123:第四の試練
翌朝、食堂開始の朝6時に力堂達と一緒に朝食を食べ、手代木が運転するマイクロバスで玉置神社の最寄りの駐車場まで行き、試練の門まではウォーミングアップをかねて軽いジョギングで移動し、朝7時半頃に試練の門に到着した。まず力堂が扉横の台座に手を乗せて11階層からの試練の挑戦を継続すると言って入っていった。
今日は優もいて冴内ファミリー全員揃っていた。優は食堂の料理人から教わったレシピをいくつかアレンジした昼食を作ってきており、美衣はかなりのハイテンションだった。
『冴内 洋、答えは出ましたか?』
「はい、しばらくは5階層には行きません」
『そうですか、私もそれが賢明だと思います』
「地球人類側の代表者達からも考える時間が欲しいと頼まれたので、それに従おうと思っています」
『そうですね、最悪の場合あなた達のいる宇宙まで崩壊してしまう危険性もありますから、正しい選択だと思います。むしろ私としてはこのままにしておくべきだと思います』
「先のことは分かりませんが、今はとにかくまだ行くべきではないと自分は考えました、ただそれまではここでもっと力を付けたいと思います」
『分かりました。それでは次の試練に挑むということですね?』
「いく!今日からしゅぎょうさいかいするぞ!」
『分かりました、それでは第四の試練、この世の地獄を開きます、冴内 洋、あなたが何かの答えを得るまで存分に励んでください、健闘を祈ります』
めずらしく最初の殊勝な態度に戻った音声ガイドだった。そうしてこの世の地獄の第四の試練の中に冴内ファミリーは入っていった。果たして第四の試練ではどんな壮絶な死闘が待ち受けているのだろうか・・・
入門するとそこはこれまでのダンジョンとは全く違った景色が目に飛び込んできた。まず青空があった、草木や色とりどりの花々、小川や泉があった。幾つかの木には様々な果物が実っており、川や泉には魚が泳いでいた。とてもこの世の地獄とは思えない平和で豊かな優しい風景が広がっていた。しかしどこまでもそんな風景が広がっているのではなく、ある境界線を境に風景はまるで変わっていた。その境界線は誰の目にも明らかで、まるで何か透明な膜のようなものが張られているようだった。そしてその膜から先は紫がかった明かりで薄暗くいかにも良くない雰囲気を漂わせていた。ただ、その方向にさえ目を向けなければ実に快適で心安らぐ場所であった。
美衣がクンクンと鼻を嗅ぐと、まるで麻薬捜査犬かという程の猛ダッシュで一番近くにある木に向かいそのままの勢いで一気に木を垂直に駆けあがりその木に生えている果物をもぎ取り枝の上でガブリムシャムシャ食べ始めた。すると「ギャーッ!」という悲鳴と共にすぐに木の枝から落下した。それでも果物は決して手から離さなかったのと、一瞬見えた嬉しそうな顔から、冴内は多分いつものアレだと思いながらもすぐに美衣の元へと駆け付けた。美衣が手にしていたのは地球上の桃に似た果物で美衣の口元とかぶりついた歯型の跡から溢れ出る果汁の匂いだけでたまらなく食欲が刺激される程危険な美味しさを漂わせる果物だった。
とりあえずタオルで顔にマスクをして美衣の無事を確認し、美衣の手から桃を離していったん距離を取ってから美衣を横たえて口元を拭いてあげて様子を見た。程なくして美衣が覚醒すると「色んなものを見た、父ちゃんの記憶も母ちゃんの記憶も見た」とお前それどんな走馬灯だよとツッコミたくなることを言った。美衣が遠ざけた桃をすごく愛おしそうに眺め続けるので、優がやはり顔にタオルを巻いてフタを開けた水筒を手にして桃に近づくと拾い上げた桃を一気に握りつぶし搾り取った果汁を水筒の中に入れた。近くの川で手をすすぎ冴内達の元に戻ってきた優は水筒にフタをしてよくシェイクしてコップに桃を薄めたジュースを注いで美衣に渡した。美衣がゴクゴクと一気に飲むと両手を広げて優に抱き着き「ウマァ~~~イ!お母ちゃん大好き!」と、体いっぱい優に感謝した。その後冴内と優も飲んでみたところまず何よりも気分が爽快になり、身体もかなり軽やかになった。妙にやる気というかファイトが湧いてきて、家族全員ヤるか!という若干危険な表情になり目線は境界線の先を見据えていた。冴内達はさっきまでは近づくことすらためらわれた程に良くない気配の漂う境界線に近づいていった。
境界線に近づくにつれて邪悪な磁場のような圧を感じてきたが冴内達はそれに負けじと力強く踏み込んでいき、いよいよ境界線が張られた膜のようなものに入り込んだ。見た目だけではなく実際に空気の膜のようなものの抵抗感を感じたが冴内達は全員中に入ることが出来た。
「・・・なんか・・・ヤバイきがする」
「そうね・・・今までとは全く違うわ」
「・・・」
美衣と優がいち早く肌感で危険度を察知したのだが、実は冴内だけはそうなんだろうか?と危険を感じることが出来なかった。境界線の中はおどろおどろしいツタ植物のようなものがいたるどころに生えており、茎の表面には鋭いトゲがビッシリ生えており、先端からは紫色のツユがドロリと滴っていた。恐らく猛毒であることは間違いない。そんなツタだらけの中、人が通れる樹木のトンネルのような通路があった。冴内が先行してトンネルの中に入ると突然ツタがもの凄い速さでムチのように冴内に向かって飛んできた。
「父ちゃん!」
「洋!」
スパッ!スパパッ!
「ん?なぁに?美衣、優」
スパッ!スパンッ!
「いや・・・なんでもない・・・」
「ううん・・・大丈夫よ洋・・・」
「母ちゃん、お父ちゃんの手見えるか?」
「ほとんど・・・見えないわ、美衣は?」
「たぶんたくさんあるうちのふたつかみっつしか分からない・・・」
冴内は何の気なしに両腕を振って凶悪な攻撃をしかけるツタをスパスパと切り取っていた。時折美衣や優にも襲い掛かるツタすらも遠距離から斬撃を飛ばしてその根本から切り取ったものだから、優も美衣も危険を察知することが出来ない程だった。
「父ちゃんすごいな・・・さすがちゃんぴおんだ」
「カッコ良くてステキよ!大好き!」
「アタイもだいすき!」
「えっ?そう?ボクも大好きだよ優!美衣!」
そう言いつつもまるで気にもかけずにスパスパと凶悪なツタを、それも恐らく先端は音速をはるかに超えるスピードになっているはずの殺人ムチのツタをやすやすと切り取っていく冴内。そのうちツタの方が何かを悟ったのか全く攻撃してこなくなった。そうして冴内達はスタスタと先を進んで行くと、ツタが絡まった樹木のトンネルを抜けで紫色の光が差し込むおどろおどろしい広場に出た。広場の中央には黒紫色のドロドロした泉があり、時折ゴポゴポとメタンガスのようなあぶくが水面に浮かんでははじけていた。猛毒以外の何物でもない見た目だった。
冴内は美衣と優にそこにいてと言ってから前に出ると、黒紫色の水面がゴボゴボと湧き上がり、中から黒紫色のヘドロで覆われたヒトの形をしたものが現われてきた。徐々にヘドロが流れ落ちて出てきたのは禍々しいトゲだらけの赤紫や青紫に黒紫、様々な紫色のまだら模様が描かれたおぞましい鎧に身を包んだ剣士だった。両方の手には諸刃の剣が握られておりやはり剣先からはドロリと黒紫の液体が滴り落ちていた。当然猛毒であろう。
「と・・・父ちゃん・・・」
「洋・・・」
これまで全く不安げな言葉を発したことがない二人が恐らく生まれて初めて恐怖を感じて発したと思われる声色で冴内に声をかけた。
「洋!私の胴当てを着けて!」
「大丈夫だよ優!」
「父ちゃん・・・が・・・がんばれェーーーッ!」
「有難う美衣!」
本当にこれが冴内か!?と、書いてる作者自身信じられない程自信に満ちたセリフを口にする冴内。見た目は大して変わっていないにも関わらず全身から発するオーラが尋常じゃなかった。しかし決してそのオーラは威圧的でもなければ攻撃的でもない、すごく自然で温かみを感じさせるものだった。そして冴内は本当にごく普通に何の力みや凄みや闘争心もなくスタスタと凶悪な見た目の二刀流の剣士に近づいて行った。見ようによっては全くの素人があまりにも不用心過ぎる程に剣士の間合いに入っていったかのように見えた。そして次の瞬間・・・
冴内は最初からそこにいたかのように毒々しい泉の反対側に立っていた。
両手剣の凶悪な剣士がグルリと振り返るとそのままズルリと上半身だけが回転して毒々しい泉に沈んでいった。残された下半身も遅れて泉に沈んでいった。
美衣は声も出ず、口をパクパクと鯉のように動かしていた。優は口に両手を当てて目を大きく見開いていた。
「お・・・お父ちゃん・・・お父ちゃんなのか?ホントにこれが・・・」
「洋・・・本当に今のが洋なの?」
ゆっくりとスタスタと優しく温かく歩み寄ってきた冴内は、二人の前までやってくるとこう言った。
「チャンピオンって凄かったんだね!全部が止まって見えるし、それ以前に何をしたいのか全部分かっちゃったよ!」
「わぁーーー!やっぱりお父ちゃんだ!お父ちゃんだいすきー!!」と美衣が飛んで抱き着いてきた。
「良かった!洋のままだ!人が変わっちゃったかと思ってすごく怖かったよう!」と、優も抱き着いてきたので、冴内は二人をギュッと抱きしめて「ごめんね、自分でもちょっと不思議な感覚で戸惑ってるんだ」と、いつも通りの冴えない雰囲気の口調で冴内は言った。そのセリフでますます二人とも安堵して良かった良かったと繰り返した。
「さすがにあいつはおいしくなさそうだからお肉はいらない」と美衣は言ったが、見た目凶悪な剣士は何も落とさなかった。冴内がいったん戻ろうと言ったので美衣も優もそれに従い、来た道を引き返したが、途中で冴内はあちこちキョロキョロしながら歩いた。
「父ちゃん何をさがしてるんだ?」と美衣が尋ねると「うん、何か美衣と優に丁度良い練習になりそうなものがないかなぁと探してるんだ」と冴内は答えた。そうしてキョロキョロしながら歩いていると冴内が「おや、アレは・・・?」と言って立ち止まった。「どうした、父ちゃん?」と美衣が言いながら冴内の目線の先をつたって見ると、ツタが生い茂る樹木のトンネルの小さな脇道の先に巨大な花が咲いている小さな空間を発見した。花の周りにはやはりトゲのついた茎がウネウネと動いており、先端からはやはり何かの汁が滴り落ちていた。かなり危険な存在にも関わらず冴内はケロリとサラリと次のセリフを口にした。
「・・・ねぇ美衣、優、ちょっとアレと戦ってきてくれるかい?」