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【急募】初夢で学校一のミステリアスな美少女から逃れる方法

作者: 紐育静


 初夢とは、新年の夜に見る夢のことで、その夢の内容でその年の吉兆を占うという。大学受験を控えたシビアな時期にある俺、須崎(すざき)友弥(ゆうや)はそういった神頼みだのゲン担ぎだの、とにかく何かにすがりたい気分だった。

 家族と過ごす大晦日の夜、年越しそばを食べた後も受験勉強に励みつつ、健康のため、そして良い初夢を見るために俺は年を越す前に眠りにつく──はずだった。

 俺が部屋の電気を消して布団を被った途端、枕元に置いていた携帯が鳴り始めた。友人の誰かが俺の眠りを妨げようとしているのかと俺は気だるげに携帯を手に取ったが、画面に映った通知を見て眠気が吹き飛ぶほど驚いた。


 「く、草薙(くさなぎ)琴花(ことか)……!?」


 草薙琴花は同じクラスの同級生で、モデルのような高身長、そして思わず目を奪われる程の美貌を持つウチの高校でも有名な美少女だが、何分口数が少なく他人と積極的に接するようなタイプではないため、あまり誰かと話している様子は見かけない。そういった一面がミステリアスでクールだと良いように捉えられていて男子には人気だが、俺は草薙と親しいわけではない。

 そんな俺が草薙の連絡先を知っているのは、去年の修学旅行で彼女と同じ班になったからだ。何かあった時のためにと連絡先を交換したものの、結局一度も使わずじまいである。

 一体どうして殆ど接点のない草薙が俺に電話を、しかも大晦日にと俺は無駄に勘ぐってしまったが、もしかしたら間違い電話かもしれないと思って、まずは電話に出た。


 「もしもし、須崎だけど」


 電話の向こうはかなり静かだった。間違い電話の線で疑っていた俺はまず名乗ってみたが、向こうからの返答はない。


 「草薙?」


 俺から問いかけてみても、一向に返事がない。何これ無言電話? わざわざ大晦日にそんな嫌がらせする?

 草薙が一体どういった用件で電話をかけてきたのか、どうして一言も言葉を発さないのか、ただただ静寂に包まれる真っ暗な部屋で俺は段々とこの状況を不気味に思い始めたが、ようやく草薙が口を開いた。


 『初夢って知ってる?』


 「え?」


 『初夢』


 それぐらいは風習として俺も知っている。一富士二鷹三茄子、初夢で見ると良いらしい縁起物だ。俺は一回も見たことないけど。


 『初夢、それは新年の吉兆を占う夢占いの一つ。須崎君はどんな初夢を見るの?』


 「いや、それは見てみないとわからないだろ」


 大体夢なんて毎日覚えてるわけじゃない。狙った内容の夢を見る方法なんてのもいくつかあるかもしれないが、俺はぐっすりと深い眠りにつきたい派だ。まぁ、良い夢を見れるなら楽しいかもしれないが。


 『じゃあ、私が夢に出てきたら須崎君は嬉しい?』


 「まぁ、そうかもしれないが……」


 そりゃ、もしも草薙みたいな美少女とデートする夢なんてのも良いかもしれないが……いや、草薙とデートに行っても話が続く気がしない。


 『フフ。それなら、今日の夜は楽しみにしててね』


 「え? どういう意味だ?」

 

 『きっと、楽しい夢を見れると思うから』


 電話が切れた。何これ、滅茶苦茶怖いんだけど。いや、何か無性にドキドキしている俺もいるけれど、なんで大晦日の夜にこんな変な話をされたんだろう。もしかして本当に草薙が夢に出てきたり……いや、そんなわけないか────。


 ---

 --

 -


 「ふー、良い眺めだったわね」


 買ったばかりのクレープを頬張りながら、とても晴れやかな笑顔で草薙が言う。彼女はあんな恐怖のジェットコースターに乗りながら周囲の景色を眺めるだけの余裕があったらしい。俺からすればとてもまともだと思えないんだけど。


 「じゃあ、次はあれに入ってみましょ」


 そう言って草薙が指さしたのはお化け屋敷だ。そこは日本一恐ろしいと有名な場所だ。俺は断固として拒否しようとしたが、草薙に腕を引っ張られた俺は無理やりお化け屋敷の中に連れ込まれてしまった。


 「廃病院……よくある設定ね。あ、見て。手術室ですって」


 いや、こんな真っ暗な空間をよく懐中電灯一つだけ持ってウキウキで進めるなこの美少女。

 不気味な手術室の中に入ると、手術台にはブルーシートがかけられていた。どうやら何かの物体を隠しているようだ。いや、絶対やばいやつじゃん……。


 「ねぇ、中を見てみる?」


 目を輝かせながら草薙が言う。こいつ正気か? こういうの絶対剥がしちゃいけないやつだって。剥がした途端ゾンビみたいな奴がウワーッて襲いかかってくるだけだって。


 「きっとお宝があるに違いないわ! そーっれっ!」


 しかし俺の忠告を聞く前に草薙は思いっきりブルーシートを剥がした! すると手術台の上で寝ていたのは──。


 「ではこの問題を須崎君。答えてみなさい」

 

 黒縁メガネをかけた中年の男、数学教師の黒川先生だった! ……いやなんでだよ! 確かにまだ四十代の割にはよぼよぼしてるおっさんだけども!


 「答えてみなさああああああいっ!」


 しかも数学の教科書持って鬼の形相で追っかけてくるし! こんな状況で数学の問題なんか解けるか! この状況の方がよっぽど問題だろうが!


 「須崎君、こっちよ!」


 一足先に出口に辿り着いていた草薙が出口を開き、俺はものすごい勢いで外へ飛び出した──はずだったが、何故か外には何もなく、出口から飛び出した俺はそのまま何もない空間へ落下していった。


 「おわああああああああああああ────」


 ---

 --

 -


 「……ああああっ!?」


 勢いよく飛び起きた俺はキョロキョロと辺りを見回した。俺の部屋だ。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。携帯で時間を確認すると、元日の朝七時。

 成程、これが俺の初夢か……。



 昨夜、草薙と電話で話したことを思い出す。草薙は何か変なことを言っていたが、まさか夢に草薙が出てくるなんて、しかも遊園地デートだなんてまたベタなものを……黒川先生が全部滅茶苦茶にしてくれたがな。しかもなんで最後落ちたんだよ、受験前なのに縁起悪すぎるだろ。

 そんなことを考えながら俺は友人達と激混みの神社へ初詣に行き、勿論第一志望の大学に合格できるよう神様にお願いした。しかし興味本位でおみくじを引いたら大凶だった。うーん、新年早々ついていない。

 やや沈んだ気分で友人達と神社で別れた俺は、屋台を横目にトボトボと参道を歩いていたが、人混みの中で一際目立つ、長い青髪の美少女を見つけた。


 「あ、須崎君」


 青を基調とした振袖を着て俺に笑顔を向けていたのは、草薙琴花だった。


 「く、草薙……?」


 「あけましておめでとう」


 「あぁ、あけましておめでとう」


 「今年もよろしくね」


 「あ、あぁ……?」


 突然の草薙の登場に俺は戸惑いキョドってしまっていた。俺は子どもの頃から初詣といえば家の近所にあるこの神社だと決まっているが、草薙を見かけたのは今年が初めてのことだ。参道を歩く人達の中にも草薙の振袖姿に目を奪われている人もいるし、ホント大した素材だなと思うが……草薙の姿を見ると、夢の中の出来事とはいえ一緒にデートをしたという空想上の事実が俺の頭をよぎった。


 「ねぇ、須崎君。良い初夢を見た?」


 まるで俺の身に起きたことを全て知っているかのような笑顔で草薙は言う。いや、お前とデートした夢を見たと面と向かって言えるわけがない。


 「……あぁ、お陰様でな」


 「フフ、それは良かった……ちなみにだけど、初夢は元日の夜に見る夢っていう説もあるの」


 「え?」


 「だから、もしかしたら今日の夜も初夢を見れるかもしれないわね。それじゃ」


 そう言って草薙は神社の方へスタスタと去ってしまった。俺が知ってる初夢は、大晦日から元日にかけての夜に見る夢のことだが、そういう説もあるのか……って、もしかして今日の夜も夢に草薙が出てくるのか?

 いや、まさかそんなことあるわけないよな────。


 ---

 --

 -


 「綺麗ね……」


 光り輝くイルミネーションに彩られた街、そして巨大なクリスマスツリーを眺めながら草薙が言う。いや、草薙の方がとびきり綺麗だって。


 「フフ、友弥ったら……らしくないこと言っちゃって」


 どうやら俺は口を滑らせてしまったらしい。まぁ草薙が照れくさそうに喜んでくれてるからいっか。

 てゆうか何か距離近いなこれ。あぁ、ベンチに座って腕をがっしり掴まれてるからか。草薙との距離も随分縮まったもんだなぁ、何だか感慨深い。


 「大晦日は一緒に年越しそばを食べて、お正月は一緒に初詣に行って、春は一緒に桜咲く並木道を歩いて、夏には一緒に海を泳いで、秋には紅葉を楽しみながら美味しいものを食べて、またクリスマスを迎えて……私はいつまでも友弥と一緒にいたいし、色んなところに行きたいの。ねぇ、卒業旅行はアンティグア・バーブーダに行かない?」


 そうだな、琴花も前から楽しみにしていたもんな、アンティグア・バーブーダ……アンティグア・バーブーダって、どこ?


 「ずっと、一緒にいたいから……」


 すると琴花は俺の方を向いて、そして目を閉じた。最高の雰囲気で、俺と琴花は口づけを……って、何かめっちゃ顔を舐めてくるんだけど!? それキスって言わないよ!? うわ何か容赦なくベロベロ舐めてくるんだけど何だこれええええええええ────。


 ---

 --

 -


 「…………」


 目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。そしてベッドで寝ている俺の上に、ウチで飼っている犬のロドリゲスがペロペロと俺の顔を舐めていた。


 「……良い夢をありがとな、ロドリゲス」


 頭をなでてやると、喜んだロドリゲスはそのまま俺の部屋を出ていった。

 いや、夢の展開がベタ過ぎるだろ。しかもまた草薙が出てきたし、何か下の名前で呼んできてたし、俺も草薙のこと琴花って呼んじゃってたし……。

 でも、今日は良い夢を見れた気がする。今まで恋と縁がなかった俺でさえ、ああいう感じも悪くないと思えた。

 ただ、二日連続で俺の夢に出てきた草薙が怖く思えた。

 

 『ずっと、一緒にいたいから……』


 琴花……いや草薙のその一言が、妙に俺の頭に残っていた。夢の中の話だから、一緒にアンティグア・バーブーダに旅行に行く話も無しか……って、アンティグア・バーブーダってどこだよ。


 

 両親が町内会の集まりに行ってしまい、一人家に残された俺は自分の部屋で受験勉強をしていた。落下する夢を見たりおみくじの運が最悪だったりと、何かと縁起の悪いことが続いていたから俺も不安になってしまっていた。

 すると、昼頃に家のインターホンが鳴った。荷物が届く予定はないし、わざわざ正月に家を訪ねてくるような友人がいたかと俺は不思議に思いながら俺は玄関に向かい、扉を開いた。


 「あけましておめでとう、須崎君」


 家を訪ねてきたのは、紺色のコートを羽織り白いマフラーを首に巻いた草薙だった。


 「……昨日会っただろ」


 「それもそうだったわね」


 「なんで俺の家の場所知ってんの?」


 「さぁ、どうしてかしらね。それより今日は一段と冷え込んでるから早く家に上げてくれない?」


 「あ、あぁ……」


 客人の割に随分と態度がでかいが、無下に追い返すわけにもいかないため俺は草薙をリビングへ通した。


 「受験勉強はどんな調子?」


 とりあえずお茶を淹れて台所にあった茶菓子を用意したが、草薙はテレビを点けて駅伝を見ながら言った。


 「今しがたそれに励んでいたところだったんだけどな」


 「結構ギリギリ?」


 「油断は出来ない、ってところだな」


 英語や中国語問わず語学に興味がある俺は、家から近い外国語大学を志望しているが、まあまあレベルが高い大学だ。成績的には問題ないが、やはり試験当日に何があるかわからないため神頼みばかりしているのだ。


 「ちなみになんだが、草薙って進学するのか?」


 「うん。須崎君と一緒のところ」


 「え、そうなのか? なんでまた?」


 「須崎君が行くから」


 草薙は照れる様子もなく、堂々と言い放った。どんな返事をすれば良いのか困っている様子の俺を見て、草薙はフフッと無邪気に笑って口を開いた。


 「というのは冗談かもしれないわね。私は、色んな世界を見てみたいと思って」


 「じゃあ偶然だと?」


 「さぁ。どっちの方が須崎君は嬉しい?」


 こいつ俺をからかうために新年早々ウチに上がり込んで来たのか。何か全てを見透かしているように見えて滅茶苦茶怖いんだけど。


 「あ、そうだ。私が勉強教えてあげようか?」


 「え、今から?」


 「せっかく来たんだから、ダメ?」


 「いや、学年トップの才女が見てくれるなら嬉しい限りだが……」


 そう、草薙はこんな人並み外れた美貌を持っている上に秀才でもある。定期テストでは常に学年トップという、まるで漫画に出てくるようなハイスペックな奴だ。

 幸いにも年末の大掃除で部屋が片付いていたため、俺は草薙を部屋に入れた。そして草薙が俺のベッドの上に腰掛けると、人の気配を感じ取ったのか、犬のロドリゲスが部屋にやって来て草薙を見つけると彼女の足元で尻尾を振りながらクルクルと回っていた。


 「あら、可愛いワンちゃんね。なんて名前?」


 「ロドリゲス」


 「じゃあロドちゃんね。とっても可愛いわ」


 そいつ、今日の朝お前の振りをして俺の顔を舐め回してました。

 その後、俺は苦手科目である数学等を草薙に教えてもらいながら受験勉強に励んだ。口数こそ少ないものの草薙のアドバイスはとてもわかりやすく、勉強を始めてから三時間が経つ頃には苦手だった数学に自信が持てるほどになった。


 「それじゃまたね、須崎君」


 三時間という時間もあっという間で、玄関で草薙を見送るのも寂しく思えた。

 寂しく……? いや、何を言ってるんだ、俺は。


 「そういえば須崎君。初夢ってね、二日から三日にかけての夜に見る夢っていう説もあるの」


 「え?」


 「きっと、また良い夢を見られると思うわ」


 そう言って草薙は俺の家から出ていってしまった。

 ……もしかして、今日の夢にも草薙が出てくるのか? 流石に嬉しさを通り越して恐怖を感じるんだが?

 いや、きっと草薙は俺をからかっているに違いない。ここ最近、何かと草薙と話す機会が多いから俺の頭に印象強く残っているだけで、きっと偶然だ────。


 ---

 --

 -


 ついに別れの時が来てしまった。琴花を追いかけ続けてきた俺は、ゼェゼェと息を荒くして壁にもたれかかっていた。


 「ごめん、友弥……私は木星に帰らないといけないの」


 そうか、琴花は木星人だったのか……あんなガス惑星でよく生活していたな。


 「ここまで追いかけてきてくれたことは嬉しい。でも……」


 待ってくれ、琴花──俺は持っていた銃の引き金を引いて……って、俺は何で琴花に向かって銃を撃ってるの?

 

 「もう、終わりなの」


 幸いにも銃弾は琴花の顔の横を通過していった。あれ、俺は琴花のことが好きだから追いかけてるんじゃないの? 俺ってもしかして刑事か何かなの?

 いや、でもこの気持ちは……きっと恋に違いない。琴花と離れたくない。


 「さようなら、友弥。元気でね……」


 そう言って琴花が真っ白な世界に消えていく。俺は走って琴花を追いかけようとするが、全然追いつけず、ただ叫んだ────。


 ---

 --

 -


 「……ことかああああああああっ!」


 俺は叫びながら飛び起きた。そしてすぐに我に返った。

 うん、夢だ。三日連続、初夢皆勤賞だな。一にも二にも三にも草薙琴花だった。


 「今日はいつにも増して滅茶苦茶だったな……」


 何か琴花は木星人っていう設定になってたし、何故か俺は琴花に銃を撃ってたし、んで夢の中だと上手く走れなかったし……このハチャメチャ具合はいかにも夢って感じだ。

 ただ、俺は好きだった琴花、いや草薙を追いかけていた……いや、バカらしい。きっと今日もフラッと草薙が現れて俺をからかってくるはずだ。

 そう思っていた俺だったが、その日草薙が俺の前に現れることも、電話をかけてくることもなかった。



 冬休みが終わり、学校の昼休みに俺は草薙を探していた。彼女に何か言いたいことが、伝えたいことがあるわけではない。ただ、無性に草薙のことが気になってしまい、俺は学校中を探し回っていた。


 「あら、須崎君」


 草薙は校庭の隅、木々に囲まれたベンチに座って本を読んでいた。


 「……お前、もしかして俺の夢を操ってたのか?」


 「まさか。そんなことが出来ると思う?」


 「思わない」


 我ながら変な質問をしたと思ったが、あの三日間にも及ぶ夢の内容が偶然だと思えなかったのだ。もしかしたら草薙がそういう類の超能力でも持っているのかと思っていたがやはり違うらしい。何か術を操れそうな雰囲気は持っているんだが。木星人っぽいし。


 「ちなみに、最後の初夢はどんな夢だった?」


 「……なんでか俺は木星人のお前を追いかけていて、銃を撃っても無駄で、結局立ち去るお前を追いかけられずに終わったよ」


 「そうなんだ」


 端的に伝えると意味の分からない話だが、まぁ夢ってそんなものだろう。三日連続草薙が出てくるのがおかしいだけで。

 草薙はパタンと本を閉じると、笑顔で口を開く。


 「夢占いで、銃はどんなものを意味すると思う?」


 「いや、知らないが……悪い未来を予知しているとかか?」


 「男性器」


 「は?」


 「男性器のシンボルなの」


 だんせいき? だんせいきって……股間についてるこれのことか?


 「正月早々、余程溜まっていたのね。しかも私相手にだなんて……」


 「いや、あくまで占いだろ。それだと俺がお前に対して不埒なことを考えてたみたいじゃないか」


 「違うの?」


 「ここで直接本人に対して実は溜まっていたんだって暴露する奴は相当ヤバいだろ」


 確かに草薙が勉強を教えてくれていた時は胸が昂ぶってもいたが、俺は邪な考えを持っていたわけではない。ただ学年トップの秀才から勉強を教えてもらっていただけなのだ。


 「それで、もしかしたら私が須崎君の前からいなくなるかもしれないって思って、わざわざ私を探していたの?」


 「いや……」


 「違うの?」


 「……実際どうなんだ?」


 「言ったでしょ? 私は須崎君と一緒の大学に行くって」


 そういえばそうだったな。俺が落ちない限りは大丈夫だろうと安心した……って、どうして俺は安心しているんだ。


 「もしまだ受験が不安なら、もっと私が勉強を教えてあげるけど、どう?」


 「それはありがたい話だが……なんでまたそんな親切にしてくれるんだ?」


 「だって……私、須崎君のことが好きだから」


 ……え?

 今、俺のことが好きって言いました?

 俺は自分の頬を思いっきりつねった。うん、滅茶苦茶痛い。今度こそ初夢じゃないわこれ。


 「それは、告白と受け取っていいのか?」


 「それ以外に何があるの?」


 「たちの悪い冗談かなと」


 「そんなわけないじゃない。私はずっと前から須崎君のことが好きだったの……そう、去年の修学旅行の時から」


 そんな前まで遡るのか。いや、確かに去年初めて草薙と同じクラスになって、んで修学旅行で同じ班になったんだった。


 「私はあまり人と話すのが得意じゃなくて、グループで活動したりするのが苦手だったんだけど……あの時、須崎君が私と班の皆を繋いでくれだから、私は楽しい時間を過ごせたの」


 その時は俺が班長をさせられていたから、班内で人間関係がギクシャクされるのも困る。結局のところ、俺にはあまり草薙が楽しいようには見えなかったから不安だったが、そんなに修学旅行を楽しんでくれていたのか。


 「須崎君は私が持っていないものを持っていて、気になったから毎日須崎君のことを観察していたの。後輩の女の子の探しものを一緒に探してあげたり、忙しい先生の手伝いをしてあげたり、グループ活動中に孤立している子に積極的に話しかけてあげたりしていて……」


 滅茶苦茶見られてるじゃん俺。今年も同じクラスだったけどそんなに俺は草薙に付き纏われていたのか?


 「でも修学旅行以来、須崎君はあまり私に話しかけてくれなかったから……私は携帯に残っていた須崎君の連絡先を見て、何度も電話をかけようと思ったの。でも、勇気が出なくて……」


 だってトップレベルの美少女に話しかけて全男子の敵になるのも嫌だし、三年になっても同じクラスになったとはいえ関わることは少なかった。俺がグループ活動中に皆と積極的にコミュニケーションを取るのは、別にお節介とかじゃなくてあくまで事を円滑に進めるためだしなぁ……。


 「でもクリスマスに、私は夢を見たの。須崎君と一緒に、クリスマスデートをする夢」


 うん、俺も見たよその夢。


 「一緒に綺麗なイルミネーションとクリスマスツリーを見ながら……私は須崎君とずっとこの景色を見たい、ずっと一緒にいたいと思ったの」


 見てる夢の内容ほぼほぼ一緒じゃん。


 「大晦日になって、やっと私は勇気を出したんだけど……上手くこの気持ちを伝えられなかったの」


 その結果初夢云々の話をされたわけか。草薙が意図した結果なのかはわからないが、結果的に俺は三日連続で草薙の夢を見たし、草薙のことが気になってるし……。


 「ねぇ、須崎君」


 草薙は本を持って立ち上がり、俺の正面に立った。


 「私は、須崎君と一緒に……春は一緒に桜咲く並木道を歩いて、夏には一緒に海を泳いで、秋には紅葉を楽しみながら美味しいものを食べて、冬は綺麗なイルミネーションとクリスマスツリーを見て、大晦日は一緒に年越しそばを食べて、正月は一緒に初詣に行って……私はいつまでも須崎君と一緒にいたいし、色んなところに行きたいの。

  私は、須崎君のことが好きだから」


 あの初夢と一緒だ。夢の中でも草薙は似たようなことを言っていた。まさか、状況や細部が違うとはいえ正夢になるなんて。


 「草薙……俺はまだお前のことが好きなのかわからない。でも、俺も草薙と一緒にいたいと思うんだ。何か面白そうだからな」


 「須崎君が見た夢みたいになるかはわからないけど」


 「殆ど正夢みたいなもんだよ、草薙が木星人だったら困るが」


 「じゃあ、私と付き合ってくれる?」


 「あぁ、勿論」


 すると草薙は俺の目の前まで近づいてきて、目を閉じた。俺と草薙は互いに顔を近づけ、そして口づけを交わした────。


 ---

 --

 -


 ────良かった、夢じゃなくて。

 口づけを交わした後、私と須崎君は互いに笑いあった。須崎君とクリスマスデートをした夢を見た時、キスをしそうとしたけど起きたら愛犬に顔を舐められていたことは恥ずかしくて言えないけれど、まさか本当に正夢になるなんて。

 私の未来が、夢の中でしか思い描けなかった彩られた未来が現実に見えるようになった。色んなことを須崎君と体験したい、もっと須崎君のことを知りたい、一緒にアンティグア・バーブーダに行って美しいカリブ海で夏を過ごしたい。

 

 初夢、それは新年の夜に見る夢のことで、その夢の内容でその年の吉兆を占うという。私が見た初夢は──フフ、それは須崎君が私に指輪を渡してくれる時に言おうかな。

 きっと、それは遠くない未来の、正夢のはずだから。



 完

 

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