146:げんしょのひと
「はい!こちら冴内です!冴内 洋です!」
「冴内 洋、私はげんしょのひとと呼ばれた者だ。残念ながら今は残留思念体の一部だが、それでもオリジナルのげんしょのひとと言ってよい存在だ」
「残留思念・・・ということはあなたには肉体はないのですか!?」
「そうだ、特定の星、特定の場所に滞在しているのではなく、宇宙の一部として存在している。良くないものが覚醒した今、まもなく私は消滅してしまうことだろう」
「えっ!!」
「わ・・・私が・・・やっぱり私が・・・」
「良子・・・冴内 良子、どうか悲しまないでおくれ。君が目覚めたせいで良くない事が起きたとは思わないでおくれ。むしろ君には喜んで欲しいのだ」
「ど・・・どういうこと?」
「ようやく、私は、私達は一つに戻るのだ、私は消滅して、君と一つになることが出来る、失ってしまったとても大事なものを取り戻すことが出来る」
「良子、冴内 良子、これから私はずっと君の中で生き続けることが出来る。ようやく私達は元通りの一つになる事が出来るのだ」
「だから私は・・・実は今では嬉しいという気持ちすら感じることが出来なくなってしまった私は、これからその感情を取り戻すことが出来るのだと思うと、とても幸福になるだろうと考えているのだ」
「冴内 洋、君の、君達のおかげだ。我々は選択を間違ったのかもしれない、いや、間違えたのかどうかすら今の我々には分からないところまで来てしまった・・・」
「君達にはこれから、我々がどうなっていったのか知ってもらいたい。そしてそれを君達、宇宙全体の者達に知ってもらいたい、この願いを聞き入れてくれるだろうか?」
「もちろんです!そのために僕は!僕らはここに来ました!」
「有難う冴内 洋、ありがとう冴内 良子、自ら失ってしまった私達の最後の望み」
「どうか私達の顛末を受け継いでこの先に活かして欲しい」
「この後私は消滅し、私の全ての知識は冴内 良子に受け継がれる。そして私達がまだ肉体を持って存在した時の最後の星へのゲートを開く、そこで私達げんしょのひとと呼ばれた存在が、どういう選択をしてどういう結果になっていったのかを知って欲しい」
「分かりました!」(冴内)
「分かったわ!」(優)
「わかった!」(美衣)
「ありがとう・・・そして・・・ただいま・・・良子・・・ずっと会いたかった・・・」
「うん・・・うん・・・おかえり!みんな!!私もずっとずっとみんなに会いたかった!!」
テーブルの上の空間が光り輝き、良子の胸の中に吸い込まれていった。良子はとても嬉しそうに温かい光を受け入れていった。
光が全て良子の胸の中に吸い込まれると良子は胸に手を当て静かに瞳を閉じた。冴内達も静かに良子を見守った。
やがて良子はゆっくりと目を開き、静かに椅子から立ち上がり、右手を前方にかざしたところ、何もない空間に扉が出現した。
「お父さん、あの扉の先が皆が最後に暮らしていた星の場所だよ!」
「すごい!有難う良子!」
「すごいぞ!良子お姉ちゃん!」
「さすがね良子!」
「じゃあ支度して行くとしようか!」
「うん!」×3
食後の後片付けをしてキッチンや食料格納箱やテーブルなどを宇宙ポケットの中にしまい、冴内達は扉の中に入っていった。良子は一度だけこれまでいた部屋を振り返り、ばいばいとお別れを言って扉の中に入っていった。
冴内達が扉をくぐり終えた先は、一面真っ白い岩石地帯だった。草木などの植物が一切なく、動物や昆虫などの生物がいる気配も一切なかった。
良子がある方角を指差し、300キロ程先に建造物が残っているといったので、冴内はうつぶせ状態で空中に漂うと良子と優の順に冴内の背中に乗って、美衣は冴内が抱きかかえた。まるで大型対艦ミサイルを腹に搭載した攻撃機のようだった。
「結構飛ばすから優バリヤーよろしく」
「らじゃー!」
優の透明エメラルドグリーンバリヤーのおかげで空気抵抗を受けることなく進むことが出来たが、鬼のような加速と減速までは調整出来なかった。しかし優も良子も凄まじい脚力でガッチリ冴内をホールドしており、同じく凄まじい腹筋背筋首の筋肉力で殺人加速と減速に何の苦も無く耐えた。美衣についてもまったく何も問題なかった。
ちなみに大魔術師【ΠΩΛーΛΩΠ】の指輪の能力を使えば重力制御も可能で、優ならばすぐに重力制御も使いこなすことが出来るだろう。
冴内はかなり控えめな速度のマッハ3程度で飛行したので5分程で300キロ地点に到達した。これでも最高速度には遠く及ばない速度であった。常人を乗せてこれをやった場合、この殺人加速と減速で恐らく内臓破裂や眼球破裂、脳内出血などで間違いなく死亡する。
そのようなスピードで飛んでいる間、美衣は冴内に抱かれて地上観測をしていた。最新鋭戦闘攻撃機や偵察機に搭載されている対地用高性能レーダーサーチも顔負けの能力で、目を大きく見開き凄まじい動体視力で何か生命反応のようなものがないか、何か食べられるものがないかサーチングしていた。一応良子は美衣に多分何にもないと思うよと言ってはいたが、美衣はある意味楽しみながらあれこれ見ていた。
良子が示した地点に到着すると確かに明らかに人工建造物と思しき建物があった。
その建造物は一言で言うと「豆腐」だった。
真っ白で一切窓もドアもなく真四角な建物がたくさん等間隔に並べられていた。一つ一つの大きさは小さな平屋住宅程の大きさだった。
ここに来る途中は岩石だらけで舗装道路は全くなかったが、今いる場所は碁盤の目に道路が出来ていた。道路も真っ白で全く汚れていなかった。どれくらい長い間この状態だったのかは分からないが、道路も豆腐のような建物もまったく風化していなかったが、あまりにも綺麗なままなのでかえって違和感が強調されて見えた。
良子が最も近い豆腐に近付くと継ぎ目も何もなかった壁がスライドしてドアのように開いた。そのまま良子が入っていくので冴内達も後に続いた。
中に入ってみると、内部も真っ白で窓がないにも関わらず明るかった。室内は完全なワンルームでまったく生活感がなく、家具や調度品などは一切なかった。土足のまま玄関を上がって中を見渡してみると、トイレと浴室と思われる箇所のみ間仕切壁がありキッチンもあった。水道口はあるのだが蛇口に該当するものがなく、良子が本当は蛇口付近に手を当てるだけで水が出るけど今は出ないと言った。水量も頭で思った通りに調整してくれるそうだ。
さらに窓についても外が見たいと念じただけでその部分の壁が透明になるということで、実践して見せてくれた。試しに冴内達も念じたり口に出して言ってみたところその通りに機能した。ちなみに天井にも透明窓があった。
部屋の中の空気は全く淀んでおらず、チリやホコリも全くなくとても清潔だった。
ただ、やはり全く生活感がなかった。人が住んだという形跡がまったくなかった。
冴内達は一通り中の様子を確認したので、良子は次の場所に行きましょうと行って外に出た。
この場所に来た時から冴内達も気になっていたのが中央部にある巨大な真っ白いホールケーキのような建物で、そこには様々な施設があったと良子は説明した。施設の中には食糧配給所もあったと言ったので美衣が即座に反応し、時速100キロ近い速度で駆けだした。誰もいないのでぶっ飛ばしても事故は起こさないだろう。冴内達も同じ速度でぶっ飛ばし美衣についていった。
1分程度で目的の場所についた。今回は中央部になだらかなスロープがあり、大きな入り口と思われる開口部分があった。
エントランスと思わしき場所に入ると、お前はどこの麻薬捜査犬だというくらいに鼻をクンクンさせていた美衣だったが、やはり食べ物らしき匂いがまったくしないようで落胆していた。
それでも良子はやはり優しい子のようで、他に行きたい場所があるのだが、先に食糧配給所がある場所に連れて行ってくれた。
到着してみると長方形のとても広い部屋で長いカウンター台が続いていた。カウンターの後ろはバックヤードになっており、美衣はすっ飛んで奥に入っていったがまったくチリ一つなかったようでガッカリして出てきた。
そこで配給されていた食料は完全栄養食だったようで味もほとんどないと良子は説明した。
「味がないの!?それって食べものなの!?」美衣は驚愕した。
「うん、げんしょのひと達の終わりの方は味覚に対する欲求や興味もなくなってしまったの・・・」
「ガーン!」と、声に出してショックを表現する美衣だった。
「まだ身体を持っていた生命体だったから生命維持のために食料を摂取していたというもので、食事を楽しむという気持ちというか感情すらなくなってしまったの」
「とても淋しい話しに聞こえるけど、その淋しいという感情すら喪失していたから、彼らはそれを不幸だと感じることすらなかったのね」
美衣もだが、冴内達も言葉が出なかった。
「ここで作られた食料は、全て有機培養物質で、自然のお野菜や果物、お魚や動物のお肉とかも全く使われなかったの」
「そんな食べ物があるんか!!いちおう食べてみたかったかも・・・」
「じゃあ作ってみるね、えっと、何か、何でもいいから食べ物をくれる?」
美衣は宇宙ポケットから魚の切り身を取り出して良子に渡した。良子はバックヤードに行ったので皆もついていった。
広いバックヤードにある長い台の上で魚の切り身を置くとどこからか光が当たり、魚の切り身が粒子状に分子還元して何か別のものに再構築された。
そうして出来たのは一口で食べられる大きさのブロック形状の固形食だった。結構大きな魚の切り身から作られたのはたった5個だった。
「これ1個で1週間くらいは何も食べなくても良かったみたい」
冴内達は食べてみたがまったく味がなかった。見た目とは異なり割としっとりしているのでパサパサして口が乾いて水などがないと飲み込みずらいということはなかった。ちなみに専用ケースに入れて保管すると10年くらいは鮮度を保ち続けたそうだ。
「なんも味がしない・・・」
「美味しくないっていう味すらしないね・・・」
「これは単なる燃料補充ね・・・」
「そう・・・単に生命活動維持のためのエネルギー補充だったの・・・」
「おいしい食べものがないせかいで、生きててたのしいことあるのか!?」
「そうね・・・宇宙の探求とか心の探求・・・色んな知の探究を楽しんだのが最後だったみたい」
「なんか・・・ぜんぜんたのしいかんじがしない気がする・・・」
「うふふ、美衣ちゃんにはそうかもね。私も良くないものの中に欲望があったおかげで全然楽しそうに思えないけど、それでも彼らがわずかに楽しかったと感じていた気持ちも今は分かるの」
「なんか・・・それってとても宇宙に近い気がするけど、宇宙には暖かさがあったよ。優しさや喜びや悲しさや厳しさがあった。でもなんか・・・げんしょのひとのはちょっと違う気がする・・・なんというか、大事なこころが、いやそれは失礼だね。でもなんというか・・・」
「そう・・・お父さんが言うことは正しいの。彼らは少しづつ長い長い時を経てこころが風化して喪失していったの・・・」
「次の部屋に行けば、彼らのことが分かると思う」
そうして良子は次の場所に向かっていった。