127:地獄のイメトレの効果
翌朝も6時の食堂オープンと共に朝食をとった。前日の夜に優に明日も食堂に朝早く行って弁当を作るのかと聞くとそのつもりだと言うので、冴内は優にあるお願いをして、優も了承してくれた。この日は力堂達も一緒に食事をとり、朝イチで試練の門に挑むといっていた。しかし今日は攻略よりも色々と試すことが目的だと言っていた。手代木の運転するマイクロバスに乗って玉置神社駐車場まで行き、そこからは駆け足で試練の門まで向かい7時半にはそれぞれ試練の門に入っていった。
冴内はまず卵の胴当てを二つに割ることから始めた。地球程の大きさの隕石の直撃にも耐えうる卵の殻を果たして真っ二つに切ることなど出来るのだろうか・・・
「地面に置いたら地面を割っちゃいそうだから両端を二人でしっかり持っててくれる?力いっぱい持たなくても、一瞬で切るから大丈夫だと思うよ」
「わかった!」
「分かったわ!」
「じゃあ行くよ!」冴内がチョップを構えて冴えない冴内のくせに真剣な表情をすると冴内の右手が虹色に輝き始めた。
「その父ちゃんのれいんぼうちょっぷ、すごくかっこいいな!アタイもできるようになりたい!」
「フフフ、美衣ならすぐに出来るようになるさ」やだ、なに冴えない冴内のクセにカッコイイ。
「なんかだんだん怖いくらいステキになっていくわねダーリン!」
「ありがとう、よしっ!いくぞっ!」
スパァァァァァ・・・ン!
地球程の隕石の直撃にも耐えうる美衣が入っていた卵の殻は見事に綺麗に何の衝撃もなくスパッと二つに割れた。
「さてと、ここからは美衣の出番だ。美衣にしか出来ないし、美衣なら最高の物を作れると信じてる」
「え・・・・えへへ・・・うれしいな」
「美衣お願いね!」
「うん!アタイ頑張る!」
「じゃあまずは籠手を作ろう。優、利き手は右手でいい?」
「私はどっちも同じくらい使えるわよ、地球人は右利きの人向けのものが多いから右を多用してるだけよ」
「アタイもそう!」
「そうなんだ・・・やっぱりすごいな君達は・・・じゃあちょっと考えを変えて籠手も剣も両方の手で扱えるようにした方が応用がきいていいかな。じゃあ優、とりあえず左手を軽く握って前に出して」
「はい」と左手を軽く握って前に出す優。
「じゃあ美衣、優のヒジから拳までを覆う筒を作ってくれるかい?えーとね・・・ちょっと待って。昨日携帯でいくつか画像を保存しておいたんだ・・・と・・・あったあったコレコレ、こんな感じで」
「どれどれ・・・ふむふむ・・・分かった!やってみる!」といってトントンカンカン卵の殻を叩いて優の前腕がすっぽり収まる円筒形を作っていった。
「すごいな美衣・・・やっぱり美衣の万能チョップが一番すごいと思う・・・」
「えへへへ!」
「そうそう先端を丸めて、そう!優が握ることが出来るようにさらに丸めて・・・そう!さすが美衣!すごいよ!ホントすごい!」
「えへへ・・・どう?お母ちゃん」
「すごいわね!ピッタリよ!そして握りやすいからすっぽ抜けたりしないわね!」
「ゆくゆくは道具屋さんに頼んで細かい所を改良してもらうとして、当面はそれで十分だと思う」
「分かったわ!」
「じゃあ次は剣を作ろう。美衣今度はこういうのを作って欲しいんだ」
「どれどれ・・・ふむふむ・・・分かった!あっ、だけどアタイじゃかたちはまねできるけど、このなんていうの?するどいやつはできないと思う」
「うんそれは刃だね、これは研がないとダメなんだろうね・・・後で梶山君に相談するとして、まずは形だけでも十分だと思う。優、この剣はしばらくは切るというよりも突き刺して使うのがメインになると思うけど、多分それでも十分通用すると思うよ」
「洋がそういうなら間違いないわね!」
「じゃあ美衣お願い!」
「まかせて!」そうして美衣はまたもやトントンカンカンとチョップで叩いて細身の剣、いわゆるレイピアを作っていった。素材が素材なだけに見た目は細身ではあるが、決して折れることのない地球上では最強のなまくらの剣になることだろう・・・と、思っていたのだが美衣の万能チョップ、いや、正確には真・万能チョップの技術レベルは凄まじく、美衣は全然ダメだとは言っていたが全くなまくらな剣などではなく普通に鋭利な刃が出来ていた。さすがに刃の上からティッシュを落としたらティッシュが真っ二つになったとかいう馬鹿げた切れ味の刃ではないが、それでも優が軽く振っただけで凶悪なツタが絡まった大木をいとも簡単に切り倒した。これには冴内も拍手喝采をおくり、美衣を抱きしめて大喜びした。美衣も大喜びで冴内に熱烈なキスをした。それを見た優も美衣と冴内に熱烈なキスをした。
「いいぞ!じゃあ次に優が籠手と剣で戦う練習をしよう。まずはこのまま進んで巨花を倒そう!」
「オーケー!」
「僕らもついていって、優の戦い方を見に行こう」
「わかった!」
優は先頭を歩きながら剣を色々と振り回して感触を試していたが、やはり今日も凶悪なツタのトゲムチは3人を襲ってこなかったので、すぐに巨花のところに辿り着いてしまった。巨花の前で優が優雅に剣を構えると多分気のせいだと思うが心なしか巨花がたじろいでいるように見えた。
「じゃあ優、頑張って!」
「がんばれ!母ちゃん!」
「まかせて!」
瞬殺だった。
「うーん・・・練習にもならなかったかぁ・・・」
「母ちゃんスゴイな!すごく強くなったぞ!」
「ウフフ!ありがとう!これで私も少しは二人の役に立ちそうで嬉しいわ!」
「さて・・・そうなると・・・どうしようか・・・ウーム・・・」
「どうしたんだ?父ちゃん」
「美衣、両手剣の剣士とやってみる?勝てそうな自信はあるかい?」
「ある!」
「いいね!即答!うん、これなら大丈夫だね。でもその前に少しウォーミングアップしようか」
「わかった!」
「いつもよりも弱めにイメージするよ、だけど十分両手剣の剣士は倒せるレベルだから気は抜かないでね。せっかくだから優も美衣の横に並んで」
「分かったわ!」
「よしこい!」
「じゃあ行くよ」
そうして若干優しめの冴内イメトレが開始されたが美衣も優も膝から崩れ落ちることなくもの凄い集中力で頭の中の冴内と戦っていた。3人ともただ静かに立っているだけなのに、頭の中では音速をはるかに超える速さで猛烈に動いていた。これこそまさに究極の武術練習法「静中動」であった。冴内はいったんイメトレを停止し、今度は3人とも距離を十分に空けて実際に身体を動かしながらイメトレするよう指示した。特に優はまだ籠手と剣を持ったばかりなので有効な練習になると思うと冴内は言った。そうして今度は実際に身体を動かしながらのイメトレが始まった。開始と共に3人とも両腕が消えて透明になった。空気を切り裂く凄まじい音が鳴り響き、3人の近くに生えていた凶悪なツタや巨木はズタズタに引き裂かれていった。その様子はほぼ森林破壊といってもいいくらいの凄まじさだった。美衣と優の身体から湯気が出始めてきたあたりで冴内はイメトレを終了し、あらかじめ用意して昨日のうちに冷やしておいた桃ジュースを二人に飲ませ、さらにサクランボを一粒ずつ食べさせた。これで美衣は完全に準備万端仕上がったのでいよいよ両手剣の剣士に挑むことにした。
おどろおどろしい黒紫色の泉に近づくと、ゴボゴボという音と共におぞましい見た目の鎧に包まれた両手剣の剣士が現れた。
「いってくる!」
「頑張れ美衣!」
「頑張って美衣!」
美衣は静かに両手剣の剣士に近づいて行った。肩の力を抜いて静かに息をしながらスイスイと近づいて行った。やがて剣士の攻撃圏内に入るとやはり両者の肩から先は透明になって見えなくなった。凄まじい風切り音に混じって「キンッ!」と甲高く澄んだ音が聞こえる。
「美衣!倒せるならいつでも倒していいよ!」
「分かった!」
と、美衣が返事をした直後一筋の黄金に輝く閃光が煌めき、美衣の指先から放たれた黄金の光は両手剣の剣士を貫き、黒紫色の泉の対岸のさらに先まで光を照らしていた。
「どうだった美衣?」
「うん、まだお父ちゃんみたいにかんぜんにぜんぶよけられなかった」
「さすがね美衣、明日は・・・優の番だから、多分その次の日には全部躱せると思うよ」
「わかった!いめとれがんばる!」
「優はどう?今の美衣の戦いを見て、どう思った?明日いけそう?」
「そうね、全部躱せるかは今日この後のイメトレ次第だと思うけど、勝つだけなら余裕だと思う!」
「良かった!自分で考えたトレーニングだから自信がなくて不安だったんだけど安心したよ!」
「だいじょうぶだ!父ちゃんのとれーにんぐはうちゅうさいきょうだぞ!」
「そうよ洋!これ以上のトレーニングはないわ!」
「有難う二人とも、本当に大好きだよ」
「アタイも大好き!」
「私も大好き!」
「じゃあお楽しみのお昼にしようか!」
「おたのしみ!?やった!なにかわからんけどやったぁ!」
3人とも安全地帯に戻り昼食の準備に取り掛かったのだが、冴内は美衣を連れて近くの泉に向かっていった。
「大きいさかながたくさんおる」
「あの中で一番美味しそうに見える魚を獲ってくれるかい?」
「わかった!!」と、美衣は目をキラキラ輝かして元気よく返事すると、凄まじい眼力で泉の魚をサーチした。まるで目からビームが出ているかのような集中力だった。美衣はあちこち動き回り一番美味しそうな魚を探していたが、ピタッと突然動きを止めてまるで獲物に襲い掛かる直前のネコ科の動物のように身をかがめてお尻をフリフリさせてから一気に弾丸のように水面に飛び込んでいった。驚くべきことに水面に激突した時の水しぶきはすごく小さく、音もジャボッと鋭く短い音だった。そしてすぐさま進行方向の対岸の上に飛び出てきたが体長3メートル程はありそうな巨大なマス科のように見える魚を手刀で貫いていた。その魚は口を大きく開けてパクパクしていたが、美衣など一飲みにしてしまいそうなくらい大きかった。美衣がその魚に脳天チョップを食らわすと魚は消滅して、後には巨大な魚の切り身が落ちた。それを持ち上げて冴内に近づいてきた美衣の口からはヨダレが滝のように溢れ出ていたが、冴内は「まだ我慢してね美衣、まだ我慢だよ」と繰り返し何度も美衣に「待て」を繰り返して優のところまで戻っていった。
優はというと、鍋やまな板、各種包丁を用意して待っていた。美衣が魚の切り身を優に渡すと優は鮮やかな包丁捌きでまずは刺身を作り始めた。それこそ何十年も包丁捌きをしてきた一流の料理人のような手つきだった。この【ンーンンーンンンン】人の驚異的な学習能力の高さには毎回驚かされるばかりだった。優はさらに「なめろう」を作ったりフライやソテーを作り、冴内はあらかじめ火が起こされた米と味噌汁鍋の見張りを行った。美衣は見ているだけだと食欲を抑えられなくなりそうなので、美味しそうな草や薬味になりそうな草や木の実を探しに行き、いくつか持ってきては優が指示して、きざんだり適当な大きさに切ったりして味噌汁鍋に入れたり「なめろう」の薬味に使ったりしていった。そうして今日は新鮮なとれたての魚を使った出来立てホヤホヤのお昼ご飯が出来上がった。美衣は飛び上がって喜んだ。
「いただきまぁ~す!」×3
炊き立てアツアツご飯に「なめろう」を乗せて一口ほおばるとあまりの美味しさに美衣はあっという間に食べ尽し、それこそ名前の由来通りお茶碗をベロンベロンに舐める程だった。大きな飯盒を3っつ持ってきて炊いたのだが、これは足りなさそうだ。もちろん優は織り込み済みでリュックには大きなおにぎりが10個程入っている。そうして刺身やフライにソテー、そして美衣が取ってきた草やゴロゴロ野菜と魚の切り身が入った味噌汁で3人はモリモリガツガツと食べた。どれもこれも美味し過ぎて会話などしている間もなく一心不乱に食べた。優はそんな一番正直な反応を見てとても嬉しかった。
今日も十分食休みをとり、少しの昼寝をした後で冴内のイメトレを開始したが初日の地獄状態からはかなり向上し、二人ともすぐには音をあげなくなったので場所を移動し、鬱蒼とした樹木のトンネルで動きを取り入れたイメトレを開始するとまるで竜巻のような暴風状態になり、木のトンネルは幅が3倍以上も拡張されてかなり快適な通路になっていった。
夕方になり冴内達が引き上げるとマイクロバスは既になく力堂達は先に帰ったのだろうと思っていると車道で力堂達を乗せたマイクロバスが見えたので追いついてそのまま追い越してしまった。冴内達は明らかにスピード違反だったし追い越し禁止違反だった。車内にいた全員の目は点になっていた・・・