りからそんなのんきなセリフは発しなくなった。そうして千倍に到達した。
ズシン・・・ズシン・・・
「お・・・重い!身体が重い!重すぎる!!」
「あはは!ぜんぜんはしれないぞ!あはは!」
「これちょっと!床とか大丈夫なの!?コッペパン号の床抜けたりしないの?大丈夫!?」
「ぐぅ・・うん!皆から床の下は別の作用の重力で打ち消してるから大丈夫だって言ってる!ぐぅ!」
「すまない、現実世界でこれくらい負荷をかけておかないとゲーム世界での設定を数億分の一とかにしないとならず、そうなると完全にバランスが取れなくなって調整することが出来なかったのだ」
「さらにベッドに横たわってゲームをするよりも、重力負荷トレーニングとして身体を鍛え続けることが出来るので宇宙イナゴとの対戦にもかなり有効に働くと考えた。出来ればこのゲームの間は君達には重力制御を使わずにプレイしてもらいたい」
「なるほど!それはいいね!それなら頑張ろうって気になるよ!」
「ようし!アタイもしゅぎょうするぞ!」
「分かったわ!指輪の魔術は封印する!」
「私も!重力制御は使わない!」
「それでは、新たに再構築したゲーム開始だ、ちなみに君達のステータスは昨日と同様に千分の一にまで弱めているので注意したまえ」
『皆さんおかえりなさい!リニューアルしたVRアドベンチャーワールドへようこそ!既に皆さんは昨日大体の遊び方を学んでおりますので早速最初のクエストから始めますね!』
「わかった!」
『それでは最初のクエスト!ヌタヌタウナギトカゲの尾ひれを10枚と、ヌタヌタウナギトカゲの涙を10滴分集めて下さい!涙はこちらの水筒に入れて下さいね!』
「また、ぬたぬただ・・・」
「これまで肉しか出てこなかったから、レアアイテムかもしれないなぁ・・・とりあえず二手に分かれて集めようか、最初は僕と優、美衣と良子でペアを組もう」
「分かったわ!」
「わかった!」
「分かった!」
こうして冴内達は千倍の重力負荷を加えられ、ステータスを千分の一にまで弱められた状態でVRゲームを開始した。