131:こころ
「みらくるみっくちゅじゅーちゅ」も完成したのでその日は早めに試練を終えて帰ることにした。冴内は来週辺りから試練の門に挑む選抜隊が来ることを思い出したので、道路の拡張工事兼イメトレをするということで動作を伴うイメトレ戦闘をしながらゲート村まで移動した。
今の所この道を通るのは冴内達と力堂達しかいない上に現状ではまだ過疎ゲートということでそもそも人が少ないのでまるで暴風雨か竜巻のような冴内達の動作を伴うイメトレを行っても他のシーカーが巻き込まれる心配はなかった。イノシシや熊などの危険対象物にとっては大迷惑ではあったが・・・
そうしてゲート村に移動してくる台風一過じゃなく台風一家の冴内ファミリーは凄まじい森林伐採というよりはもはや森林破壊といった様子で道路拡張をしていった。そのおかげで道路幅は6メートル程にもなり、彼らが通過した後には草木一本生えていない極めて快適に歩き進める道路に変貌した。なお、例の巨木から出る良質の硬い木材については、これから世界中から試練の門目的にやってくる人達で賑わうであろうから、彼等の宿泊施設などの建築材料として有効に使われることになる。後で知ったところでは大工の宮と旧姓早乙女の夫婦もこちらにやってきて、建築作業にとりかかるそうだ。
冴内達がゲートを出た数時間後に力堂達も試練の門から出てきたのだが、見事なまでにゲート村までの道路が拡張されていたので非常に驚いた。まるでロードローラーなどの道路整備用の重機でも持ち込まれたのかと思ったが、全て冴内ファミリーだけで数時間程でこの状態にしたというのを聞いて全員開いた口が塞がらなかった。
早めに到着していた冴内は、珍しく一人資料室にこもり調べ物をしていた。優は食堂の厨房にて料理を学び、美衣は試食係だった。また様々な食用素材も持ち込んでおり鈴森と道明寺配下の鑑定スキルを持った職員達が額に汗を流しながら鑑定していた。相当手強い素材たちのようだ。
冴内が調べていたのは瞑想についてだった。古今東西のあらゆる瞑想について調べてみたが文字や写真や動画ではなかなかピンと来るものがなく、一人で考えていても埒が明かないので道明寺に修行に行き詰っていると相談してみると、実際に体験実践してみたらどうかと提案された。折しも今いる場所は山伏達が修験道に励んだ大峰山脈一帯にも近いので修行するには最適な場所だと説明された。早速道明寺から修験者を紹介されて一通りの説明を受けた。基本的には険しい山に籠って滝に打たれたり座禅をしたり断食などをするのだが、最後の断食は美衣には到底無理だろうと思った。いや、そもそも卵から出てきてまだ3か月程度の幼女に山伏修行自体ムリだと思うが・・・っていうか、家族全員でやるつもりですか冴内先生・・・
翌日、いつも通りの行程で洞窟内のドーム空間に到着し、まずは優が一人で2体相手に戦うことになった。優は開始早々てるてる坊主の前に現われ剣を突き刺したが全身鎧の戦士の盾がそれを遮った。しかし優の剣激は凄まじく盾を貫通していた。ただ残念なことに盾までは貫通したが全身鎧までは貫通しておらず全身鎧の戦士はまだ戦える状況であった。そしてやはりその瞬間にてるてる坊主は近接距離から爆炎の火球を優に放ってきた。
優は籠手でその火球の軌道を逸らし、剣を素早く引き抜いててるてる坊主を横に薙ぎ払った。てるてる坊主は真っ二つになったがそれは残像であり、当然それすらも織り込み済みの優は返す刀で全くあらぬ方向に剣による斬撃を飛ばすと自らその斬撃に飛び込んでいったかのようにてるてる坊主は入っていき今度こそ確実に真っ二つになって消滅した。
「すごいぞ!母ちゃん!」
「うん、今のは凄い!」
残った全身鎧の戦士は1体ではもはや敵ではなく、すぐに瞬殺されて消滅した。毎日実施されてきた冴内地獄のイメトレは確実に成果があったのである。
「きょうもさきにすすむのか?父ちゃん」
「うん、ただ今日は二人にすごく怖い思いをさせると思う」
「えっ・・・何?洋・・・」
「うん・・・多分この後、僕は瀕死の状態で戻ってくると思う。本当に酷い見た目になって二人の前に戻って来ると思うんだ」
「そんなのやだ!」
「そうよ洋!いやよそんなの!!」
「だよね・・・ごめん・・・でも、どうしても試して確認してみたいんだ、今の自分がどこまで足りないのか・・・昨日ミラクルミックスジュースを作ったから、それさえ飲めばすぐに元の元気な姿になると思うから、行かせて欲しい」
「どうしても・・・今日じゃないとダメなの?洋」
「もっとしゅぎょうしてからじゃだめなのか?父ちゃん」
「うん、その修行のためにも今日行っておきたいんだ、何がどこまで足りないのか分からないまま修行しても今のままで何も変わらず強くなれないんだ」
「分かったわ・・・洋がそこまで言うなら私も覚悟を決めたわ」
「アタイもかくごする!」
「有難う・・・でも、そうだな・・・美衣には目隠ししておこうと思う。優にはちょっと酷いものを見せることになるけど、昨日のミラクルミックスジュースさえ僕に飲ませてくれればすぐに元通りになるから辛いと思うけど耐えて欲しい」
「・・・ゴクリ」(美衣)
「わ・・・分かったわ、耐えてみせる。ミラクルミックスジュースはこのまま薄めなくてもいいの?」
「うん、そのままの原液を飲ませて欲しい」
「分かったわ・・・」
そうして冴内達は洞窟の奥に進んで行った。今日も進み始めて9分の位置で優と目隠しをした美衣が待機した。昨日よりもかなり耐久値が向上しており、それほど酷く気分が悪くなることはなかった。
「じゃ行ってくる、多分すぐに戻ってくると思う」
「どんな状態でもいい、必ず戻ってね洋!」
「父ちゃん・・・」
「大丈夫、必ず戻ってくるよ!」と、美衣の頭を優しく撫でた後冴内は先に進んで行った・・・
3分後、冴内は戻ってきた。両腕が切り落とされ両目が潰された状態で。
「・・・・・・ッッッ!!!」
「と・・・父ちゃん?」
「優・・・頼む・・・」
優はミラクルミックスジュースの原液を口いっぱいに含み冴内に抱きつき口移しで冴内に飲ませた。
冴内がミラクルミックスジュースをゴクンゴクンと飲み干すと冴内は激しくのけぞり身体が虹色に輝いた。とりわけ両目と両腕から虹色のビーム光線が激しく光り輝いた。優は大粒の涙をボロボロこぼしながら冴内を強く抱きしめ続けた。美衣も手探りで冴内を見つけて強く抱きしめた。
わずか10秒程度が酷く長い時間に感じられたが、虹色の光がおさまるといつもの冴内の姿に完全復活した。冴内は二人にもう大丈夫だけど、すぐには動けなさそうなので安全地帯まで運んでいって欲しいと二人に頼むと秒で戻った。本当に1分かからず秒で安全地帯まで戻っていった。
「あーーー痛かった!死ぬかと思った!」
「洋ーーーーーッッッ!!!」
「お父ちゃぁーーーーんッ!!!」
「ごめんね!本当にごめんね二人とも!でももう大丈夫だよ!そして、二人のおかげで知りたかったことがハッキリ分かったよ!」
「洋!洋!洋!」と顔中キスし続ける優。美衣も冴内を抱きしめたきり離れない。
「もう今日みたいな目には合わせない、約束する。しばらくはあそこには行かない」
「本当ね?洋」
「ほんとうか?父ちゃん」
「うん、次に行くときは、勝つ!必ず勝つ!」
そうして冴内達は午前中に研修センターまで戻ってきた。今日の動画は洞窟から先は絶対に見ないようにと強く念を押して言った。恐らく通常の人間では精神が耐えられずショック死するか精神崩壊するだろうと。どうしても解析したい場合はAIにやらせるか防御力か精神力が4桁に近いシーカーじゃないとだめで、さらに精神安定剤をいつでも飲めるようにしておかないと危険だとも言った。当然冴内がどういう状態になって死にかけたのか口頭で説明した。
道明寺も神代も酷く心配したが、もうしばらくは洞窟の奥には進まず、進むときは必ず勝つときだと力強く説明することで日本を代表する二人の局長はなんとか納得理解してくれた。そしてこれからはここから近い吉野熊野国立公園や大峰山に行って山修行すると報告した。
状況報告の後食堂にて昼食をとり、登山らしい恰好や装備を一切持たず駆け足で吉野熊野国立公園と大峰山に向かった。道のない山林や岩山の中を凄まじい速度で縦横無尽に移動し、修行に向きそうなスポットを探し周り、いくつか良さそうなスポットをチェックしていった。
冴内は優と美衣にしばらくここで修行するから研修センターに戻るように指示したが、当然優も美衣も冴内と一緒にいると言って聞かなかった。冴内は考え込んで方針を若干変更することにした。
夕方になったのでいったん研修センターに戻り夕食をとり、力堂達には詳しい事は後で道明寺に聞いてくれと言って早めに切り上げ、またしても真っ暗な吉野熊野国立公園へと向かった。一応二人のためを思い寝袋を二組持っていった。
真っ暗な吉野熊野国立公園にてあらかじめチェックしていた場所に到着すると、冴内は座禅を組んで瞑想し始めた。優も美衣も冴内の真似をしたが、美衣は開始数秒で熟睡したので寝袋に入れてあげた。優も数分後には寝息をたてはじめたので同じく寝袋に入れてあげた。冴内はただ一人満月の月明かりの中座禅を組んで瞑想し続けた。
やがて午前4時過ぎになったあたりで二組の寝袋を両肩に担ぎ、北上して大峰山に向かった。凄まじいスピードで移動したが二人を起こさないように滑らかに移動していった。やがてとても人が立ち入れないような険しい岩肌のてっぺんまで辿り着いた冴内はそこで朝日を待ちながらまた座禅を組んで瞑想した。
やがて太陽が出てきて冴内を照らし始めた。強烈に明るく強い日の光で優も美衣も目を覚ますと、そんな太陽に負けない程に光り輝く冴内の姿を見た。冴内の顔はいつもの冴えない表情からは想像だに出来ない程、仏のように穏やかで温かな表情だった。そんな冴内を二人はいつまでも眺めていた。
やがて冴内が瞑想を終えると、二人におはようと挨拶をして、滝に打たれる修行をすると言ってあらかじめチェックした滝のあるスポットに移動した。いわゆる観光名所や景勝地ではない場所で、ここもまたおよそ人が立ち入ることは不可能といえる場所で、そこで冴内は滝に打たれながら瞑想した。優と美衣も真似して滝に打たれた。そんな二人に気づいて冴内は二人の手を握って瞑想した。言葉ではなく手のぬくもりを通して全ての気持ちを伝えるかのように二人の手を握りしめて瞑想した。
やはり美衣の腹時計がグゥと鳴ったので、そこで滝修行を終えて凄まじい速度で研修センターまで戻って朝食をとった。朝食後は試練の門に入り洞窟内ドーム状空間にて美衣が単独でてるてる坊主と全身鎧の戦士に挑むことになった。冴内の開始合図と共に美衣は消え、冴内の分身の術の時と同じように突然二人の美衣がてるてる坊主と全身鎧の戦士の前に現れた。惜しくも2体同時撃破とは行かず、全身鎧の戦士の方には盾で防御されたが間髪入れずに続く2激目で全身鎧の戦士も消滅した。
「凄いな美衣!」
「美衣凄いわ!」
「えへへ!父ちゃんのしんぶん・・・じゃない、ぶんしんのじゅつをまねした!」
「じゃあ僕は今日も山に行って瞑想するけど、二人はどうする?」
「私は食堂でお昼のお弁当を作ってから行くわ」
「アタイは父ちゃんについていく!アタイもめーそーするぞ!」
「分かった、二人とも付き合ってくれて有難う!」
そうして冴内は今日も山修行を行った。次の日からはもう試練の門には行かず、朝と夕の食事以外は全て山で座禅を組み瞑想した。そんな山修行を5日程続けたある日の朝、優と美衣から冴内が待っていた言葉が発せられた・・・
「なんか・・・まえに父ちゃんがいってたこたえがわかったような気がする・・・」
「私も分かったと思うわ、せーので言おうか美衣」
「わかった!」
「せぇーのぉ!」
「「こころ!」」
「正解!二人とも大当たりだよ!」暖かい笑顔で答えた冴内の目からはポロポロと涙がこぼれていた。