126:優しくもエグイ冴内
「さてと・・・」
「今日も・・・昨日の続きをやるの?」
「ゴクリ・・・」
「いや、今日は違うことをやってもらおうと思う」
「ホッ・・・」×2
「まずはウォーミングアップに昨日の大きな花を倒してきて」
「わかった!」
「わかったわ!」
「いや、美衣だけで行ってきて。出来れば・・・うーん今日はまだ目隠しはムリか・・・とりあえず3分以内で倒してきてね」
先生・・・今なんと・・・
「わ・・・わかった父ちゃん、行ってくる」
「うん、頑張って!」
「じゃあ優はえっと・・・うん、これでいいかな」と、足元付近にあった石を拾ってポケットから油性のマジックペンを取り出して×を描いた。
「優、この石をよく見てね」
「分かったわ」
「じゃあ向こうむいて目を閉じてくれる?」
「オーケー・・・閉じたわよ」
「じゃあ、そのままでいてね・・・せぇーの!」
ブンッ!
「えっ?」
ヒューーーーン・・・・・・・・・・・・ッ。
石が空気を切り裂いて飛んでいく音がして、しばらくたってからほんのかすかに最後に茂みに落ちたような音がした。
「はい、もう目を開けてこっちを見ていいよ」
「???」
「じゃあ今投げたさっきの石を拾ってきて。出来れば5分くらいで戻ってきてくれるといいんだけど」
「・・・わ・・・分かったわ、行ってくる」
「さて・・・と、ウォーミングアップはこれでいいか・・・」
書いてる作者もそら恐ろしくなるほど冴内先生は優しい態度と口調でエグイことを美衣と優の二人に要求するのであった。
数分後。
ダダダダダダッ!
「ハァーーッ!フゥーーッ!ゼーッ!ゼーッ!」
「あ、美衣早かったね!さすがだよ!」
「フゥー・・・・・・・」
「すごいよ!父ちゃん!きのうとぜんぜんちがう!なにもかもとまって見えた!いや、それだけじゃなくてなんか次がわかる気がした!」
「それは良かった、はい、じゃあこれ飲んで」
「これは?」
「昨日の桃ジュースだよ、昨日よりも少し濃くしたから美味しいよ」
「わーい!コクコク・・・コクン・・・ムムムー!なんかすごく元気になったぞ!やるきがでた!」
「ほんと?良かった!じゃあ美衣コレをよーく触って記憶してくれるかい?」
「このデコボコしてばってんが書いてある石?」
「そう、よーく触って感触を記憶して」
「分かった!・・・・・・覚えたよ!」
「じゃあ美衣ちょっと目をつむってくれる?」
「分かった!」
「今から目隠しをするね・・・よし・・・どう?キツくない?」
「うん、だいじょうぶだ!」
「じゃあいくよ!せぇーのぉー!」
ブンッ!
ヒューーーーン・・・・・・・・・・・・ッ。
「分かった!あれを取ってくればいいんだな!」
「さすが美衣!大好きだよ!あれを取ってきて!」
「行ってくる!」
美衣が石のある方に向かって走り去った後、優がやはりゼーゼーいいながら戻ってきた。そしてやはり冴内は桃のジュースを飲ませた後で美衣と全く同じことを繰り返した。
「行ってくるわ!」
「頑張って!美衣がお腹を空かせる前に戻ってきてくれると嬉しいな」
「分かった!頑張る!」
冴内が投げた石は優と美衣のどちらもツタだらけの鬱蒼とした藪の中である。トゲがビッシリ生えて先端からは紫色の猛毒がドロリと滴り落ち獲物を感知するや音速をはるかに超える速度でムチのように襲い掛かるあのツタだらけの藪の中である。鬼ですらそんな非道な所業をすることはためらわれる程に凄まじい修練を愛する妻と娘に課す冴内であった。
「さて・・・と・・・どれがいいかな・・・」と、冴内は色んな果実がなっている木の方に行ってあれこれ試食し始めた。桃とみかんに似た果物は既に口にしていたのでそれ以外のものを食べ始めた。バナナ、マンゴー、キウイ、マスカットによく似た果物がありそれらを口にしては首を傾げたりしばらく考え込んだりしていた。その後「うん!コレだ!コレはいい!」と、冴内が言ったのは大きなサクランボであった。一粒がピンポンの球程もあるサクランボですごくきれいにツヤツヤと輝いていた。これをポケットがパンパンに膨れ上がる程たくさんもぎとった。次に昨日優がとってきてくれたみかんをもぎとってそのまま皮ごと握りつぶして水筒の中に果汁を入れていくのを繰り返し、水筒の中がみかんジュースでいっぱいになったので元の場所に戻った。
程なくして優も美衣も戻ってきた。二人ともゼーゼーハーハー言っていてかなり汗をかいていた。最強の絹糸で作られた防護服はまったく無傷で、露出している肌も全く傷ついていなかった。冴内が優しく目隠しをとって汗をふいてあげた後でこれを食べてと大きなサクランボを一粒ずつ渡そうとしたが二人ともアーンと口を開けて待っていたので冴内は二人の口にサクランボをいれていった。サクランボを噛むとそこから甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がって二人とも大きく目を見開いた。種はないのでそのまま咀嚼してゴクンと飲み込むと、二人とも目を閉じてスーッと息をした後パチッと目を開いた。
「どう?」
「あ~・・・すごくいいきぶんだ~」
「なんかグッスリ寝た後みたいな気分~」
「良かった!もうお昼だからとりあえず1個だけね」「あっもうそんな時間なんだ、どうりでおなかすいたと思った。じゃあお弁当を用意するわね」
「わーい!」
今日のランチは黒帯カエルの霜降り肉を使ったステーキ重と黒帯カエルのヒレ肉を使ったロースト肉に大きくカットした黄金ワームのボンレスハムと野菜がたくさん入ったコンソメースープだった。やはり美衣は8人前くらい食べて冴内と優は1人前ずつ食べた。食後に搾りたてのみかんジュースをコップに注いで皆で飲んだ。美衣も優もこれで完全に疲れがとれたようだった。またしても食後はしっかり休息して少しだけ昼寝もした。
休憩後、冴内は昨日の泉に向かうと言って歩き出した。昨日と違ってツタだらけの樹木のトンネルを歩いていてもツタの猛毒トゲムチは全く襲ってこなかった。程なくして昨日の毒々しい泉に到着し、冴内がまたしても美衣と優にそこにいてと行って泉に近づくとやはり両手剣のおどろおどろしい見た目の剣士が出現した。
「今日はすぐには倒さないから二人ともよく見ててね」
「わかった!父ちゃん!」
「わかったわ洋!」
「じゃあいくよ」
相変らず冴内はごく自然に散歩でもするかのように全く殺気も覇気もなくすたすたと両手剣の剣士に近づいて行った。剣士の攻撃圏内に入った瞬間剣士の肩から先の両手も冴内の肩から先も見えなくなった。まるでそこから先は透明になってしまったかのように消えてなくなった。ただ空気を切り裂く凄まじい音だけが広場にこだました。
「父ちゃん・・・すごいな・・・」
「・・・えぇ、全く見えないわ、手先だけは」
「うん、手を見たらだめなんだきっと。いや、でも父ちゃんは手も見えてるんだろうけど・・・」
「そうね、相手の肩の動きを見ればなんとなく分かるわね。でもそれだけじゃだめね」
「たぶんからだぜんたいを見てるんだ」
「そうね、あと多分相手の呼吸も感じてると思う」
「あっ!アタイちょっとわかった気がする!」
「私もよ!」
「二人とも少し気付いたみたいだね!じゃあもう少し近づいてよく見て!剣士だけじゃなく僕の方も見て参考にして!」
「わかった!」
「分かったわ!」
美衣も優も冴内に少し近づいてさらに二人をよく観察した。剣士だけを観察するだけでも至難の業なのに二人は冴内の動きも観察した。剣士と違って冴内の動きを観察するのは非常に難しかった。動作や呼吸がほとんど変わらず動きに全く無駄がなかったのだ。それでも二人はじっと食い入るように何一つ見逃さないように瞬き一つすらせずに見続けた。やがて少しずつ何かが見えるような気がしてきた。美衣は冴内のほんのわずかな目線の動きを追うようになっていた。優はわずかな呼吸の違いを感じ取るようになった。
「二人ともどう?何か分かった?」
「けんしの方はだいたいわかるようになった!」
「私もよ!」
「分かった、それじゃあ倒すよ、よく見ててね!」
「分かった!」×2
「行くよ!」
冴内はただ普通に美衣と優の方に振り返った
両手剣士は細切れになった後で消滅した
「みっつくらいしかわからなかった・・・」
「うーん・・・私も3つか4つくらいまでかしら」
「えっ?二人ともすごいね!今のひとつ以上見えたんだ!これなら3日もかからず剣士を倒せるよ!」
「ほんとうか!父ちゃん!」
「うん、美衣は早ければ明日の午後かその次の日かな、優は今のままだと攻撃手段がないから、ちょっと僕に考えがあるんだ」
「そうね、私には二人のようなチョップは打てないものね。どうするの洋?」
「うん、美衣に手伝ってもらって卵の胴当てから小さな籠手と細長い剣を作ってもらおうと思うんだ」
「アタイにまかせて!」と目を輝かせる美衣。
「ありがとう美衣!美衣がいてくれて本当によかったよ!」
「ありがとう美衣!大好きよ!」
「えへへ!アタイも父ちゃん母ちゃん大好き!」
「よし!じゃあ戻ったらサクランボを食べて、一休みしたらイメトレの続きだよ!」
「ぐ・・・わか・・・った・・・」
「わ・・・分かったわ・・・」
そして昨日に続き今日も冴内のイメトレによって胴体を真っ二つにされたり首チョンパされるという地獄が再開された。しかし美衣も優も昨日よりかなり能力が向上しており10回に1~2回は冴内のイメージ上の攻撃を躱すことが出来た。毎回サクランボを食べることでリフレッシュすることが出来たのでこの日も夕方までイメトレを実施してその日の試練は終了した。研修センターに戻って食堂に入ると力堂達がいて、結局今日は試練の門には行かず今後の対策方針を検討していたとのことだった。