138:スーパーヒューマンvsスーパー冴内
今後の闘いは全て我が家の女性陣にまかせてしまいたい冴内だったがさすがに一応冴えないけれど一家の大黒柱なのでそうも言ってられずなんとかして次の対戦までに攻撃力をあげる特訓を考えることにした。
「確か地球上で世界的に大ヒットしたスーパーヒューマンには弱点があったんだよね、クリプトなんとかとかいったっけ」
「それ父ちゃんの記憶で見たおぼえがある!」
「地球にもスーパーヒューマンがいたの?」
「うん、空想上のスーパーヒーローで古くからマンガとか映画とかテレビドラマとか世界中で幅広く愛されたキャラクターだよ、さすがに実在はしなかったけど・・・いや、もしかして優みたいに実際に本物がたまたま地球にきて、それを元に作品が生まれたとかだったりして・・・」
「それならその弱点もあったりするんじゃない?」
「いやぁ・・・どうだろう、それにそんな弱点をつく攻撃をする自分を見て皆どう思う?」
「勝つためにはなんでもありじゃだめなの?」
「るーるいはんじゃなければなんでもありだ!」
冴内は速攻で「正々堂々と闘わないとダメだ」と全否定されるかと思ったが全く正反対の答えが返ってきたので若干アレな気分になった。やはり宇宙最強の【ンーンンーンンンン】人はこと戦闘においては実に合理的で非情な考えの持ち主であった。とはいえ、そんなクリプトなんちゃらなどというものはどこにも存在しないし、そもそも地球上での作り話が本物の相手に通用するなど到底思えないので、やはり純粋に攻撃力強化のための特別訓練を考えることにした。
「うーん・・・ちょっと一人で滝に打たれてくる。二人はお留守番していてくれるかい?」
「分かったわ!食堂に行ってまた色々と調達したり料理を教わってくる!」
「アタイも食堂に行くー!」
「有難う!夕食までにはここに戻ってくるよ」
「行ってらっしゃ~い」×2
こうして冴内は地球に戻り吉野熊野国立公園内で修行に丁度良い場所に行って滝に打たれながら瞑想した。ふと一番最初に瞑想した時のことを思い出した。シーカー体験期間の最終日に小川でチョップの素振りをしていた時のことだ。あれから怒涛の日々が過ぎ、優と出会い美衣が生まれ宇宙人達と交流している。ここまでわずか7カ月程の出来事だというのだから信じられない思いでいっぱいだった。これは全て夢なのではないかとすら思える程だった。様々なことや思いが頭の中を巡り巡っていった。
やがて冴内の意識は遠のいていった。しっかりと立って滝に打たれながらも次第に意識は遠のいていった。頭のてっぺんから冴内の魂が抜け出しそのまま滝を登り空に飛び天高くどこまでも突き抜けて大気圏を突破し成層圏を突破し宇宙に出てそのまま太陽系を突破し銀河系をも突破した。小川にいたときも似たような体験をしたが、その時は冴内の上空数メートル程だったが今はもう既に数光年単位の距離まで冴内の魂は飛んでいた。
冴内は漆黒の闇の中で小さく渦巻く沢山の銀河を見た。銀河の中で生れ出る星々、消えていく星々、どの銀河の星々も愛おしく感じ自然と涙がポロポロと流れ出た。
やがて何かの声が聞こえてきた。それは宇宙からの声だった。
「どうして泣いているの?」
「分からない・・・」
「悲しいの?嬉しいの?」
「うん、悲しくて嬉しいのかも・・・なんだかすごく愛おしい気持ちでいっぱいなんだ・・・」
「それが君なんだね」
「分からない・・・これまでこんな風に感じたことがなかったから・・・でも、そうか、今の自分はそうなんだ。色んな人に出会って・・・自分も成長したっていうことなのかな?・」
「生まれたての時に戻ったのかもしれないよ?」
「なるほどそうかもしれないね」
「君はどうしてここにきたの?何がしたいの?何を望むの?」
「僕は・・・僕は・・・」
宇宙の声に対して冴内は小さな声で何かを囁いた
冴内の魂の身体は溶けて粒子になった。そして宇宙と一体になった。この上ない幸福感と温かさに包まれて冴内の意識は宇宙中に四散していった・・・
意識が戻ると冴内は滝に打たれたままだった。周りの風景を脳内が認識し始めると、目の前には優と美衣がいた。二人とも白い調理服の前掛けをしていて頭には白い調理帽を被っていて優は鍋のフタとおたまを持っており、美衣の方はまな板とクッキングブックを持っていた。とりわけ美衣の恰好はすごく可愛かった。二人とも息を切らしており、かなり急いでやってきたようだった。
「洋!」
「父ちゃん!」
二人はそのままお構いなしに滝に突入し冴内に抱き着いた。
「さっき宇宙から洋の魂を感じたの!」
「父ちゃんがうちゅうにとけちゃったと思った!」
「♪♪♪~♪、♪♪♪、♪~♪~♪」
「えっ!?洋・・・それって・・・」
「父ちゃんそれうちゅうごだ!母ちゃんのことばだよ!」
「♪♪♪?・・・えっ?あれ?そうだった?」
「よく覚えていないんだけど、なんだかとっても嬉しくて悲しくて温かくて気持ちよくて幸せな気持ちになった夢を見たような気がするよ・・・」
「なんか・・・父ちゃんあったかい・・・」
「本当ね、とても温かくて気持ちいい」
ドドドド!と、実際にはかなり冷たい滝の水が上から凄まじい水圧で落ちてきているのだが、そんなものをものともしない3人はしばらく冴内に抱き着いたまま滝に打たれていた。
※ちなみに以後、冴内は大闘技場にて様々な宇宙人達の言語をスラスラとしゃべるようになる。そのため作中においても以後は彼等宇宙人達の言葉はカタカナ表記ではなく通常の日本語表記とする。決して書くのが面倒になったわけではないし、その方が親愛なる読者諸兄においても読みやすくて良いと思われる。決して面倒になったわけでは・・・
気持ちが落ち着いた後で研修センターに戻ったがいつも通り凄まじい移動速度のため研修センターに到着する頃にはすっかり3人の衣服は乾いていた。美衣が持ってたクッキングブックだけはボロボロになってしまったが・・・
研修センターに到着すると続々と見慣れぬシーカー達がやってきた。いよいよ本格的に試練の門に挑む外国人シーカーやルーキー選抜隊のメンバーがやってきたのだ。彼らは当然冴内達のことは熟知しており、一目見るや拍手喝采をする者、感極まって大泣きする者、万歳三唱する者、深くお辞儀する者、祈りを捧げる者、土下座をする者、五体投地をする者・・・はさすがにいなかったが、それぐらい皆から深い尊敬の念で讃えられた。
力堂達もすぐにエントランスに駆けつけて冴内達を出迎えた。力堂達は試練に挑んでいたにも関わらず宇宙から冴内の声が聞こえてきたので急いで試練を中断して戻ってきたとのことだった。他にも腕の立つ上級シーカーや道明寺に鈴森も宇宙から冴内の暖かい声が聞こえたそうだ。その時全員理由も分からず何故か涙が溢れ出たとのことだった。
冴内は良く覚えていないけど滝に打たれて修行していたら宇宙と一体になったような夢を見たと説明した。力堂達と他の一部の上級シーカーには何かピンときたものがあったらしく、これは本格的に自分達も山で精神修養を取り込んだ方がいいなと察し始めた。徐々に彼等も答えに近づいているようだ。
多くのシーカー達に別れを告げて大闘技大会頑張ってくださいと激励を受けて、冴内達はオープン居住スペースへと戻っていった。
夕食は優が魚貝類を使ったブイヤベースを、美衣がタップリ野菜をニンニクで炒めてトマトで煮込んだラタトゥイユを作った。昼は肉尽くしだったので野菜をふんだんに使った料理と魚貝類を使った料理が大宇宙と一体になった冴内には心地よかった。夕食を食べ、風呂に入り、いつものように親子3人で川の字になって寝たが、その夜久しぶりに冴内は夢を見た。
誰かが泣いているような気がした。皆に置いて行かれてとても寂しい気持ちでいっぱいだった。皆のために自分から残ると言い出したことを酷く後悔していた。皆が嫌いなものは全部彼女が引き取った。彼女は皆が嫌いなものを全部自分の中に閉じ込めて心に蓋をした。彼女はずっと一人で眠っていた。ずっと一人で泣いていた。冴内はずっと彼女を見つめていた。一緒にずっと泣いていた。
「・・・。・・・ぅ。・・・ょぅ。」
「・・・。ぉ・・・ん。ぉぉぅゃん。」
「ょぅ・・・洋」
「ぉとぅちゃん・・・お父ちゃん」
「・・・ん?・・・あ・・・おはよう、優、美衣」
「おはよう洋、何か悪い夢でも見たの?」
「おはよう父ちゃん、だいじょうぶか?」
「えっ?あれっ?なんだ?涙?なんだこれ?」
優と美衣は冴内を抱きしめて背中をさすったり頭をなでたりした。
「いや・・・ごめん。よく覚えてないんだ。何か夢を見たような・・・うーん・・・なんだろう?」
「大丈夫?洋。今日の試合はお休みする?」
「父ちゃんのかわりにアタイがたたかおうか?」
「有難う優、美衣、でも大丈夫だよ、なんだかすごく調子がいいんだ」
「本当?」
「うん、なんかこれまでになくクリアな気持ちでいっぱいなんだよね、なんだろう?本当に気力がみなぎってる感じなんだ」
「なんか、父ちゃんからえねるぎーをかんじる」
グゥーーーーッ!!
グゥ!
「あははは!父ちゃんのおなか虫すごくないた!」
「ははは!美衣のおなか虫も一緒にないたね!」
「なかよしおやこのおなか虫だ!」
「うふふ!ご飯にしましょうか!」
たっぷりご飯を炊いて、山盛りに納豆をかけて、何かの魚を焼いて、大根に似た野菜をおろして魚の上にタップリ乗せて、温かい味噌汁で沢山食べた。
食後いつものように座禅を組んで瞑想した。瞑想後に美衣が練習試合をするかと冴内に聞いたが、その必要はないよと冴内は優しい笑顔で答えた。美衣はしばしの間真顔で冴内を見つめると、突然ハッ!という表情をしてからウンウンと頷いた。優も何かに気付いたのかウンウンと頷いてからやっぱり洋はすごいね!大好き!と言った。
そうして午前9時にいつも通り大闘技場の石畳の上にあがり、場内アナウンスに試合開始を知らせた。
『ご来場の皆さん今日も満員御礼!真に有難う御座います!今日で4日目ですが皆さん仕事は大丈夫ですか?って300万年ぶりの大闘技大会の開催ですから恐らくどこもだいたいお休みですよね!なんたって下手したら今回が最後の大闘技大会になるかもしれないですからね!』
ほとんどの星で会社や学校や公共機関は休日になっているようだ。地球を除いて・・・
『さて、本日の第四試合は先日の最強の格闘家、純粋に肉体のみで闘うという点で大宇宙無二の存在、最強獣人族で伝説の英雄【ギャオウギャウウギャミィー】選手亡き後に突如現れた次世代の大英雄、宇宙のスーパーヒーロー!タフネスさにおいては宇宙随一の誉れも高いスーパーヒューマン!皆さんご存知【∬∬∬ーΘΨーФ∀!】選手の登場です!』
いつもながら【∬∬∬ーΘΨーФ∀!】の部分は作者泣かせの名前であった。
そして、登場ゲートの豪華な門が開くと同時にスーパーヒューマンはそこから飛んでやってきた。最初は水平飛行していたが、そのうち垂直上昇し始めて、観客席の周りを実に爽やかな笑顔で真っ白にキラリと光輝く歯を見せながら片手をあげてグルリと周回した。
「「「ワーーーーッ!!」」」と、子供と思われる宇宙人と女性と思われる宇宙人から絶大な歓声が響き渡った。
『対する挑戦者は言わずと知れた冴内ファミリーの長!冴内 洋選手ーーーッ!』
「「「ワーーーーッ!!」」」
「洋ーーーッ!」
「父ちゃぁーーーんッ!」
両者の選手紹介を終えると、スーパーヒューマンは優雅にゆっくりと垂直に冴内の前に降り立った。鍛え抜かれた見事な身体のラインを引き立てる青いスーツに赤いマント、胸の真ん中には【∬】のマークが書かれていた。そしてその容姿は欧米人風で実に爽やかで端正なマスクであった。単に整ったハンサム顔ではなく、とても誠実な印象を与える容姿をしていた。そしてその目は真っ直ぐに冴内をとらえていた。スーパーヒューマンは何も言わずただずっと冴内を見つめていた。
『えー・・・と、その・・・試合を開始してもよろしいでしょうか?』
「いや・・・これはとても相手にならないな」
「「「オーーーッ!?」」」
『おーーーっとぉ!これは一体どうしたことでしょうかーッ!!これまでそのような言葉を一度も発したことがない【∬∬∬ーΘΨーФ∀!】選手!果たしてその意味するところは何なのかーーーッ!』
「おっと、すまない・・・コホン」
「会場の皆さん!正直にありのままの事実をお伝えします!私では彼、冴内 洋選手にはとうてい勝てません!いや、私が思うには、この宇宙にもはや彼に勝てる者など存在しないと思います!」
「「「エーーーッ!?」」」
『なーーーんとォォォ!【∬∬∬ーΘΨーФ∀!】選手からもの凄い発言が飛び出しましたぁーッ!』
「だが、それではせっかく300万年ぶりに開催された大闘技大会を楽しみに見ている全宇宙の皆さんには申し訳がない!だからせめて私の最大最強の技を全力で冴内 洋選手にぶつけようと思う!そしてその後で彼の全力の技を私の鉄壁の防御で受け止めようと思う!どうかその時の私の姿を見守ってくれないだろうか!」
「「「ワーーーーッ!!!」」」
地響きがする程もの凄い歓声で肯定された。
「すまない冴内 洋君、私ではもはや君の力に応えることはできない。せめて私の全て、私の思い、私の気持ちを君に伝えさせてくれないか?そして君の全てを私に受け止めさせて欲しい!」
「分かりました。【∬∬∬ーΘΨーФ∀!】さん、あなたの全てを教えてください、そして僕の全てをあなたに伝えます!」
「有難う冴内 洋!君に出会えて光栄だ!願わくば私が存命の頃に出会いたかった!」
二人は固く握手をして、至近距離で立ち合い、構えをとった。
一気に静寂に包まれる大闘技場。まずはスーパーヒューマンがグッと足を開き腰を落とし右腕を引いて力を籠め始めた。凄まじいパンプアップによりスーパーヒューマンの身体は全体的に一回り大きくなった。全身から湯気のようなオーラも漂い始めた。右手の拳がスパークしてまぶしくて直視出来なくなった。爽やかだった表情はとても険しい表情になり額の横やこめかみには血管が浮き出てきた。シュゥシュゥと何かすごく危険な感じのする音が右手の拳から発し始めた。
「行く・・・ぞ・・・冴内君!」
「いつでもどうぞ!」
「3・・・2・・・1!!」
キュワァーーーン!!ビシャァァーーーーッ!!!
二人の姿は光に包まれ全く見えなかったが、冴内がいたと思われる辺りからは大量の光が拡散した。何かの光の塊が激突して粉々に砕け散り光のシャワーを四方八方に拡散しているかのようだった。ただただ美しいの一言だった。
やがて光がおさまると肩で息をするスーパーヒューマンと、右手のチョップを前方に差し出して前かがみに立っている冴内が現れた。
「「「ワーーーーッ!!!」」」と、凄まじい大歓声と拍手喝采の嵐。
だが、冴内が構え始めるとピタッと止んで、またしても静寂に包まれた。
冴内も足を開き腰を落とし、半身の構えから右手を引いた。左手を高く天に掲げて目を閉じると冴内の身体の周りにキラキラと虹色に光り輝く光の粒子が舞い始めた。これまでと違いとても温かな優しい光だった。そして右手のチョップの辺りが光の渦のようになった。それはまるで小さな銀河のようだった。冴内の身体はまったく何も変わっていないのだが、見ている全員が冴内の身体がどんどん大きくなっていくように見えて、やがて冴内の身体は消え去り無限に広がる大宇宙の星々達が輝いているように見えた。新たに誕生する星々、老いさらばえて静かに消えてゆく星々、それら全てが大いなる愛を見る者すべてに訴えかけていた。全宇宙人が我知らず涙を流していた。
静かに、そっと、優しく、冴内の右腕の銀河は全てを包み込んだ。
スーパーヒューマンはとても柔らかな表情で光に包まれ消滅した。他の観客達全ても光に包まれて粒子となって消滅し、全てが宇宙と一体になった。
大闘技場には誰もいなくなった。
やがて少しづつ粒子の渦が渦巻き始め、徐々に粒子達は形を成していき、元いた宇宙人達が出現し始めた。もちろんスーパーヒューマンも冴内自身も優も美衣も全員出現した。
「その技・・・まさにビッグバンだ、私自身も宇宙になって宇宙誕生をこの身で体験したかのようだ!そして冴内 洋、君からは宇宙の愛を感じた!それが君の想いなんだな!それこそが君なんだな!」
「はい、ですがその力は僕自身のものではありません、僕は宇宙の力を借りているだけに過ぎないただの一人の冴えない地球人、冴内 洋です。でも宇宙は大いなる愛を皆さんに伝えたがっていました」
「そうなんだな・・・だから君には誰一人として敵わないんだな、君からは闘いの気配を全く感じなかった。ただ宇宙の大きな愛だけが伝わった。そうか・・・そういう・・・そういう方法もあったんだな・・・有難う、とても良いことを君から教えてもらった。本当に有難う、冴内 洋!」
「「「ウワーーーーッ!!!」」」と、もはや形容しがたい程の大歓声。観客は当然全員総立ち。宇宙人同士、全く異なる人種同士が抱き合い泣き合い喜び合い愛を叫んでいた。
『うわぁぁぁぁーーーなんという試合でしょうか!皆さんすいません!涙で私もまともな実況が出来ません!数千万年、いや億年にも及ぶこの大宇宙の闘いの歴史の中でこんな闘いがあったでしょうか!こんなにも愛に満ちた大宇宙の温かさと強さを感じることがあったでしょうか!もはやこれは闘いを超越しています!そう!例えるならビッグバンです!我々はこの身をもってビッグバンを体験したのです!なんということでしょうか!』
冴内とスーパーヒューマンは互いに固い握手を交わし、スーパーヒューマンは自らのマントを外して冴内にマントを着せた。そして正々堂々威風堂々と手をあげて大歓声に応えながら歩いて登場ゲートに戻っていった。
冴内は顎をあげて真上を見上げ、両手のチョップをピンと掲げると垂直に飛行し始めた。例の最強の絹糸で作られた防護服の胸の辺りには大きく「冴」の一文字が書かれていた。
冴内もスーパーヒューマンのように観客席の周りをグルリと飛び回ったが、残念ながらスーパーヒューマンの爽やかなハンサムマスクに遠く及ばない冴えない冴内だった。それでも観客達はスタンディングオベーションで冴内に熱烈な歓声をあげた。
「洋!洋ーーーッ!愛してるーーーッ!」
「父ちゃん!父ちゃぁーん!大好きーッ!」
「美衣ちゃんのお父ちゃんアタイも大好きー!」
「洋様ーッ!わたくしも愛してますわー!」←宙に浮かぶクリスタル鉱石宇宙人の貴婦人
『冴内選手!本当に有難う!私もあなたを愛しています!あっいや!そういう意味ではないですよ!大いなる宇宙の愛としてあなたを敬愛するという意味です!有難う!本当に有難う!』
大興奮に包まれた大闘技場、さすがに今日はなかなか観客達はフェードアウトしていかなかった。しばらくその余韻は続き、やがていつも通り冴内ファミリーだけになり辺りは静寂に包まれた。
『冴内 洋選手・・・いや、冴内 洋様、今日は本当に素晴らしい試合を有難う御座いました、いや、もはや試合ではないですね。壮大な宇宙の愛を見せていただき本当に有難う御座いました。今日起きたことは未来永劫語られることでしょう・・・さて、本日も再戦を望まれますか?』
「いや、アタイはたたかわない!」
「そうね、私も闘わないわ!」
『そうですか・・・そうですね、なんとなく私もそうおっしゃられると思いました。あんな素晴らしいものを見た後ですから闘う気など起きませんよね』
「うん!やっぱりやさしい父ちゃんがさいきょうなのだ!それでいいのだ!」
「そうね!ホントにそう!それでいいのだ!」
「ははは!」
「あはは!」
「うふふ!」
優と美衣は冴内の背中に乗って楽しそうに空を飛びながら居住スペースに戻っていった。
『冴内様・・・あなた達ならきっと・・・』