その4 乗り越えられないアレ
「奥さんとお子さん達は元気にしているかね?」
「皆、変わらず過ごしておりますよ。」
「そうかね。また会社の祭に皆で遊びに来てくれよ。奥さんに宜しくな。」
「えぇ、勿論。では失礼。」
ーうわ、やはり既婚者か。
ま、関係ないけど。
時刻はまもなく正午というところ。
二人は午前中最後の仕事を終え、立派な応接室を後にした。
ここまでの薬丸の仕事ぶりも実に見事なものだった。
ー顔もよくて仕事もできるって最高じゃん。
ますます手にいれたいわぁ~。
「愛乃さん、お昼これからどうします?午後の打ち合わせがてら、一緒にと思うのですが。」
さりげなく一歩近づいて、上目使いではにかみながら聞くのがポイントだ。
この作戦で一瞬でも表情が変われば効果ありだ。
「すまないが、昼は予定が決まっていてな。」
ー反応なしかよ。ってことは・・・。
「・・・あ、奥様と待ち合わせとか?(チッ)」
「いや、妻ではない。・・・しかしそうだな。言うなればある意味でパートナーとも言えるやもしれん。」
「・・・・・はい?」
ーえっと?
「クロ、以前食べてみたいといっていたカリカリだ。存分に味わうがいい。口に合うとよいのだが。」
「ニャーン。」
午後の高い日差しと、爽やかな風がふく公園。
猫用のご飯とそれを置くお皿をビジネスバッグから取り出す。
公園にいる野良猫に餌付けをしている。事実としてそれだけなのだが、そこに居合わせたママ集団や、子ども、通りかかったランナー等、女性達はその姿に似たような感想を持った。
ヤダ、すっごいイケメン・・・・。
ね、猫になりたい・・・。
喉元を綺麗な手で優しく撫で上げ、笑みを見せるその姿はいっそ神々しい。
他にすでに愛人がいるのかもと勘繰り、尾行してきたものの無駄足だったか。
姿勢を低くとり、木と茂みの影に隠れてさらに常備しているコンパクトタイプの双眼鏡で様子を伺い続ける。
「ニャオーン、ニャニャァ。」
「そうか、気に入ったのならよい。」
「ニャー、ニャーン!」
「・・・・・ん?おかわりか?」
ー現状私はあの黒猫以下かい?!
・・・・・・・・まぁ、まだ初日だ。これからこれから・・・。
うっかりプライドに傷が入りそうになったが、正当な理由を見つけて持ち直す。
しかしパートナー?ペットって事か?・・心の拠り所とか?・・・もしかして家庭に居場所がなくてとか?!奥さんとうまくいってないとか?!もしそうだとしたらチャンスかもしれ・・
「奈々君、どうしてここに?」
「なぁおわっ?!」
ー気配が、なかった。
しかし自分を呼ぶ低くてよく通るこの声は。
ゆっくり振り返るとやはり綺麗な顔があった。
反射で双眼鏡を背後に隠す。
「あっ・・・!愛乃さぁん!!!ぐ、偶然ですねぇ!!!お昼食べ終わってまだ時間があったからお散歩しててっ。いい公園だなぁと思ってたら愛乃さんっぽい人が見えたのでそうかなって思ってたらやっぱ本人でしたかぁ!!!!」
「・・・そうだったのか。驚かせてしまったのならすまない。気配を消して行動する癖がぬけなくてな。」
・・・・・はい???気配を消す?
ま、まぁここにいた理由としておかしくないし、この距離感なら見つめていたとしても・・・あれ?
何かがおかしい。
薬丸との距離は、裸眼で『もしかしたらあの人かな』と判断がつくレベルだ。
目を離したとはいえ、こんな短時間でまさしく一瞬でこの距離を自分に気付かれる事なく移動できるのか?
気配はおろか足音すらなかった。
そもそもどうやってほぼ死角のこちらに気がついた?
「も、もー本当に驚かせないで下さいよ!瞬間移動でも使ったんですか?!女性の背後に急に現れちゃダメですよう!」
「本当にすまない。・・・勘繰ったのと便利なのでついな。・・そういえば昔よくその戦法を使って妻に罵られたな、懐かしい思い出だ・・・。」
「・・・・・・・え?」
ー何言ってるのこの人?
まるで瞬間移動の能力もってますよみたいな・・・。
冗談なんだから否定するとこでしょ?
戦法?奥さんと戦った?夫婦喧嘩って事?
「あ、あの、何で私がここにいるってわかったんですか?」
「それはクロが教えてくれた。」
「・・・・・・・えぇ?」
ーマジでどういう事?
猫の言葉が理解できますよって?
あ、だめだちょっとひく。
「そ、そうなんだぁ。猫って凄いんですねぇ!」
「うむ。猫は情報にも長けているし、とかく黒猫はわが一族の為に今でも働いてくれている者もいる。風の匂いにも敏感で、今日は夜中に一雨きそうな雰囲気らしいぞ。」
「・・・・・・へえぇぇぇ~~・・・ソーナンデスカァ~~~・・・。」
ーだ、ダメダ・・・。
大の男がいったい何を真剣な顔で言っているのだろう。
我が一族って何?風の匂い??猫が天気予報でもしてくれるの???
これは・・・・そのうち「右目がうずく」とか言い出しかねない。
イケメン&仕事も完璧、まさに理想としていた存在がこんな形で崩れ去るとは夢にも思わなかった。
「む、確かに風の匂いが少々変わってきたな。クロはああ言ったが、夜中より早く雨になるのではないか・・・?奈々君雨具は所持しているか?帰り際にやられないといいが。」
「・・・持ッテマス、アリガトゴザイマス・・・・。」
ーもうやめてええぇぇぇぇ・・・・。
そして「皆を怖がらせるかもしれないので、今話したことは内密にな。」からの妖艶な笑みで僅かな心の奈々子を粉砕、さらに砂埃へ変えて強風と共にどこかへ吹き飛ばしていった。
ー奥さんすげぇわ。
後に自社の女性社員から「規格外の残念厨二病イケメン」として皆の中で「鑑賞用」となっていることを知るのであった。
歌子が薬丸にひかないのはそれが事実だと知っているからですよね。
いくらイケメンでも真剣な顔で「・・・風が変わった。」とか言われたら「こいつやべぇ。」ってなりますよね。