レアナ
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「──うさま、レイお嬢さま、レイナお嬢様!」
「あっ……ごめん、なんだったっけ?」
いつの間にか外をぼんやりと眺め、空に舞う鳥を目で追ってしまっていた。
目の前のメイドは呆れたとでもいうようにこちらを見ている。
「お嬢様、その言葉遣いはおやめください」
「けち」
「お嬢様」
いますぐ直せとでもいうような勢いでこちらを睨みつけてくるので大人しく引き下がっておく。
「お嬢様もう齢十三でいらすんですからしっかりなさってくださいませ」
「ぬぅ、そう言ったって優美。あなたが大人すぎるの。まだ十五でしょ?」
優美は一緒に育ってきた姉のような存在だがどうも大人び過ぎている気がする。
まだもう少し結婚まで時間はあるような年齢だというのに優美は人生を何周もしてきたような凛々しさまで感じさせる。
もう少しねだったり押さなくても良いと思うのは私だけだろうか。
「お嬢様、考えて見てくださいませ。エヴァお嬢様の方がよっぽど大人びていらしてますよ」
「うぅん、でも、でも凛は昔から──」
「貴族なのでしたら大人びている方が周りの方から好印象を受けますよ」
胸に刺さることを言ってくれる。
確かに私は貴族だ。貴族だがどうも貴族っぽくないらしいというのが最近の侍女、オリビアの悩みらしい。
「ほら、衣裳を着替えますからお立ちになってください」
「むう、私はもっとこんなことより外にいる方が楽しいんだけどなあ」
「戯言は今いりませんよ」
辛辣な侍女だ。
これも一緒に育ってきたせいもあるのかもしれないのだがもう少し可愛らしいオリビアというのも見て見たい。
「それと、お嬢様。明日は侯爵さま主催の宴会になります」
「そうだった。ドレスは用意してある?」
「はい、ございます」
どんなドレスかだなんて興味はない。私は宴会なんかより本当は馬に乗って綺麗に剣さばきというものをしていたい。
でもそれができるのはこの立場あってこそだ。きっと下級層であったらできなかった。
お父様のようになりたい。剣豪と呼ばれ、各地を救っているお父様のように。
お茶も嫌いではない。美味しいお菓子が食べられる。でも表立って剣術を披露できないのは少しさみしい。
「……一応。エヴァは?」
「いかれません」
わかっていた。ここ数年公の場には顔を出そうとしない。最後に出したのは皇族主催の宴会だったか。挨拶を終えるとメイドを連れてさっさと帰ってしまった。
レイナにとってエヴァは心から愛おしい妹と呼べるほどのものではなかったが家族だ。
冷酷だったとしても家族なのだ。馬が合わなくても。
ただ、エヴァは少し怖い。幼い頃からうんと大人びていて、頭も一つ抜けていて今となっては大人も出せないような考えを出し時折驚かせるような才を見せている。
「お嬢様、お食事の時間になります」
「うん、今いくから。オリビア、行こう」
「お嬢様」
「うぅ、オリビア、行くわよ」
「はい、お嬢様」
だけどだけどどこかで知っていた。エヴァだって大人になりたくてなったんじゃない。
それを悟ってしまったら最後、動けなくなることを知っていたから知りたくない。それだけだ。
やっぱり自分は可愛い。それでも娘しかいないこの家にいたら何と無くわかる。
覚悟はいつか。
決断するときはいつかやってくる。
覚悟はあるけどどこかいつも足りない。それでも貴族としての自覚は芽生えている。
それが、ベイリー家の長女。レアナ・ベイリーだ。