128:さらに先へ
冴内達は研修センターに戻り早めの夕食をとった後、中会議室にて力堂達と互いの進捗状況について話し合っていた。優の新装備の籠手と剣を見せると皆凄いとかスゲェとか感嘆の声をあげ、道明寺が早速鑑定し始めたのだがこれは相当難しいといい、優に明日の朝出発するまで預からせて欲しいとお願いすると優も快諾した。また、手代木が剣の鞘や柄などの製作依頼をした方がいいと提案し、職員から3Dカメラや一眼レフカメラを借りて写真を撮り、神代に連絡してこの剣に相応しい装飾具の製作を依頼した。当然籠手についても同様に撮影し依頼した。
力堂達も今日は21階層にて新しい装備と戦術を試していたとのことで、まず荷物運びで怪力自慢の吉田が新たにクロスボウを使うことになったのだが、これが予想をはるかに超えた戦力強化になったとのこと。吉田の怪力によりおよそ人力のクロスボウとは思えない連射速度で、しかも通常の弦の倍程もある強威力で、鏃にはゲート内で倒した巨大スズメバチの毒針を用いることでかなりの殺傷能力があり、遠距離から投石をしてくるサルや上空から攻撃してくる巨大カラスの撃退に相当活躍したそうだ。
手代木も新たに強化スリングショットを使い始めたが吉田の戦闘参加により、これまで以上に戦況分析と戦術指揮に専念することが出来て大幅に戦闘がラクになりチーム全体の戦闘能力が2段階以上向上したとのこと。矢吹も新たにバトルグローブを強化し攻撃力が向上したのと、威力はまだまだ弱いが衝撃波によるけん制が可能になったとのこと。同じく力堂も斬撃によるけん制が出来るようになり、攻撃のレンジ幅が増えたことで手代木の戦術の幅も増え、その日はお試しで挑んだつもりだったのだが結局25階層まで攻略してしまったそうだ。
美衣が「なにかいいものもらえた?」と聞くと、吉田が巨大カラスの鳥肉をゲットしたから明日は美味しい焼き鳥が食堂に出てくるよ!と言うと美衣は目を輝かして「ヤキトリ!やったあ!」と大喜びした。他にもレアな鉱石や宝石をゲットし、鑑定結果がとんでもない金額になりそうだとのこと。
さらに最も重要なのがステータスの向上で、各メンバーそれぞれの得意分野の数値がいよいよ歴代最高位の90台に突入しそうだとのこと。さらにとんでもないことに、これまで見たことがないスキルが出現し、しかも冴内以外で全員が人類初の複数スキル持ちになったそうだ。やはり試練の門は相当に大盤振る舞いの大サービススポットだと全員関心しきりであったが、美衣は「うちらにはけちんぼだ!」と不満をあらわにしていた。
力堂にそっちはどうだったんだと聞かれたので、とりあえず美衣が両手剣の剣士を5分以内で無傷で倒したのと、明日には優も倒せるだろうと答え、さらに次の日以降は恐らく全ての攻撃を見切って二人とも瞬殺出来るだろうと冴内が冴えないいつもの顔でさらりと言いのけると、力堂は「明日じっくり見てみる・・・」と言葉を詰まらせながら言った。そうしてその日の進捗報告会を終え、いつも通り大浴場で汗を流して夜の9時過ぎには就寝した。
翌朝もいつも通り朝6時の食堂開始と共に朝食をとり、力堂達は午前中は冴内達の動画を見るのとさらにこの先の攻略会議をするというので冴内達は駆け足で試練の門まで向っていった。ちなみに優の装備品の鑑定結果はあともう一息というところで道明寺が力尽きてしまい、代理の人間が優の装備を届けてきた。申し訳ないが今日もまた預けてもらいたいとお願いされたので優は快諾した。
今日も7時ちょっと過ぎに試練の門に入りまずはウォーミングアップということで巨花を瞬殺し、そこの広場で身体を動かす冴内イメトレを開始した。たちまち辺りは暴風雨のような状況になり、広場の大きさが2倍程になる始末だった。優も美衣も相当慣れてきたようでほとんど息を切らさないようになっていた。「よし、ウォーミングアップはこれくらいでいいね」と冴内は言い、いつも通り冷やした桃ジュースとサクランボ1個で完全にアップ終了し、両手剣の剣士がいる泉に向かった。
だんだん見慣れてきた黒紫色の泉に近づくと、水面から両手剣の剣士が現れた。
「いってくるわね!」
「母ちゃんがんばれ!」
「頑張って優!」
優は右手のレイピアを構えて右半身の構えになった。恐らく籠手は使わないつもりだろう。優はトーントーンと軽くステップしたり剣先の動きを確認すると「よしっ!」と一つ頷いて両手剣の剣士の攻撃圏内に入った。するとやはり両手剣の剣士の両肩から先と優の右肩から先が完全に消え去り透明になった。そしてもの凄い風切り音が響き渡った。とりわけ今日は優も剣を使っているので甲高い音が三重奏に重なっているので凄まじいことになった。しかし今日は「キンッ!」という音は聞こえない。つまり今の所優は完全に相手の攻撃を避けているのだ。
「多分もう完全に見切ったわ!」
「オーケー!じゃあ倒しちゃって!」
「了解ッ!」
次の瞬間優は消えてさっきまでいた位置とは正反対の泉の対岸に現れ、両手剣の剣士は振り返る事すら出来ずに真っ二つになって消滅した。
「いいね!」
「さすがお母ちゃん!」
「ありがとー!」と、今しがたやってみせた恐ろしい所業とうってかわって可愛らしくピョンピョン飛び跳ねて手を振る優だった。
「明日は美衣の番だけど、もう何の問題もないから今日は先に進んでみよう」
「わかった!」
「分かったわ!」
そうして冴内達は両手剣の剣士のいる泉の先に進んでいった・・・
10分程進むと行く手には大きな壁が立ちはだかっていて、その先には大きな穴が空いていた。冴内達は全く立ち止まることなく洞窟に向かって歩き始めたが3人ともピタリと停止した。洞窟入り口と冴内達の停止した中間地点あたりの地面が盛り上がり、ボコボコという音と共に中から異形なヒト型のようなものが出現した。
それは下半身がクモのようで脚が6本あり、腰から上がヒト型なのだが腕が4本あり、指はなくヒジから先が鋭利な槍というよりは西洋のランスのようになっていた。身体全体は昆虫のような黒く光った甲冑で覆われ、頭部も同様だった。鎧なのか外骨格なのかそれとも皮膚が進化したものなのか不明だが、男の子によってはカッコイイ!というかもしれないフォルムだった。一瞬冴内は美衣がカッコイイと言うかなと思ったが「可愛くない」の一言だった。
「これはちょうどいいね!う~ん・・・やっぱりうまく出来てるんだなぁ・・・さすがというかすごいなぁ・・・これ作ったヒト・・・って、宇宙人か」と、いいながらまたしても不用心にも程があるというくらいに冴内は危険過ぎる存在に対してまたしてもスタスタと家の庭にある花壇でも眺めに行くかという感じの完全無防備状態でクモ剣士に近づいた。
クモ剣士は消えたと思われるほどに一瞬で冴内の目の前に移動し、4本の鋭いランスが冴内の胴体を貫いた。本当に冴内の胴体を貫いた。
冴内の残像を。
次の瞬間冴内は洞窟の奥を覗いて確認していた。クモ剣士は振り返って冴内を見たが前回の両手剣の剣士同様に上半身だけが回転して、ズルリと胴体がずり落ちたと同時にクモ剣士は消滅した。あとには何も残らなかった。
冴内が大声と手招きで美衣と優を呼んで、冴内達は洞窟内へ入っていった。洞窟内はこれまでの第一から第三の試練同様、真っ暗で何も見えないということはなく明るかった。さらに10分程進むとまたしてもドーム状の空間が現れた。
空間の中央部をみると二人と思われる人影が地面に座っていた。冴内が少しだけ前に進むとその二人は立ち上がった。一人は足がなく宙に浮かんでおり何かポンチョのようなものを身にまとっていた。シルエットだけ見るとまるでてるてる坊主のようだがとてもそんな生易しいものではなく、やはり邪悪で禍々しい雰囲気を漂わせていた。全体的に灰色がかっており顔に相当する部分も布で覆われていて一切表情などは伺い知れない。
もう一人は大きな盾と幅広の剣を持ち全身鎧を着込んだ巨躯の戦士だった。盾も剣も鎧も全て鈍く光る黒鉄色で赤い筋の模様が描かれていた。鎧の戦士はゆっくりと立ち上がり冴内達を見据えると、頭部のフルヘルムにある目の部分に該当するスリットから赤い光が漏れ出た。
「と・・・父ちゃん・・・」
「洋・・・」
と、二人とも冴内の腕にしがみついた。しかし冴内はまたもや関心した様子で次の言葉を発した。
「すごいなぁ・・・ここで、これを用意するんだ。本当にこれを作った宇宙人はすごい・・・一体この先どうなってるんだろう・・・」
「二人とも大丈夫、安心して。多分さっきよりも少しだけ時間がかかると思うけど絶対に大丈夫だから安心して」と、優しく二人の肩をさすった。オイお前ホントに冴内か?ニセモノじゃないだろうな。
「わかった・・・」
「分かったわ・・・」
「じゃいってくるね」言った瞬間冴内は消えた。
ドガァァァァァン!!
「やっぱりそうくるか!」と、冴内は突然てるてる坊主の目の前に出現したが、冴内とてるてる坊主の間に全身鎧の戦士が割って入り冴内のチョップは盾で受け止められていた。戦士がさっと横に移動するとてるてる坊主は爆炎の火球をゼロ距離射撃で冴内にぶっ放した。
「父ちゃん!」
「洋!」
しかし爆炎火球は冴内のチョップで真っ二つに割れた。それどころかてるてる坊主も真っ二つに割れて消滅した。と、同時に全身鎧の戦士が横から冴内の胴体を薙ぎ払ってきた。冴内はチョップで受け止めた。
ガキィィィン!
「いッ・・・てェーーーッ!」
全身鎧の戦士の幅広の剣と冴内のチョップが鍔迫り合いをしている。冴内は身体を半身の状態にしており、反対側の手を全身鎧の戦士の死角になるようにして力を溜めると手は虹色に輝き、冴内は一気に体捌きで半身の状態を入れ替え様に虹色のチョップを全身鎧の戦士に打ち込んだがなんとまたしても盾で受け止められた。
「そんなに硬いんだ!やるなぁ!」と、冴内は感心しバックステップでいったん距離をとると両手をダラリとさげてスゥゥゥと深呼吸し始めた。何度も深呼吸を繰り返すと冴内の身体の周りの空気がまるで蜃気楼のように揺らぎ始めてきた。そのうち冴内の身体が虹色のように光始めてきた。
「い・・・く・・・ぞぉぉぉぉぉ・・・」
ッチュゥゥーーーーーーーーン・・・
虹色に光る線が空間に残り、全身鎧の戦士がいたところには虹色の粒子残像がまるでダイヤモンドダストのようにキラキラと光り輝いていた。
冴内と思しき虹色の光の塊からパラパラと虹色の光のかけらが剥がれ落ちていき、その中から冴内が現れたかのように見えた。
ドサリ!
「あーーー疲れたぁーーーー!」
「わぁーーー父ちゃぁぁぁーーーん!」
「洋ーーーーーッ!」
二人に思いっきり抱き着かれて優しい笑顔で抱き返した冴内だった。
「心配かけてごめんね二人とも」
グゥゥゥゥーーー
「ハハハ、お腹空いちゃったよ」
「アハハ!父ちゃんアタイみたいだ!」
「ウフフ!帰ってお昼ご飯にしましょ!」
そうして冴内達は安全地帯に戻ることにした。
「ねぇ洋・・・私と美衣は以前よりも弱くなってしまったのかしら?」
「いや、そんなことはないよ、以前よりもはるかに強くなってると思うよ」
「でも、これまで感じたことのない怖さを感じるのよ」
「うん・・・それはね・・・・・・」
「?」
「どうした?父ちゃん」
「うーん・・・これは僕からは言えないんだ、二人が気付かないといけないコトなんだよ」
「気付くって・・・何に?」
「なんだ?父ちゃん」
「・・・ここの答えにだよ」
「ここの答え?」
「こたえってなんのこたえだ?」
「うん、それは言えない。言っちゃいけないんだ。二人が自分達自身で気付かないといけないんだ。でもね、二人なら絶対に気付くと思う。大好きな二人なら気付くと僕は信じてる。だからそれまで僕は二人を応援するし待ち続けるよ」
「わかった!アタイはきづいてみせる!」
「私もよ!洋!」
「ありがとう、二人とも大好きだよ」
「アタイもだいすきー!」
「私もー!」
その後安全地帯で昼食を食べ、休憩後は冴内イメトレといういつものルーティーンでその日の試練は終了した。