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前編

 その村に越して来たのは都会よりも田舎のほうが執筆が捗るだろうと思ってのことだった。


 私はスランプだった。売れっ子作家への階段を昇らせてもらえるチャンスを掴みながら、その途端に何も書けなくなってしまったのだ。

 環境を変えれば気分も変わり、再びアイディアが星空から降って来るだろうと思った。私の小説の構想はいつも夜、星を見ている時に降って来た。星の多く見える空気の澄んだ山の中ならば、そのうちどれか一つぐらいは降って来てくれるだろうと期待した。


 私のファンだという読者の方が、面白いものを編集部に送ってくれていた。


 菓子製造業の方らしく、工場で『星型のチョコレート』を生産しているのだそうで、それを段ボール箱一杯、送って来てくれたのだ。私が星空からアイディアを貰っているという話を私のエッセイで知って、『これは是非験担ぎに』ということらしい。


 私はそれをすべて持って来ていた。どうせこちらで住むことになるのは貸別荘で、私は甘いものがそれほど好きではないし、重たいその段ボールは邪魔になるだけの余計な荷物のようにも思えたが、やはり気が弱くなっていたのだろうか、出来るだけ多くの星に囲まれたいという気分になっていて、それをマンションの部屋に置いて来ることは出来なかった。




「せんせー、面白かったよ」


 いくらか貸別荘に住み慣れた頃、私のところに地元の子供たちが遊びに来てくれるようになった。


「せんせー、また書いて見して」


 私はリハビリ用にと子供向けの簡単な小説を書き、彼らに読んでもらっていたのだ。


「面白かった。あの、たらこくちびるの登場人物が、サムライの格好をして『キエエエーッ!』て暴れまわるとこ、特によかった」


「そうか。参考になったよ。感想ありがとう」


 そう言ってにっこり笑い、私は銀紙に包まれた星型のチョコレートを1つ、渡す。

 お礼に出来るものは他に何もなかったので、それが役に立った。感想を聞かせてくれた子にはもちろん、欲しがる子供には誰にでもあげた。ただ、欲しがるたびに1つずつだ。段ボール一杯あるとはいえ、いつも来る子供たちだけでも13人もいるので、あまり気前よく与えていてはすぐになくなってしまいかねないし、チョコレート目当てでそうたびたび来られていたのでは、言っては悪いが仕事の邪魔になる。

 私は私の小説を読んでくれた子供が1人でも混じっている時にだけ、みんなに1つだけ、感想をくれた子にだけは特別に5つまで、欲しがる数のチョコレートをあげていた。




 ある夜のことだった。

 夜はこのへんではいつも静かだ。風が強ければ葉擦れの音が騒がしいぐらいで、近くに田んぼなどもないので蛙の声さえない。


 私は机に取り付けたアームの先のランプだけを点け、暗い部屋で原稿用紙に向かっていた。

 相変わらず編集部に送る原稿は書き出せてもいなかったが、子供たちに読ませる他愛もないものをリハビリで書いているうちに、少しだけ調子が戻って来た。昼間に構想を練っていた200年前の悲しい恋の物語を書き始める。書き進めていると、窓が外からノックされた。


 見ると子供が1人、窓の外にいて、こちらを覗き込んでいる。女の子のようだ。少し時代遅れのピンクの襟のついた白いシャツを着て、夜の闇に紛れて顔が見えない。


「こんな夜に来るんじゃない」

 私は机に向かったまま、大きな声を出してその子を叱った。

「チョコレートはない。家に帰りなさい」


 するとその子がまた窓をノックする。


「ちょうだい」と、無邪気な可愛い声を出す。


 しつこく仕事の邪魔をされてはたまらない。追い返すのも大人げないと思い、私は立ち上がり、窓を開けた。


「どこの家の子だ?」

 私は彼女の顔を確認しようとしたが、やはり暗くて見えなかった。

「入りなさい。家は近いのか? 送ってあげよう」


 しかし彼女は質問に答えず、繰り返す。


「ちょうだい」


 そして手を差し出して来た。

 女の子の白い腕が、部屋の中に入って来る。


 私は面倒臭くなった。星型のチョコレートを1つ、机の引き出しから取り出すと、その子の手に握らせた。


 それを奪うように取ると、女の子が後ろを向く。


「気をつけて帰りなさい」


 私の言葉を聞く様子もなく、その子はすぐに闇に溶けて見えなくなった。




 次の日になっていつもの子供らが遊びにやって来たので、私は昨夜の女の子のことを聞いてみた。


「そんな夜にここを歩く子なんて、いないよ」

 子供たちは私の話を聞くと、気味悪がった。

「僕たち、学校の帰り道を遠回りして来てるんだよ」

「わざわざチョコをもらうためだけに、家から遠いここまで来ないでしょ」


 では、昨夜の女の子は、一体何だったのだろう。

 そう思っていると、子供の1人が言った。

「幽霊なんじゃない?」


「そんな、幽霊になるような子がいるのかい?」

 私は笑い飛ばすように、しかし内心恐ろしくもなりながら、聞いた。

「この近くの森の中で死んだ子がいる、とか?」


 すると子供たちは答えた。

「いないよ」

「事件とか全然起こったことない村だよ、ここは」

「せんせー、夢でも見たんじゃないの?」


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― 新着の感想 ―
再びアイディアが星空から降って来るだろう > なんて楽天的! かと思ったら経験談だった。早とちりしちゃったよ、先生。ごめんな。
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