フラウロスの鍵爪
強い殺気をヤツにぶつける。
ゴォォーー!
と、ひと吠えすると、ヤツは半身に構え、腰を低く落とし、左腕はガードする様に立て、右手は腰ダメに構える。
ほう、正に武術家だな。
構えまで持つとはな。
「成らば、ワシも受けて立とう」
軍刀を鞘に仕舞うと、左右の手で刀印を結び、左右で同じ魔法陣を描く。
描くは、豹の姿を持つ魔人フラウロスの魔法陣。
左右に浮かぶその魔法陣から召喚されたモノは、鋭い鍵爪を持つ巨大な猫科の獣の手。
魔人フラウロスの手そのものを召喚したのだ。
ワシの左右に浮かぶソレの大きさは、ワシ自身とさして変わらん。
これならば、ヤツの巨大な拳と張り合う事が出来よう。
この魔人の手はワシの左右の手に連動して自在に操れる。
つまり、ワシとこの巨人、存分に殴り合えると言う事だ。
ワシも、身を低く構え、そして……。
「いざ、推して参る!」
グオォォーー!
ヤツの正面に向かって飛び掛かり、フラウロスの右の拳を繰り出す。
それは、ヤツの左のガードで弾かれる。
だが、胸元に隙。
フラウロスの左の鍵爪で引き裂こうと、左手を振り下ろす。
刹那、そこに、ヤツの右の正拳突き!
已む無く、左の拳の軌道を変え、魔人の左手でソレを振り払う。
む、ヤツが大きく体勢を変え、なんと!回し蹴りだと!?
すかさず、再び空中で体を捻り、それを躱すが、その風圧に飛ばされ体勢を崩し、片膝を付く形で着地する。
「フッ、成るほど、足技が使える分、手数はヤツの方が上か」
「成らば!」
直接ヤツの巨体に挑むのでは無く、付近の家屋の屋根を足場に、ヤツの周りを縦横無尽に立体的に駆け回る。
神楽舞の拍子を刻み飛び跳ねる。
ワシの素早い動きを捕らえ切れず、ヤツの拳が空を切る。
そして、すれ違いざま、フラウロスの鍵爪でヤツの分厚い皮膚を切り裂く。
ヤツの巨大な体が、みるみる鮮血に染まりだす。
だが、この戦法では致命傷には至らない。
何か仕掛けねば成るまい。
恐らく、奴もまた、鮮血に染まりながらも、その隙を伺って居る筈だ。
ワシが飛び跳ねる神楽舞の拍子は、なにも無意味に刻んでいるものでは無い。
単調な拍子の中に時折、ほんの僅か、不定期に敢えてその刻む拍子のテンポを変えておる。
これにより、敵は知らず知らずのうちに自らの拍子を崩され、狂わされ、隙が生まれる。
本能のままに、達人並みの拳を振るうこヤツとて同じ。
いや、達人の域に達して居るからこそ、術中に嵌る。
ワシの攻撃に乱され、ヤツの構えた防御が僅かに下がる。
「今だ!」
フラウロスの右の鍵爪を伸ばし、ヤツの懐に飛び込み心臓目掛け、鍵爪を突き刺す様に貫手を放つ。
その鍵爪が、ヤツの分厚い胸板に、僅か突き刺さったその刹那!
「何!?」
フラウロスの右手を、ヤツの右手がガシリと掴みおった!
抜かった!
ヤツはワシの術中に嵌って防御を崩したのでは無い。
ワシの攻撃を誘いおったのだ!
マズイ!
このままでは、その掴まれたフラウロスの右手に引っ張られ、ワシ自身もヤツに振り回されてしまう。
「已むを得ん!」
フラウロスの右手と召喚者であるワシとの繋がりを切断、そして、そのまま飛び込んだヤツの胸元をひと蹴りし、向かいの建物の屋根に飛び移る。
ワシへの当て付けか、それとも只の本能かは知らんが、捕らえたフラウロスの右手を口に運び、噛み砕きおった。
フラウロスの右手は召喚された魔法物、肉など有りはし無い。
噛み砕かれたそれは、オレンジ色の粒子と成って霧散する。
ウオォォーーーー!
ヤツが雄叫びを上げる。
フッ、ワシの爪を一本もいで嬉しいか。
ヤツに驕りが有るなら、寧ろ今が好機。
ワシには、未だ一本鋭い鍵爪が有る。
今まで左右に割り振っていた魔力を、フラウロスの左手一本に集中する。
「さあ、これが最後だ。次で確実に貴様のその命、狩りとってくれる!」
体をしならせ、全身のバネを使って、ヤツに飛び掛かる。
そして、強い殺気をヤツにぶつける。
それに反応し、ヤツは空中のワシ目掛け、何者をも砕くであろう右の正拳突きを、避ける事も叶わぬほど、実に正確に放ってくる。
だが、避ける必要など無い。
打ち砕いて見せる!
フラウロスの左手に全身全霊の魔力を注ぎ込む。
ワシの、ケットシーとして生前よりも遥かに増したその魔力を吸収し、フラウロスの左手は白く輝き、形を変えて行く。
眼前に迫るその巨大な拳目掛け、その左手を振るう!
ザクッ!
ソレがヤツの巨大な拳の人差し指と中指に食い込み、そのまま切断、その撃ち抜く様に伸ばされた、手首から二の腕に掛けてを切り裂いていく。
そして、その巨大な一本の鍵爪が、ヤツの頸動脈と喉仏を捕らえ、切り裂く!
この巨大な鍵爪はワシの魔力を吸収し、フラウロスの左手が変異して姿を変えたものだ。
ただ、切り裂くことに特化した鍵爪は、その一太刀に全ての魔力を費やし、パンッ!とオレンジの粒子と成って弾けて消える。
一拍の静寂。
プシュューーーーーー!
ヤツの首筋から、鮮血が噴水の様に吹き上がり、辺り一面を深紅に染める。
そして、ゴゴゴォォォーーー!と切り裂いたその喉の奥から、悲鳴とも雄叫びとも付かない怒号を上げ、前のめりに崩れる様に倒れる。
「フゥーー、終わったか……」
血に酔った訳でも無く、ただ純粋に戦いに熱く成れたのは随分と、久しぶりの事だな。
「お前さんを弔う言葉も、その積りも無いが、満足の行く戦いをさせて貰った。フッ、輪廻の輪に戻った暁には、また来世で相まみえようぞ」
ズドーン!
「うむ、どうやらジムも最後の一匹を仕留めたらしい」




