154:ゴミの山
僕の一番古い記憶はゴミの山だった。
ゴミの山で何人かの仲間と暮らしていた。
僕はいつも腹を空かしていた。
黒い嫌われ虫が群がる食べ物は多分食べても大丈夫な食べ物だから、追い払って食べた。
そういうことは仲間が教えてくれた。
きれいな色がついたパンとかいう食べ物を食べたときは何度も吐いて腹を下した。
何もお腹に入っていないはずなのに、出るものは何もないはずのにゲーゲーと色のついていない汁が口と尻から出た。
身体中が痒くなった時があり、ボリボリかいていたら血が出て、それでも痒くてかいていたらそこが大きく腫れ上がってズキズキと痛くなり、黄色い臭い汁も出てきてどす黒く変色して、パンパンに腫れ上がった。
痛くて痛くて頭もズキズキして何度も吐いていたら、仲間が僕の身体を押さえつけて、その部分を切り落とした。
その後火であぶった鉄を傷口に強くあてた。ジュウジュウと肉が焼ける音と匂いがした。
僕は気を失った。
僕の身体にはいくつかそういった焼け跡がついていた。
それでも僕は生きていた。
僕は食べることしか考えていなかった。
悲しいとか、嬉しいとか、生きたいとか、死にたいとか、そういう考えはなかった。
いつもお腹がすいていた。
食べることしか考えていなかった。
仲良しの子がいた。
後で知ったのだが、その子は女の子というものだったそうだ。
大きい仲間が、ほんというものを読んで聞かせてくれて、その子はほんを読んでもらうのが大好きだった。
そのうちその子はほんを自分で読めるようになって、僕に読み聞かせてくれた。
いろんなところに行っていろんな美味しいものをたくさん食べる話しが僕は大好きだった。
ある日女の子は熱を出してぐったりしていた。
さむいさむいというので、僕はいっしょに寝て温めようとしたが、大きい仲間がそれをさせてくれなかった。
僕は暴れた。どうして暴れるのか自分でも分からなかったが暴れた。
だけど僕は小さくて力が弱いので、大きい仲間に引きはがされた。
女の子には誰も近づかなかった。
そのうちその女の子は死んだ。
嫌われ虫がたくさん集まったり、嫌われ鳥がたくさん集まって、女の子の周りは真っ黒になった。
大きい仲間はしばらくあそこには誰も近づいてはだめだと言った。
僕はそのとき初めて泣いた。
僕はそのとき初めて腹の底が熱くなった。
僕はそのとき大声で叫んで手足を振り回した。
しわしわでボサボサの仲間がやってきて、そんな僕の身体をさすったり、頭を撫でてくれた。
僕はそのしわしわに抱きついてひたすら泣いた。
それでも次の日はお腹が空いて仕方がなかった。
ゴミの山の中から懸命に何か食べられるものがないかひたすら探した。
そういう日々をずっと送り続けた。
しわしわのボサボサも死んで、ほんを読んでくれた大きな仲間も死んだ。
いつの間にかどこからかやってきていた小さな仲間も死んだ。
いつしか僕も大きな仲間みたいに大きくなった。
大きくなっても僕の頭の中は食べることしか考えていなかった。
ある日空が真っ黒になった。まるで嫌われ鳥が空中にいるのかと思った。
すごく大きな音がした。ガサガサというかザーというか、とにかくすごい音だった。
やがてその真っ黒い雲のようなものが僕等のゴミの山にまでやってきた。
もの凄い数の虫だった。確かバッタとかいう虫だった。
ゴミの山も僕等もバッタで埋め尽くされた。目を開けていられないくらいの沢山のバッタで埋め尽くされた。
僕は食べられるんじゃないかと思ったが、バッタは僕を食べなかった。
バッタは僕らには食べられない汚い草を食べていた。
僕にはバッタがとてもとても美味しそうに汚い草を食べているように見えた。
僕もバッタになりたかった。バッタになったら沢山食べられると思った。
やがてバッタ達はいなくなった。
バッタ達がいなくなってからゴミ山には食べ物が落ちてこなくなった。
毎日賢明にゴミの山を探してもまったく食べ物が見つからなくなってしまった。
そのうち僕は動けなくなってしまった。
頭の中は食べたい食べたい食べたいということしかなかった。
何度か気を失った。
ふと気が付いて目をあけると僕の目の前にとびきり大きなバッタが一匹いた。
とても大きくて僕の頭と同じ位の頭の大きさのバッタだった。
そのバッタの目は赤く光っていてとても綺麗だと思った。
今度こそ僕はこのバッタに食べられるんだと思ったけど、そのバッタは僕の顔をずっと見ているだけだった。
お腹がすいてお腹がすいてたまらないので、僕の方がこのバッタを食べようと思ったのだけど、もう僕の身体は動かなかった。
僕は眠くなった。
仲良くしてくれた女の子がいた。
しわしわのボサボサもいた。
本を読んでくれた大きな仲間もいた。
僕は考えることをやめた。
もう食べることを考えなくてもよくなった。