116:一夜明けて
さすがの冴内ファミリーも昨日の16時間の死闘の疲れからかその日は昼前になってようやく目が覚めた。全員髪の毛の寝癖が凄まじいことになっていたが、腹が減り過ぎていたのでそのまま食堂に行ってたらふく食べた。食事中に美衣と優の二人には女性職員がやってきてブラッシングしてくれていた。当然冴内はほったらかしで頭は爆発したままである。昨晩はかろうじて寝る前に風呂に入ったが髪の毛を乾かす余力と気力がなく気絶するかのように寝たのだ。実際美衣は風呂に浸かってる最中に意識がなくなり、抱きかかえて部屋まで戻ったのであった。
一方富士山麓ゲート研修センター内の局長室と情報部では16時間に及ぶ冴内ファミリーの大激闘をノーカットで一部始終徹夜でガチ見していた。徹夜に加えてそのあまりの壮絶な内容と、家族愛に心打たれて号泣したため、目は真っ赤だった。当然奈良ゲート局長の道明寺も同様で目は真っ赤で鼻もかみ過ぎてトナカイのように赤くなっていた。道明寺の方はそれを化粧でなんとか隠したが、神代と情報部員達は真っ赤なお鼻のトナカイさんというよりはピエロのような鼻だった。
朝食を終えてようやくひと段落した冴内達も中会議室にやってきて一同が集結すると、部屋に入るやいなや試練の門専門情報戦略チームの全員が頭を下げてきた。それこそ土下座して頭を床にこすりつける程の勢いと熱意だったので、冴内はなんとか落ち着かせて土下座を阻止した。美衣がかなり殊勝なことに「アタイがこのよのじごくなんかを選んだからわるいんだ、ごめんなさい」とペコリと頭を下げたもんだからその場の全員が「美衣様!どうか頭をお上げください!悪いのは全て我らにあります!浅はかな考えしか出来ない愚かな私どもの方こそ万死に値します!どうか愚かな我らをお叱り下さい!」と泣き始める始末であった。冴内はどうにかしてこの場を収めたかったがいつもの冴えないモードで気の利いた一言も思い浮かばずおろおろしていたが、優がいったん中会議室を出てしるばぁスライムのサイダーを抱えてきて「皆コレを飲んで冷静に切り替えるのよ!」といった。さすが優!と冴内は言って皆でサイダーを飲むことにした。モニター越しのネット通信参加の神代を除いて・・・
プハーーーッ!と、さすがに会議中で局長や他の職員もいるのでなんとか音の出るゲップをしないように飲み干すと一気に頭が冴え渡った。美衣だけはケプッと相変らずめちゃくちゃ可愛い小さなゲップをした。ちなみに冴内達以外は通常の炭酸水で50倍くらいにサイダーの原液を薄めて飲んだ。そうしないと一般人がそのまま飲むと卒倒する程何かのアレな成分エキスが強すぎるのだ。
かなり頭脳も心もリフレッシュしたのでようやく冷静に昨日の戦況分析をすることが出来た。それにしてもまさかここまで極端に凄まじい防御力を持つ相手が現れるとは全く誰一人予想出来なかった。情報戦略チームは優に最後の一撃は本当に宇宙を破壊する程の威力だったのかと尋ねるとそれ以上のパワーだったと言った。さすがにその場の全員が絶句したが、なんとかしるばぁスライムサイダーの効力に頼って冷静さと平静さを保ちその途方もないデータをAIにインプットして戦術予想に活かすことにしたが果たしてそんな馬鹿げた情報をAIにうまく取り込むことが出来るのだろうか。
それよりも昨日の黄金ワームといい、ダンジョン内の頑丈さといい、最強の【ンーンンーンンンン】人の宇宙をもぶっ壊す程の強さをも上回っているのが全く信じられないと優は言った。恐らくこのダンジョンを作ったのもスゴイ宇宙人だと思われるが、一体どれくらいスゴイのか見当もつかなかった。これまでも神代の正直な心境としては一刻も早くこんな危険すぎるチャレンジは中止して欲しいのだがやはりその一言は言えずにいた。当然その場にいる機関職員全員の胸の内も同様であったが、そこでもやはり美衣はチョップを高らかに掲げ決めポーズで次のセリフを発した。
「アタイ達は負けない!アタイ達は必ずしれんをのりこえてみせる!おいし・・・いや、何でもない」
最後のは多分「おいしいものを食べ続ける!」とでも言いかけたのだろう。ともあれ、英雄の称号(今は試練の英雄だが)を持つ美衣が言うもんだから、これを止められるのは冴内と優しかいない。
「でも次からはもっとしんちょうにやるから、おじちゃん達アタイ達にちえをかしてください、おねがいします」とまたもや殊勝に美衣はペコリと頭を下げたもんだから、またしても職員一同は涙ながらに「我らこの1円の価値もない命ではありますが、全てを捧げるつもりで粉骨砕身します」と言いはじめてくる始末だった。いやお願いだからもっと自分と身体を大事にして下さいお願いしますと冴内はさすがにフォローした。それにしてもこの場にいる機関職員はかなり優秀な人達なのに自らが1円の価値もないってのはなかなかに厳し過ぎる発言だ。そして毎度のことながら基準単位が円だった。
美衣が「おじちゃん達もちゃんとごはんをたらふく食べて、夜はぐっすり寝ないとダメだよ!そうじゃないと戦えないんだよ!」と・・・まぁ、悪くないフォローをしてくれたので「さすが美衣様!おっしゃる通りでございます!」とまたしても過剰に反応されてしまった。
その後も戦闘後の大反省会は続いた。良かった点としてはかいこワームからゲットした最強の絹糸で作ったバトルスーツが予想以上の性能で、以後の戦闘ダメージが明らかに軽減したのと、黄金ワームの体内に入った時も消化液と思われる体液が付着してもどこも破けたり溶けたりしなかったのは素晴らしい性能だった。
「どうみょうじのおばちゃん、かみしろのおじちゃん、ありがとう、この服すごいぞ!」と、またしても美衣が中年殺し炸裂の笑顔で言うもんだから日本を代表する局長二人が雁首揃えて大泣きした。恐るべし中年キラー美衣。
会議が進むにつれ世界各国の局長や世界最高レベルのシーカー達から祝辞やメッセージが届いたが、いつも通り英国ストーンヘンジ・ゲート局長のサー・アーサー・ウィリアム3世からは相変らず熱烈過ぎる祝辞が届いた。今回の16時間にも及ぶ激闘についても当然機関のシーカーネットにはノーカットでそのまま配信されたし、ウィーチューブでも配信されたのだが、ウィーチューブの方は今回もノーカット版と、ショッキングなシーンや宇宙をぶっ壊すといった過激なコメント部分が大幅に削除されたダイジェスト版も配信された。
特に美衣が飲み込まれた後のシーンは凄まじい視聴回数で、家族全員が黄金ワームの体内で抱きしめ合い、娘のために食料を食べるフリをして残していたことといい、前回のボス戦動画は体の弱い人達に大きな夢と希望を与えたが、今回の動画は全世界の家族に対してこれ以上はないという程の家族愛を示し、動画配信サーバーがパンク寸前になる程でこれまで最高視聴回数を誇っていたエンタメ動画を桁違いで記録更新する程だった。世界中の家族がこの家族愛に号泣し、世界中から機関に対して感謝と祝福のメッセージが届けられた。ちなみにこの年の世界各国のハム製造工場はフル稼働になり、ボンレスハムの売り上げは当面抜かれることがない程の記録を更新した。
夕方近くになり大反省会が終了すると、十津川河川敷にて打ち上げ花火が盛大にあげられ大祝勝会へと移行した。やはり今回もいつものメンバーがわざわざ富士山麓ゲートからやってきてくれたのだが、全員16時間夜通し徹夜で激闘映像をガン見したのと号泣したせいで目は真っ赤に充血しており化粧した女性陣以外は全員鼻もピエロのように赤くなっていた。そんなメンバー達であったが、冴内ファミリーと対面した途端またしても全員大泣きして一層目と鼻を赤く腫らすことになってしまった。それでもすぐに全員明るく笑い合い喜び合った。
ちょうどこの日は冴内の誕生日でもあり冴内は21歳になった。冴内自身は昨日の激闘とその疲れからすっかり忘れていたのだが、神代はしっかり覚えており、大祝勝会兼冴内の誕生日として手筈は全て抜かりなく打っていたのだ。打ち上げ花火もその一例である。当然食堂の料理人にもあらかじめいい伝えており、美衣の食欲とその他のメンバー達のお裾分けも考えて巨大なホールケーキも用意した。美衣は目を輝かせて飛び上がるように喜び、冴内がロウソクの火を一息で消すと皆で分け合って食べた。
その後またしても美衣と旧姓早乙女、さらに今回は力堂も加わっての大食い競争が始まり、今回は僅差で旧姓早乙女が勝利した。お腹の中にいる赤ちゃんの分もたくさん食べたというおめでたい話しも聞けた。ちなみに美衣の敗因は昼に10人前くらいの定食を食べたからだったというのを聞いてメンバー全員が真の大食い王者は美衣だと強く認識することになった。最後に一際盛大に打ち上げ花火があげられ大祝勝会は終了した。この日はメンバー全員研修センターに宿泊するということで、男性女性それぞれ別に皆で大浴場に入って汗を流して親睦を深めた。
だが、次の日の朝、メンバー、局長、職員達の全員が冴内達の姿に驚愕することになる・・・