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145:君の名は・・・

 研修センターの上層部分は宿泊棟になっているのだが、その最上階は冴内一家専用特別室としてあてがわれており、冴内達は久しぶりに研修センターでの寝泊りに戻った。


 当然備え付けのベッドはあるのだが、それは使用せずとても広いリビングに宇宙ポケットからオープン居住スペースから持ってきた大きなベッドを取り出して設置して親子3人で寝ることにした。真ん中に冴内が寝て左右に優と美衣と手を繋いで親子3人川の字になって寝ることにした。


 遮光カーテンはせず、大きな窓から月明かりが入っていた。折しも今晩はとても大きな満月だった。


 3人とも深い眠りに入っていった頃、またしても暗い部屋の真ん中で眠っている少女を冴内達は手を繋ぎながら見ていた。やはり冴内達は身動き出来ず声をあげることも出来ず、ただただその少女を見守ることしか出来なかった。


「明日迎えに行くよ、もう一人じゃないよ、ずっと一緒にいるよ、一緒に色んな所に行って色んなものを見て、聞いて、触れて、食べて、一緒に暮らしていこう、僕等は皆君のことが大好きだよ」


 冴内は心の中で強く強く念じた。念じ続けた。


 その日の彼女は泣いていなかった。


 翌朝、冴内は優と美衣に何事かを頼み、優と美衣も万歳して喜び、冴内に抱き着いた。


 その後朝6時に食堂に行って朝食をとり、その後優と美衣は食堂の厨房に行って冴内から頼まれたある準備に取り掛かった。頼まれていた準備が完了すると、料理長を筆頭に他の料理人達も力強く頷いて太鼓判を押してくれた。


 準備万端整ったのでいよいよ冴内達は試練の門に向かうことにした。その日の朝は道明寺と神代が研修センターのエントランスで冴内達の出発を見送ってくれた。冴内は二人と握手をして力強く行ってきますと挨拶をして研修センターを後にした。


 冴内達が試練の門に到着すると、音声ガイドが話しかけてきた。


『お早う御座います冴内 洋。これから第五の試練に向かわれるのですね?』


「はい、良くないものに会ってきます、そして僕らは必ず・・・」


『・・・分かりました。冴内 洋、あなたならば、あなた達ならば必ずや彼女を解放してくれると信じています。どうか彼女を救って下さい。彼女の魂を救って下さい』


「分かりました!」

「わかった!」

「分かったわ!」


『有難う・・・それでは行ってらっしゃい・・・』


 ゴゴゴゴと、試練の門の扉が開いていていった。いつもよりもゆっくりと重々しく開いていった。すると中から凄まじい負のオーラが外に放出されてきた。もしもその場に常人がいたら一瞬で気絶するか正気を失うか最悪の場合ショック死していたことだろう。生き残ったとしても重い精神障害になっていたかもしれない。


 しかし第四の試練を乗り越えた冴内達には効かなかった。そうした負の感情を跳ね返すのではなく、そのまま受け入れたにも関わらず平然としていた。


 そして何の躊躇もなく扉の奥へと入っていった。


 冴内達が扉の中に入りきると後ろで扉が閉まり、部屋の全容が明らかになってきた。床も天井も壁中全てが禍々しい色で描かれた渦巻き模様で塗りたくられており、見た目だけでも吐き気を催す程で、吐く息が白くなるほどの冷気が立ち込めていた。


 そして実に不快になる音が聞こえてきた。ヒステリックで酷く病的な音で、その音は部屋の中央部から聞こえてくるようだった。


 冴内達が部屋の中央に歩み続けるにつれその不快極まりない音は大きくなっていった。まともな精神の持ち主にはとても耐えられないくらい酷く不快な音だった。これ以上近づくとその音だけでも重度の精神疾患を患ってしまったことだろう。


 それでも冴内達は平然と、歩みを止めることなく真っ直ぐに音の発生源へと近づいていった。力強い足取りで近づいていった。


 そしてとうとう冴内達は彼らが求めていたもの、強く会いたがっていたもの、強く抱きしめたいと思っていたものと対面した。


 不快極まりない音の発生源は【良くないもの】の呼吸音だった。おそらく鼻の奥や喉の気道などの粘膜が重度の炎症を起こしているのだろう。


 【良くないもの】は硬い台座の上に横たわっており、その姿は夢で見た少女のそれとは大分異なり、とても酷く醜かった。


 漆黒の髪はバサバサで白髪も多く混じり、肌は灰色でひび割れており、ひび割れた箇所からは赤黒い液体がドロリと垂れて異臭を放っていた。またところどころ酷い膿が出来ており腫れ上がった膿の先端からは黄色じみた汁がドロリと垂れていてこれもまた酷い悪臭を放っていた。口は少し開いており、その唇もまたあちこちがひび割れて赤黒い血が凝固したかさぶたが出来ており、その中に見える歯は黒く変色してボロボロで、吐く息も酷い悪臭で湯気が立ち込める程だった。


 冴内達はその姿にもその不快な音にも酷い悪臭にも何ら動じることもなく強いまなざしで横たわる少女を見つめ続けた。


 すると少しづつ不愉快極まりない呼吸音が一層不快に大きくなっていった。


 恐らく声を出すことが出来ないのだろう。冴内達の目の前にある醜い物体は冴内達の思念に語りかけてきた。


 コロシテ・・・コロシテ・・・ワタシヲ、コロシテ・・・コノヨカラ、ケシサッテ・・・


 ワタシヲ ホロボシテ


 冴内は水筒を開けて一口だけ口に含んだ

 続いて優も水筒から一口だけ口に含んだ

 最後に美衣も水筒から一口だけ口に含んだ


 ヤメテ・・・コナイデ・・・ワタシニフレナイデ

 オネガイ、キタナイワタシニ、チカヅカナイデ

 ダメ、アナタタチガ、ヨゴレテシマウ

 オネガイ!キタナイワタシニ、フレテハダメ!


 良くないものは賢明に叫び続けた。その強い精神力でほんのかすかにヒビ割れた口が動きかけた、より一層呼吸音が大きく酷くヒステリックになった。




 冴内は醜く腐敗した少女に口づけして口に含んだミラクルミックスジュースを飲ませた。


 優も醜く腐敗した少女に口づけして口に含んだミラクルミックスジュースを飲ませた。


 美衣も醜く腐敗した少女に口づけして口に含んだミラクルミックスジュースを飲ませた。




 そして冴内は左手を天頂方向に高く高く掲げ、右手を水平真横に広げた。やがて左手先から虹色の粒子が降り注ぎ始めた。螺旋を描きキラキラと温かく光り輝く粒子達が渦巻き始めた。これまでと違い粒子はどんどんどんどん充満していき、冴内達も台座に横たわる少女も、部屋の全てをかき消す程に充満していった。




 そして全てが消失した。




 虚無と思える何もない空間に少女は立っていた。それまでよりはかなりマシな状態ではあるが依然としてその姿は醜くく、血色の悪い真っ白な肌、白目の部分が漆黒の闇で黒目の部分が真っ赤な血の色の目玉、あちこちがひび割れた黒紫色の唇、ベッタリとまとわりついた漆黒の髪、あちこち膿や血が乾いた染みがついた白いワンピース、素肌の腕や足もあちこちがひび割れ、皮膚が剥がれ落ちている箇所もあった。


「どうして・・・どうして?・・・どうして!」


 冴内達は少女の前に立っていた。


「何故あなた達はここに来たの!何故私を殺してくれないの!あなた達なら私を!この場所もろとも全て消し去ってしまえるのに!!」


「あなた達はもうとっくに私なんかよりも遥かに強大な力を持っているのよ!」


「私を置き去りにして捨てて行った彼等よりも遥かに強い力を手にしたのよ!」


「何故私を滅ぼしてくれないの!何故こんなにも汚くて醜い私を殺してくれないの!どうして私にあんなことをしたの!どうして!どうして!!」




「ガァーーーッ!!!」




 叫んだのはなんと冴内だった。良くないものが精神崩壊して叫んだのではなく、そんな雄叫びなど生まれて一度も上げたことがない冴内が叫んだ。


「がおおおーーーッ!」と美衣も叫んだ。

「がおおおーーーッ!」と優も叫んだ。


「オレの大事なもの!オレの大事な優と美衣を傷つけるヤツはぶっ殺してやる!宇宙ごと全て消し去ってやる!」


「アタイの父ちゃんと母ちゃんをいじめるやつはやつざきにしてやる!アタイの食べものを食べたヤツもやつざきにしてやる!」


「私の愛する洋を惑わす全ての存在をぶっ殺してやる!宇宙ごと消滅させてやる!洋は私のもの!私だけのものよ!誰にもやるものか!」




 冴内達の顔は醜いブラック状態だった。

 冴内達は酷くゆがんだ笑みを浮かべヒッヒッヒと笑っていた。




 少女は呆然として冴内達を見ていた。醜い感情、醜い姿、醜い言葉を発する冴内達を息を飲んで見つめていた。


 冴内達は両手を幽霊のようにうらめしやといった感じで垂らしながら、少女に近づいていった。


「いや・・・いや・・・こないで・・・いやよ!酷い・・・そんなあなた達見たくない!こないで!」


 イッヒッヒと下卑た笑みを浮かべながら醜い少女に近づく醜い冴内達。




「いやぁぁぁぁーーーっっっ!!!」




 次の瞬間虚無空間は強烈な光に包まれた。

 一瞬で失明してしまう程の強い閃光に包まれた。

 何もかもを消し去ってしまう程の光に包まれた。




 少女が恐る恐る目を開けると、この上なく温かく優しく愛に包まれた冴内達に抱きしめられていた。


「僕らは君と同じで皆良くないものを心に抱えて生きているよ」

「いろんなうまいものを食べたい!おなかいっぱい食べたい!可愛いものをたくさんみたい!いっぱいあそびたい!」

「洋といっぱいムフフなことをしたい!洋と色んなところに行きたい!洋と美衣にいっぱい美味しいものを食べさせてあげたい!」


「僕らは君と一緒にずっといたい!ずっと一緒に暮らしたい!ずっと君を好きでいたい!」


「君は良くないものなんかじゃない、僕らと同じ人間だ。誰もが皆負の感情を持っている。そんな僕らと同じ人間なんだ」


「ごめんね・・・僕の、僕らの我がままを押し通させてもらうよ」


「君は決して良くないものなんかじゃない」


「君は・・・君の名は・・・君の名前は・・・」




冴内(さえない) 良子(りょうこ)、僕らの子供、僕らの家族、僕らの良い子の良子(りょうこ)だ!」


良子(りょうこ)お姉ちゃん!アタイの大好きなお姉ちゃん!」


良子(りょうこ)!私の可愛い娘!私達の家族!」


「君は今から冴内(さえない) 良子(りょうこ)だ!」


「あ・・・あ・・・あぁ・・・あぁぁぁ・・・」




「あぁぁぁーーーっっっ!!!」




 良くないものは全身がひび割れて内側からは強烈な光が漏れ溢れ、どんどんひび割れていく箇所が多くなり漏れだす光もどんどん溢れ出て、やがて爆発四散した。光の粒子が爆散した。同時に冴内達も光の粒子となって四散した。


 禍々しく冷え切った第五の試練の部屋は全く別の部屋に変わっていた。温かく光り輝く白く透き通ったクリスタルの部屋になっており、例の宇宙ポケットに入れていたオープン居住スペースにあった大きなベッドが真ん中に置かれていた。


 その真ん中には艶やかな黒髪で血色の良い透き通った肌をした美しい少女が横たわっており、右横には冴内が手を繋いで寝ており、左横には美衣が手を繋いで寝ていた、優は冴内の右に手を繋いで寝ていた。


 やがて4人とも目が覚めた。むくりと上半身をあげた少女、冴内 良子を冴内達は温かくしっかりと抱きしめた。


「おはよう、良子、今日からよろしくね」

「良子姉ちゃんおはよう!ずっと仲良くしてね!」

「良子、私は優、あなたのお母さんだよ!」


「ぅ・・・ぅぅ・・・ぅぅぅ・・・」


「ごめんね、だけどもう離さないよ、イヤだって言っても離すもんか、僕らにはげんしょのひとが良くないものといって切り離した欲望があるからね、その欲望が良子とずっと一緒に暮らしたいといってきかないんだ」

「ごめんね良子、こんな欲望まみれの私達だけど、私達の家族になって欲しいの」

「お願い良子姉ちゃん!アタイのお姉ちゃんになって!アタイ良子お姉ちゃんが大好きなの!」


「ウン・・・ウン・・・私・・・私、冴内 良子になりたい!ずっと皆と一緒にいたい!」


「有難う・・・本当に有難う・・・大好きだよ、僕らの良子、これからはずっと一緒だよ」

「良子、これからいっぱい一緒に料理を作ろうね」

「良子姉ちゃん、アタイといっぱいあそぼうね!ぼんおどりにいっていっぱいおどろうね!いっぱいおいしいもの食べようね!」

「ウン・・・ウン!私も皆が大好き!大好き!!」


「ウワァーーーーッ!!」(冴内)

「わぁーーーい!!」(美衣)

「わーーー!」(優)

「わぁーーーっ!」(良子)


グウゥゥゥ~~~!!(良子)

グゥーーー!(冴内)

グゥー!(美衣)

クゥ!(優)


「アハハハハ!良子お姉ちゃんおなか虫いちばん大きい声でないた!」

「ハハハ!皆のおなか虫が一緒に鳴いたね!」

「ウフフ!仲良し親子のおなか虫の大合唱ね!」

「え・・・えへへ・・・あの・・・100万年程何も食べてないからお腹空いちゃった・・・」


「優!美衣!」

「あいよ!」×2


 ベットから飛び起きた美衣は宇宙ポケットからキッチンと食材格納箱と米俵を取り出した。優と美衣は肉や魚に野菜を取り出し冴内は米を研ぎ始めた。冴内は良子を呼んで一緒にタップリ米を研いだ。


 ベットを宇宙ポケットにしまってテーブルを取り出して、どんどん料理を並べていった。やはり起きがけは美衣お気に入りの山盛り納豆ご飯で、温かいお味噌汁、肉や魚のソテーとフレッシュ野菜のサラダが並び、良子のお腹はますますグゥグゥ鳴りだして、良子はとても可愛い真っ赤な笑顔で、美衣のお腹もグゥグゥ一緒に合唱して笑いあった。


「「「「いただきまぁす!!」」」」


 良子は生まれて初めて家族団らんの食事というものをした。これほど幸せな気持ちになったのは生まれて初めてだった。これほど美味しくて温かくて嬉しい食事をしたことなど一度もなかった。美衣のもの凄い爆食風景を見て、良子は遠慮しなくちゃという気持ちなど吹き飛ばして元気に「おかわり!」といって沢山沢山食べた。


 美衣も良子もまだまだ食べる気満々だったが、優がその辺にした方がいいんじゃない?と言うと、美衣がハッ!と何かを思い出した表情をして、良子に「良子お姉ちゃん、ご飯はこれくらいにしよう!」と言った。良子は一瞬「?」という顔をしたが「うん、分かった」と素直に聞き入れた。


 美衣が食材格納箱に行き「えーと・・・どの箱だっけ」と蓋を開けていくと「あっ!あった!」と言ってそれを持ってきた。優はお皿とナイフとフォークを取り出し、冴内はロウソクを取り出した。


 冴内が「良子、ステータスオープンって言って」と言い、良子がそのように言ってみたところ良子の左腕が光り輝き次のように表示された。


-------------------

冴内(さえない) 良子(りょうこ)

★半永久的に14歳:女性

★スキル:大宇宙の英知Lv4+

★称号:優しい良い子

-------------------


「あっ!本当に美衣より一つ上のお姉ちゃんなんだね!じゃあロウソクは14本か」


 実際には百万年以上生きておりますが・・・


 美衣が取り出してきたのは大きなバースデーホールケーキだった。チョコレートの板にはホワイトチョコレートの文字で「良子お姉ちゃんお誕生日おめでとう!」と書いてあった。


 良子がロウソクの火を一息で吹き消し、冴内と優と美衣がバースデイソングを歌った。良子が泣き止むまで待ってから、皆でケーキを食べた。冴内と優は1割程度で、それ以外は美衣と良子が食べたが、さすがなことに美衣はおかわりのホールケーキを取り出して良子と一緒に食べた。


 大満足してのんびりとお茶を飲みながらくつろいでいたところ、テーブルから声が聞こえてきた。


「冴内 洋・・・冴内 洋・・・君に話がある、私は皆からげんしょのひとと呼ばれていたものだ。冴内 洋・・・冴内 洋・・・君と話しがしたい」


「「「「 !!! 」」」」


「きた!父ちゃん!げんしょのひとだ!」

「うん!もしかしたらこうなるんじゃないかって思ってた!」

「えっ?げんしょのひと?もしかして皆のこと?」

「そうよ良子!あなたの仲間達よきっと!」


 テーブルから聞こえてきたのはまさに【げんしょのひと】の声だった。


 試練の門を攻略すれば何らかの手掛かりが得られるかもしれないと思っていたが、手掛かりどころか【げんしょのひと】そのものが冴内にコンタクトをとってきた。


 果たして彼らは今どこで何をしているのだろうか・・・

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