第3話 便意と熱意
男が駆け寄ってくる。童顔の美男子だ。
「お告げの通りの恰好だぁ!初めまして、僕はレットと言います!」
戦いの最中とは打って変わって、幼さの残る喋り方をする。これが彼の普通なのだろう。
「女神メ・デルー様からのお告げで、今日、大魔王を便所で足止めする救世主が現れると、そしてその通りに・・あの悪逆の覇王を討てたのは、女神様と救世主様のお陰です!」
あの女神!俺を自分の評判に利用しやがったのか!しかも、薄々感づいてはいたが、異世界に飛ばしやがった・・。
「ははぁ・・あっ親切にどうも、士郎と申します。ただ俺は糞しただけなんで・・」
染みついた営業スマイルで応対する。
謙遜でも何でもなく、本当にそうだから困る。異世界来て、糞しただけなんだよね。俺の今の功績。
話を続けようとすると、なにやら大勢の騒ぎ声が遠くから近づいてくる。そしてそれは次第に歓声に変わっていった。
集まってきたのは異形の集団。頭が牛の者もいれば、下半身が蛇だったり、羽が生えていたり、中身のない鎧など、とにかく多種多様な者がいる。
代表と思われる、鋭い目つきで長身、鎧を纏い、いかにも武人といったいでたちで、端整な顔の女がレットと俺に声をかける。
「あのパワハラ大魔王を倒してもらい感謝する。私は奴の側近だった、ヘデルと言う」
俺とレットは顔を見合わせた。
というか討たれた途端、奴、呼ばわりの大魔王は可哀想だな。こっちの世界でも嫌な上司の扱いは同じようだ。
「奴は・・勤務中にその・・トイレにも行かせてくれないような魔王で、何度も行くと、すぐにサボっていると激高し・・。」
ヘデルは羞恥心からか顔を赤らめている。
俺はいたたまれなくなり、大声でヘデルに同調した。
「そいつは、とんだ糞野郎でしたね!排便の重要性をまるで理解していない!」
「だろう!こんな広大な城にトイレは二つなんだぞ!?一つはあいつ専用!!」
レットは若干引いているのか顔を引きつらせている。そりゃいきなり便所の話だからな。しかも美人な女性と大声で。
だが俺の頭の中はもう便所の事で一杯だった。ウォシュレットもない。便所紙も無い。こんなに多様な種族がいるんだから、もちろん便器には色々な形があるんだろうな?この世界に便所の素晴らしい文化を広げるべきなのではないのか・・・?
「・・・士郎さん!聞いてます?僕は人間界に戻りますが、魔族の方たちは、女神の使者である士郎さんに残ってほしいと言ってますよ」
便所文化を広めるには、願ってもいない申し出だが、何故だろう?俺は糞を便所で出しただけの男だが・・。
困惑の表情を見て取ったのか、ヘデルが説明を始める。
「もう、ゲーリングのような存在が現れないように、貴方に魔王領を監視してもらいたい。女神の使者である貴方がこちらを監督すると知れば人間たちも、これ以上の征伐を望まないだろう。それに究極破壊呪文を防ぐほどの御方だ、そもそも貴方に敵う者がこちらにはいない」
「それは良い考えですね!女神様の名を出せば諸王も納得しますよ!士郎さんが魔王領にいるというだけで心強い!」
このヘデル、かなりしたたかな性格なのだろう。全ての原因をゲーリングに押し付け、場を収めたいようだ。本当にそうだったのかもしれないが。
しかし、滅茶苦茶に勘違いされているのだが。究極破壊呪文を防いだのは便所の扉だぞ!あと女神、あいつは人前で糞とか言い出す奴だぞ、美幼女の恰好で!
だが、やはりこの世界に文化を広めることは俺の使命のようだ。あの女神に乗せられているようで悔しいが。
「・・・分かりました。ただ俺はこの世界の便所を変えたい。だから力を貸してください!」
俺が力強い声音で、確固たる決意を持って意思を表明する。
「えっ・・あぁ分かった。必要な物があれば言ってくれ」
ヘデルとその周りの魔物たちは何とも言えない表情で乾いた笑いをあげている。
さっきまで排便の話題に喰いついてただろ!何だこの扱い!?いきなり虐めか?
「士郎さん!僕は応援してますよ!あと言いにくいんですが・・・」
レットが俺の下半身に目線を向ける。おいおい、美少年に股間を見つめられると照れるぞ。
「―――そろそろ、パンツをはいたほうがいいですよ」
屈託のない無垢な笑顔が眩しかった。
ここまで、俺はずっと下半身を露出していたのだ。
そして、その事に今まで誰も突っ込まなかった残酷なまでの優しさと、思いやりの心に、俺は異世界で初めて、
―――涙した。
次で終わりです。