156:対岸の火事
時系列はさかのぼり、クリスタル女王を出迎えた次の日の冴内達は遠い宇宙で極めて深刻な事態になっていることなど全く知らずに今日も幸せタップリの朝食をとり、のんきに食後のお茶を飲んでいた。
「あっ、そういえば消しゴムみたいな装置を大会議室に置きっぱなしにしたままだった、取ってこなくちゃ!」
「いや、その必要はない冴内 洋、まだまだ君達の仲間が多く語りたいようだ、それに私としても彼らとの対話は実に興味深く充実しているのだ」
「あっ、そうなんだ、それなら良かった」
「代わりにもう一つ渡すので、出来ればどこかに行くときは持って行って欲しい」と、空中に新たにもう一つまだ使っていないきれいな消しゴムのような装置が出現した。
「分かった、ポケットに入れておくよ」
「うむ、感謝する」
「ところで、冴内 洋、エントランスにある机の通信装置が君の名を呼んでいるようだ」
「あっ、そういえば机も置きっぱなしだった!ちょっと行儀悪いけど、良子、窓って開けられる?」
「うん!開けるね!」
「ありがとう!」
と、本当に行儀が悪いことに冴内は高さ50メートル程のホールケーキタワー最上階から飛び降りてエントランス前の机の通信装置まで秒で到達した。
「冴内殿!冴内殿はおられるか!こちら【グワァーオーゥゥ】でござる、冴内殿、冴内殿!」
「はい!冴内です!」
「おお!冴内殿おられたか!【グワァーオーゥゥ】でござる!」
「おはようございます【グワァーオーゥゥ】さん、どうしたのですか?」
「うむ、今しがた宇宙連合本部に派遣している同志の者より連絡が入ったのだが、宇宙イナゴの大群が発生して、どうやら今回は大災害級らしいとのことなのだ」
「あっ!そうなんですか!実は昨日クリスタル女王からも宇宙イナゴが出たと聞いたんです!」
「おお!そうでありましたか、ただ発生したのは冴内殿の【みんなのほし】とは全く正反対の外縁宇宙のさらに不可侵宙域ということなので、冴内殿達がおられる星にはさほど影響はないと思いますのでご安心下され」
「そうなんですか?」
「仮に過去最悪の状況で宇宙が壊滅的な状況になったと仮定しても、冴内殿の星に到達するまでには恐らく数十万年から数百万年程はかかると思います」
「また、途中に避けられないブラックホールがいくつかあるので、恐らく辿り着くことは不可能でしょうな」
「若干の懸念事項としてリングゲートを通過された場合がありますが、今はまだ我々の星と【ミギャミャーガミャアミャア】姫の星と【クリスタル】女王の星と第7惑星との間しかゲートはないと思いますので、仮にゲートを通過されてもそちらにまで被害が及ぶ可能性はまずないだろうと思われますぞ」
「そうなんですね、安心しました!でも僕等に何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってください!少しでも皆さんのお役に立てるなら宇宙のどこにでもかけつけます!」
「おお!冴内殿!なんとも頼もしいお言葉!誠にかたじけない!」
「そういえば以前そちらのお仲間のりゅう君のオジサンという方からも、いつか僕らに仕事をお願いする日がくるかもしれないと言われたんですが、それって宇宙イナゴのことなんでしょうか?」
「えー・・・と、おお、あの者か!うむ、確かに冴内殿のご明察の通りで、あの者は宇宙警察の外宇宙不可侵宙域の監督官を勤めておってな、恐らく今回の宇宙イナゴの件でまちがいなかろうと思う、我らは宇宙イナゴと相性が悪い故、例え小さな火種であっても一段と注意深く監視しておったのだ」
「しかし、もう少し注意喚起しておったら、もっと早く・・・うーむ・・・宇宙連合憲章があるから、救えなかったことには違いないか・・・」
「えっ?救えなかった?」
「あぁ、いや、申し訳ない。一番最初に兆候を発見したのは、かの者だったのだが、冴内殿の大闘技大会の試合観戦を最優先で業務命令にしてしまったため、そこで中断してしまったのだ」
「あっ、なんか・・・すいません・・・」
「いやいや!冴内殿のせいでは断じてない、そもそも宇宙全体が全て300万年ぶりの大闘技大会に大注目していたのでこればかりは誰のせいでもないのだ」
「実際今回の大闘技大会はまさに宇宙開闢以来のビッグイベントと言っても良い程の最重要事案でもあり、宇宙全土で官民あわせて様々な公共施設やサービスなども一部の重要事項以外は全て休んでおったのだ」
「しかも冴内殿の宇宙の愛、ビッグバンチョップに加え、150万年前に死んだわしが生き返るという奇跡まで起きたのだ、こんな凄まじいビッグイベントが起きていたのだから、宇宙イナゴの最初の小さな兆候が見落とされてしまったのは誰のせいでもないことなのだ」
「ともかく、宇宙連合本部では宇宙連合艦隊も出動させて宇宙イナゴの駆除にあたるので、冴内殿にあられましてはどうか安心してお過ごし下され」
「分かりました、ありがとうございます!何かあればいつでも遠慮なく連絡して下さい!」
「冴内 洋、話しの途中で申し訳ない、私からの提案だが、君のポケットにある装置の通信機能の回線をオープンにしても良いだろうか、そうすればいつでもどこでもこの装置があれば通信可能になる」
「あっ!それは便利ですね!是非お願いします!」
「提案を受け入れてくれて感謝する」
「おお!それは便利であるな!早速機器登録をしても良いだろうか!」
「どうぞ!」
後でミャアちゃんとクリスタルさんにも教えてあげようと思った冴内であった。
ちなみにその後美衣も欲しいといったので、さいごのひとはもう一つ別に消しゴムみたいな装置を出現させて、美衣がもう一つ携帯することになった。小さな子にはまだスマホは早いですよという考えは冴内にはなかった。
この先数か月後に全宇宙規模の大災害になるのだが、まだこの時点で冴内にもたらされる情報はかなり些細なものであった。付け加えて宇宙イナゴなるものに対して全く知識を持ち合わせていない冴内が鈍感になるのも致し方ない話しであった。
さらにそこに加えて、地球側の機関から選抜された開拓と入植志願のシーカー達がやってきたので、その人達と色々と協議することがとても楽しくかつ有意義だったのだ。
さいごのひとからの助言や提案に加えて、例の便利机の通信装置を使えば直接地球側の機関の局長や専門職員達ともリアルタイムで話すことが出来るので、彼らからも色々と助言を得ることが出来るのでとても大助かりだった。
そしてとても便利な豆腐ハウスがあるので、生活インフラはかなり整っているといってよく、さいごのひとに頼めば様々な日用品も生成可能だが、極力そのお世話になるのは控えて、なるべく地球から持ち込んだり、大工シーカー達の力で作り出したりした。
最初はこの地で農業や畜産を行うことを優先的に考えていた冴内だったが、良子がゲートを作れるのと、宇宙人達はさらに大きなリングゲートを造れるので、それぞれの地の特産物がすぐに簡単に流通可能なので、その優先度は下げても良いと思った。
それよりも、この未開の地だらけの再生したばかりの星を冒険することの方が楽しいと考えたのだ。やはり根っこにあるのは純粋な探索者としての冒険心だった。
現在世界各地から選抜されたシーカー達は探索技能のみに限らず、人格的にも非常に優れた人物達ばかりなので、彼らならばアリオンが引きつれたユニコーン達ともうまくやっていけるだろうということで、それぞれ個別にユニコーンとペアを組むことになり、それぞれに名前をつけて翌日以降は次々とペガサスになっていった。アリオンの妻と2番目と3番目の娘にも名前が与えられペガサスになった。
また、以前イギリスの大規模馬術練習場に訪問した際に作成されたペガサスの馬具の技術が大いに役立ち、さらに第3農業地で作られた簡易的な馬具の実用面における長所も取り入られた改良馬具も量産されて装着された。
これにより、各熟練シーカー達の行動範囲は飛躍的に向上し、より早くより効率的に探索をすることが出来た。もちろん美味しいお肉の恐竜エリアには決して誰一人として近づかなかった。
またリングゲートからは例のクリスタル星人達の排泄物であるところのレアメタルが運ばれてきた。地球に送り届けるとレアメタルによる各国間のパワーバランスが一変する程の純度の高い貴重なレアメタルばかりで、しかも今回はクリスタル星人もかなり遠慮して極めてわずかな量を送ってきたのだが、それでも地球からすると信じられない程に有難い量だった。
これからはこれらがもっと大量にずっと送られてくるのだということで、それだけで地球の産業は大変革期に入るということが、経済・産業アナリストや研究者達から試算、予測された。これらが無償で無尽蔵に入ってくることに対して地球からは何かお返ししなくてもいいのかと大論争になったところ、冴内からはミネラル分が豊富な水を渡せばクリスタル星人は大喜びしてくれると言ったので、定期的に吉田や旧姓早乙女のような運搬特化シーカーがこれからは大量のミネラルタップリの水を人力で運ぶことになって良い意味で大忙しだった。
ちなみにクリスタル星人からしてみると、自分達の実に恥ずかしい排泄物を無償で引き取ってもらっているばかりか、それのお礼に大変美味なミネラル豊富な水をもらうというのは、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、お礼に巨大なダイヤモンドやエメラルドなどの宝石が送られてきた。それらの宝石は地球規模で消費される電力エネルギーが内包されていた。本当はそれの百倍もある大きさのものを送りたかったが、冴内達のゲートはリングゲートと比較すると小さすぎるので断念した。
ちなみにげんしょのひとのテクノロジーを使えば当然リングゲートを設置することは可能だが、今冴内達がいるのは地球とは別の宇宙なので、別々の宇宙間を大きなリングゲートで繋ぐのは宇宙崩壊のリスクがあるので敢えて小さくしているそうだ。
このように、みんなのほしの探索活動と、初めての宇宙人との通商活動という実に愉快なイベントの前に、残念ながら冴内達の宇宙イナゴについての感心は薄れていってしまったのであった・・・