生誕
良い人生であった。
幼少より魔道を極め、悪魔どもを召喚し、その権能を振るって激動の人生を送って来た。
幕末から明治、大正と三つの時代を駆け抜け、帝都の魔術的要として、帝都の魔人と恐れられ尊敬も得た。
そして、良い家族にも、後継者にも恵まれた。
あの優秀な孫娘に、我が持てる魔道の全てを受け継ぐことが出来ただろうか……。
光が見える。
アレが幽世の光か。
我は今一度、輪廻の輪に戻る。
次なる人生もまた……良い人生を……送りたいものだ……。
グルルルルー。
「はっ!ここは……?」
確かワシは、布団の上で家族に看取られて……そして、幽世の世界に……。
しかし何だ、この半透明な膜の様な、殻の様なモノは?
手を伸ばし触れてみる。
「固い。が、相当薄いようだな。破れなくは無さそうだが……」
どうやら、ワシはこの殻の様なモノに閉じ込められておる様だ。
グルルルルー。
ん?
背後を振り返ると、半透明の殻の向こうに、いかにも獰猛そうな双頭の犬が牙を見せ、唸り声を上げている。
ガァウ!
奴と目が合った刹那、獰猛な唸りを上げて、飛び掛かって来た。
ワシを覆う薄い殻を突き破り、すんでで躱す。
奴の鋭い牙は、空を噛む。
だが、すかさず奴の爪がワシを襲う。
それも躱すが、更に執拗に攻撃は続く。
「いつまでも躱していられんな」
反撃に出たいが、どうやらワシは丸腰だ。
小枝でも拾って、奴の目にでも突き刺すか……いや、無駄だな、奴は双頭。
四つある目の一つを潰したとしても、突破口には繋がらん。
木々が生い茂る森の中を、左右にバックステップを繰り返し、左右の爪と、左右の頭の攻撃を躱し続ける。
思いの外、身が軽い。
奴の猛攻は凄まじいが、何故か当たる気はせん。
だがしかし……。
「ともかく、何ぞ魔法を繰り出すしかあるまい」
悪魔を召喚するのには手間がかかる。
権能を直接叩き込むか。
右手の人差し指と中指を立て刀印を結び、魔力を込めバアルの魔法陣を宙に描く。
指先に、描いた魔法陣が浮かぶ。
準備は整った。
奴の前足の鍵爪が迫りくる。
しゃがむ様に躱し左に回り込む。
目標を捉え損なった鍵爪が、ワシの背後に有った木の幹を抉り取る。
今だ。
「貫け、バアルの槍!」
奴の左側の頭に、魔法陣を突き付け、悪魔バアルの権能、稲妻の槍を放つ。
ズドーン!
轟音が鳴り響き、閃光に視界が一瞬ホワイトアウトする。